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第十七話 大和、南へ

 昭和二十年四月六日。桜の咲き誇る山口県徳山海軍燃料廠。その沖合に、一隻の巨大な艦影があった。

 城のごとくそびえたつ艦橋。三基九門の四十六センチ三連装砲。この戦艦の名は・・・・・・

「・・・・・・大和型戦艦一番艦『大和』」

 俺―高橋克之は、岸辺に咲く桜を眺めながらつぶやく。


 カッ、カッ、カッ・・・・・・・・


「こんなところにいたか、高橋大尉」

 後ろから聞こえてきた軍靴の足音と女の声。俺は後ろを振りむく。そこには、黒髪を腰まで伸ばし、海軍の軍装を身にまとった美女がいた。

「大和・・・・・・・・」

 この誇り高き帝国海軍の戦艦に女が乗っているわけはない。こいつは、この戦艦『大和』に宿る艦魂、大和だ。

「まったく、防空指揮所から優雅にお花見か。のんきなものだ」

「だって、これが最期に見る本土かもしれないだろ?」

「違いない」

 そういって、大和は笑った。

「伊藤殿も、覚悟を決められたようだしな」

「そうか、伊藤中将も・・・・・・」

 この「大和」が所属する第二艦隊の司令、伊藤整一中将。この作戦に最後まで反対されていた方の一人だ。

「説得に来られた草鹿中将は伊藤中将に『一億総特攻のさきがけとなっていただきたい』と言われた・・・・・・」

 大和は岸辺の桜を眺めながら言う。

「・・・・・ならば、わたしはその『一億総特攻のさきがけ』として、華々しく散って見せようではないか・・・・・!」

「大和・・・・・・」

「せめて散るなら、米英の戦艦と刺し違えて沈もう。日本の名を背負って。」

 大和は風に乗ってこっちまで飛んできた桜の花びらを手でつかむ。

「この桜の花のようにな」

 手から花びらを放ちながら、大和は笑った。

「高橋大尉!こちらにおられましたか!」

 一人の水兵が防空指揮所に入ってくる。その目には、大和の姿は写らない。

「これより航海科の打ち合わせを行いますので、大至急羅針艦橋までお越しください!」

「ああ、すぐ行くと伝えてくれ」

 水兵が艦内に消えていく。

「じゃあな。大和」

「ああ、用事が終わったら、またここに来い。まだまだ話足りない」

 大和に軽く片手を上げると、俺は駆け足で羅針艦橋に向かった。



















 昭和二十年四月七日午前四時。

「では、かかれっ!!」

 飛行長の指令でわたしは愛機「サクラ」に飛び乗る。岩本一飛曹をはじめとしてほかの搭乗員も自分の零戦に飛び乗った。

「回せ回せ―――――――――ッ!!」

「コンターック!」


 ガコン!バタバタバタバタ!


「発進準備よし!」

 搭乗員と整備兵の叫び声、けたたましい音を立てて始動するエンジン。基地内は一気に音であふれかえる。

「整備状態は万全!燃料の質が少し悪いです!」

 翼に上ってきた整備兵がわたしに伝達事項を伝える。

「ありがとう!」

 わたしは椅子を最高位にあげると、先頭の岩本兵曹長に「発進準備よし」の合図を送った。

「チョーク外せ―――!」

 岩本兵曹長が両手を広げる合図を出した。整備兵が車輪止めを抱えて下がる。

 発進開始の合図が出た!

「行くよ!サクラ!」

 左手でフルスロットル!右手に握った操縦桿を押し倒したのち、グイっと手前に引いた。

 ふわっ

 脚からの感覚が消える。

 わたしと一体となった鋼鉄の鳥は、今飛び立った。

「今回は、護衛対象が対象だから警戒を厳となせ!」

『了解!』

 岩本兵曹長の指示に、各機がバンクを振る。

「確かに、今回の護衛対象は・・・・・・・・・・」

 飛行前に飛行長からいわれたことを思い出す。

「・・・・・戦艦『大和』・・・・・」

 陸海軍総出の特攻作戦「菊水作戦」が発動されたのは、昨日のこと。

戦艦「大和」が所属する第二艦隊、それを護衛する軽巡「矢矧」を中心とする第二水雷戦隊はそれに呼応し「天一号作戦」の海上特攻部隊として沖縄に突入。艦を座礁させて陸上砲台となる・・・・

