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第十八話 南海に散る鋼鉄の城

 昭和二十年四月七日十二時三十分。沖縄に向けて航行中の戦艦「大和」艦橋横の見張り台。

 俺―高橋克之は航海科の任務の一つである見張りについていた。

「気は絶対に抜けないぞ・・・・・・・・」

 十一時三十五分、対空電探が約百キロメートル先のおびただしい航空機の大編隊を感知。十二時十分には機関不調で艦隊から落伍した駆逐艦「朝霜」から「ワレ敵機ト交戦中」の無電が入った。そのさらに前から索敵機の接触も受けている。

「本格的な空襲が始まるのも、もう少しか・・・・・・」

 わが海軍が先鞭をつけた航空機による戦艦撃沈を敵にそっくりそのままされてしまうとは、俺たちも落ちたものだ。

「交代です!」

 ほかの兵と交代し、操舵室に向かう。

 操舵室に着く直前・・・・・・・

「敵機来襲!左舷より、攻撃機TBF、爆撃機SB2C、戦闘機F6F、F4U!おびただしい数の敵機が攻撃をかけてきます!」

 伝声管から聞こえる叫び声。

「!!」

 とっさに振り向くが、操舵室からは外はよく見えない。

「右百二十度!かわせ!」

「右百二十度!」

 伝声管から聞こえる命令!航海長が復唱しながら舵輪を回す。

 ぐうっ

 十二秒ほど後、「大和」はその巨体を傾けて旋回を始めた。

「回避できたか・・・・・・・・・・・・?」

 俺がつぶやいた瞬間、こつんと衝撃が来た。

「当たった!?魚雷か!」

 この時はわからなかったが、左舷前部に魚雷一本、後部に中型爆弾二発が直撃、電探室と主計課が壊滅したそうだ。

「航海長!」

 航海長のほうを見る。

「だいじょうぶ!まだ戦える!艦橋からの指示に従うのみだ」

 航海長は口を真一文字に引き結び、その両手に舵輪をしっかりと握る。

 敵は一旦引き上げたようだ。次々に噂という名の情報が入ってくる。

「浜風は轟沈、矢矧が航行不能だそうだ」

「損害はまだこれだけか」

 (いや・・・・・・・・)

 俺は心でつぶやく。

(敵はきっと第二波を仕掛けてくる・・・・・・・絶対にだ)

 これくらいは艦橋の面々も予測はしているだろう。




















 その二十分後のこと・・・・・・・

「敵機来襲!」

 再び響く見張り員の声!

「機数五十機ほど方向は・・・・・・・・・・!」

 見張り員の報告の声が聞こえてきた。

「一三五度!」

「はい一三五度!」

 艦長の声が伝声管から聞こえ、航海長が復唱しつつ舵を切る。


 タタタタタタタタタッ!


 ドドドドッ!


 かすかに聞こえる対空機銃と高角砲の音。


 ブーーーッ!


 乗員に艦内退避を促すブザーの音。


 ドォォォォォォォォォォォォォン!


 直後、密閉された艦橋内にも聞こえるほどの大音響が響き渡った。腹にずしんと来るような音だ。

「主砲発射か・・・・・・・・・!」

 相手からして対空用の三式弾だろう。いかほどの効果があったのかはわからないが、これでしのげるか・・・・・・


 ズン!


 艦に走る揺れ。とっさに手近なとこにつかまる。

「回避できなかったか・・・・・・・!」

 航海長が憎々しげにつぶやいた。魚雷が命中したらしい。

「伝令!」

 一人の水兵が操舵室に駆け込んでくる。

「大和、副舵故障いたしました!」

「クソがっ!」

 航海長が忌々しげにつぶやく。その瞬間・・・・・

「危ない!」

 伝声管から聞こえた声。

「どうしましたか!?」

 伝声管に向かって叫ぶ。

「涼月と衝突しかけた!」

 伝声管から聞こえてくる声。

「舵、中央で固定!」

 艦橋からの指示が出た。

 十三時四十五分ヒトサンヨンゴのことだった。







 その後も大和は対空機銃弾を放ち続けたものの、多勢に無勢。舵がきかないこともあって敵機に翻弄されているようだった。

「くっ・・・・・・!護衛戦闘機さえいてくれれば・・・・」

 俺はとっさに、幼馴染の顔を思い浮かべていた。



























 その一時間後・・・・・・・・・・

「もう、これまでか・・・・・・・・・・・・」

 防空指揮所の一角。戦艦「大和」の艦魂、大和は苦しそうにつぶやく。

 着ている服はズタズタになり、露出した肌のあちこちに生傷がついていた。

 彼女の本体である戦艦「大和」はすでに左舷に向かい傾斜二十度を生じている。

「わたしの主砲は傾斜角五度、副砲と高角砲は十度を超えれば撃てなくなる。この傾斜では機銃の射撃も難しい・・・・・・・・」

 大和はそっと身を起こした。

「・・・・もはや余力は残されていない・・・・・・か」

 静かにつぶやく。

《乗員全員に告ぐ。総員最上甲板!》

 艦からの脱出に先駆けた命令が艦内放送で流れる。その瞬間・・・・・・

 バン!

「大和!!」

 防空指揮所に駆け込んできた一人の男がいた。着ている服は汚れ、血糊がついている。

「高橋大尉・・・・・・・!」

 大和が叫んだ。

「早く・・・・・・最上甲板に向かえ!脱出するんだ!」

 克之が大和に駆け寄ると、その頭を自らの膝の上に乗せる。

「お前を見捨てることなんてできない!お前が沈むまで一緒にいる」

「ダメだ!早く脱出しろ!高橋大尉には山ノ井一飛曹という想い人がいるのだろう!」

 大和が叫ぶが、克之はそのまま大和のことを抱え続ける。大和が口を開いた。

「高橋大尉、お前に・・・・・・・・形見をやろう・・・・・」

 大和が懐をまさぐる。そして、懐中時計を取り出した。

「手を出せ・・・・・・・・・」

 克之の手に渡す。そして、さらに言った。

「もう一つやろう・・・・・・・・・」

 そして、身を起こす。

「おい、安静にしてろ・・・・・・・・・」

 そういう克之の頬を両手で挟む。そして、克之の唇に己の唇を重ねた。

「!!」

 克之が声にならない声を上げて頬を主に染める。大和はそっと唇を離すと言った。

「わたしからの・・・・・・・最期の土産だ。これからお前を艦魂の能力で安全圏に転移させる。その時計は大切にとっておいてくれ」

「そんな!大和!最後までここにいさせてくれ」

 克之が叫ぶが、大和は首を横に振る。そして、克之の右手を握った。

「またいつか、どこかで会おう・・・・・・・・・さようなら」

 大和の右手から光が放たれる。

「やめてくれ!最後までここにいさせてくれ!」

 叫ぶ克之の姿を光が飲み込んでいく。そして、その光が消えた時、防空指揮所には大和だけが取り残されていた。

「フッ・・・・・・・・・・」

 大和は一人静かに笑う。

「結局、言い忘れていたな・・・・・・・・」

 大きく息を吸い込むと言った。

「高橋大尉、お前を愛している。好きだ・・・・・・・・」


 ドガーーーーーーーーーン!


「ぐはっ!」

 爆発音とともに大和の口から鮮血がほとばしり出る。

















 昭和二十年四月七日十四時二十三分、沖縄特攻途上の戦艦「大和」は左舷に大傾斜を生じ転覆。前後の弾薬庫が大爆発を起こし、沈没した。

戦死者二千七百四十名。

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