 それは、あの栄光の日本海軍には、あまりにもみずほらしい最期だった。









 東シナ海に出た。沖合に何本かの煙が見える。

 一隻の大きな艦をほかの小さな艦が取り囲む輪形陣。

 その真ん中にいる戦艦に、わたしの目は吸い寄せられた。

「大きい・・・・・・・」

 あれが、戦艦大和・・・・・。日本最大の戦艦。

「克之・・・・・・・」

 克之は、あの艦に乗っているんだ。あの大艦の航海士として・・・・

今頃は、その舵輪を握っているころだろうか・・・・

 わたしは雲間に目を凝らすと、大和の上空直掩を続けた。



















「高橋大尉」

「なんだ?大和」

 沖縄特攻の途上の戦艦「大和」甲板。俺―高橋克之は隣にいる大和を見る。

「あの零戦か?お前の想い人が乗っているというのは?」

 上空を守る零戦たちの一機を指さす。その横っ腹には、鮮やかな桜の花。

「ああ、アイツだ。」

 そういうと、大和は目を細めた。

「独断で自身の隷下から護衛の零戦を出してくれるとは、宇垣殿には最後まで迷惑をかけたな。」

「ああ、これで最後だもんな。」

 先導の軽巡洋艦「矢矧」、周りを取り囲む駆逐艦「磯風」、「朝霜」、「浜風」、「霞」、「雪風」、「初霜」、「冬月」、「涼月」を見る。

「死出の旅にアイツらまで巻き込んでしまうとはな・・・・・・・・・心苦しいよ」

「そんなことはありません!」

 後ろから聞こえてきた幼い声。振り向くと、水兵用の軍装を身にまとった少女が立っていた。

「磯風・・・・・・・・・」

 駆逐艦「磯風」艦魂の磯風がそのまま大和のほうに歩み寄る。

「大和長官とともに、お国のために死ねるのであればわたしは本望です!」

「わたしもです!」

 光が現れ、そこからほかの艦魂たちが出てくる。

「大和長官・・・・・・・・」

 最後に出てきたのは、軽巡「矢矧」艦魂の矢矧。

「長官はみんなの心の支え、そして、この日の本の最期の守りにございます。長官ご自身が沈めばこの日の本も沈むくらいの覚悟をもってお進みくださいませ。我々二水戦が最期までお守りいたします!」

「ありがとう・・・・・・・・みんな」

 大和が少し涙ぐむ。そして、空を見上げた。

「あの零戦たちにも、感謝しないとな」

 大和の手元からぽわんとした光が放たれる。次の瞬間、大和の手には、艦魂の能力で具現化させた信号用の手旗が握られていた。
















「ん?」

 わたし―山ノ井彩音は、戦艦「大和」の甲板に、異様な人影を見つけた。

 まだ四月だというのに夏用の第二種軍装、しかも、女みたいだ。

「もしかして、艦魂?」

 おそらく、その立派な容姿から見て、この戦艦大和の艦魂だろう。

 隣で手を振ってるのは、たぶん克之だ。

「ん?」

 艦魂さんが手旗信号を始めた。

《ア・リ・ガ・ト・ウ》

 そして・・・・・・・

《貴官ラノ護衛ニ感謝ス》

 航空時計を確認すると、もう神之浦に帰投しなきゃいけない時間だった。

(本当は、沖縄まで守ってあげたい・・・・・・・・・)

 零戦の航続距離だと、沖縄まで護衛することは可能だ。でも、この後の作戦予定の関係でここで帰らなければならない。

「ごめん・・・・・・・本当にごめん・・・・・・・・」

 謝りながら舵を切る。そして、神之浦に機首を向けた。










「発艦開始!発艦開始!」

 艦内放送がけたたましく鳴り響く。俺―アラン・イラトリアスは自分のヘルキャットに乗り込むと、シートベルトを締めた。

「Contact!」


 ゴシャァ!


 カタパルトで一気に押し出される。操縦桿を手前に引きつけフルスロットル!


 ゴォォォォォォ! 


 雷撃隊のグラマンTBF「アベンジャー」、爆撃隊のカーチスSB2C「ヘルダイバー」・・・・そして、それを守る戦闘機隊おれたちのF6FとF4Uコルセア。中には、爆装した戦闘機も交じっていた。

「今回は、攻撃対象が攻撃対象だからな・・・・・・・・・・」

 俺は今日の攻撃対象の名前をもう一度反芻する。

「・・・・・・戦艦バトルシップ、『大和ヤマト』!」

 初めてその姿を見たのは、レイテでのことだった。

その堂々とした大きさ、その洗練された美しさは俺の目を引き付けた。そして、その時に俺たちはそいつの妹を撃沈した。

「『ヤマト』とは、日本の異名でもあると聞いた・・・・・・・」

 コックピットの中、俺はひとり呟く。

「その日本の象徴を、俺たちの手で沈めてやる!」

 計九隻の空母から発艦した攻撃隊は、エンジンを響かせながら目標に近づいていった。


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