第十三話 わたしの転属と送別会
わたしに、鹿屋航空隊への転属命令が下った。三四三空に来て、半年もたたないころだった。
「やっと慣れたと思ったら、もう転属か?上層部の奴らは何考えてるんだまったく!」
「いいんですよ。菅野大尉。」
息巻く菅野大尉を眺めていると、他の隊員も集まってきた。
「ほんとに行くのか?せっかく仲良くなれたと思ったのに。」
「もっとここにいろよ。」
みんながそれぞれわたしに声をかけてくる。
「皆さん、ありがとうございます!」
なぜかわたしのところに十銭硬貨や一円札が集まってくる。これが、餞別ってやつかな?
「よし!山ノ井一飛曹、温泉に行くぞ!俺たちちょうど搭乗員割から外れてただろ。」
菅野大尉が唐突に言った。
「おっ、温泉ですか!?許可はどうしたんですか?」
「無断外出だよ!お前の送別会も兼ねて、今日は温泉と海軍クラブで遊びつくすぞ!」
「えっ!いいですよ!」
「つべこべ言うな!上官命令だ!」
菅野大尉は、いきなりわたしの襟をつかむと、みんなに言った。
「お前ら!温泉に行くぞ!夜は海軍クラブだ!」
『おーーーーーーーーー!』
みんな乗り気だ。
と、いうわけで、わたしは新撰組のみんなによって連行されたのだった。
わたしが連行されたのは、同じ松山にある道後温泉。わたしの好きな夏目漱石の「坊っちゃん」にも出てくる温泉で、周りには温泉宿がいくつも建ち並んでいる。
そのなかの一つにみんなで入ろうとした瞬間、反対側から一人の男の人が出てきた。
『あっ!』
「あっ・・・・・・・」
お互いに声を上げる。だって、出てきたのは、あろうことか基地司令の源田大佐だったんだから。
(マズいマズいマズいマズい!無断外出がばれる!)
みんなが一気に凍り付いた。
無断外出がばれたら、最低でも鉄拳制裁、重かったら禁錮だ。
でも、源田大佐は・・・・・・・・・
「お前ら温泉か、いいな~。楽しんで来いよ。」
そう言って菅野大尉の肩をポンポンとたたくと、そのまま行ってしまった。
「♪~」
軍艦行進曲の鼻歌を歌いながら去っていく源田大佐。
「こういうところがおやじのおやじたるゆえんだよ。俺たちには優しいんだ。」
あの南雲提督にはすごい勢いで意見具申したらしいのにな。と菅野大尉は笑った。
「さて、温泉に入るか~」
みんながぞろぞろとわたしと同じ方向に歩く・・・・・・あれ?同じ方向?
わたしが振り向くと、菅野大尉の顔があった。
「菅野大尉、なに女湯に来ようとしてるんですか。」
「あっ、そうだった。女湯はまずいよな・・・・・・・」
菅野大尉以下数名がそそくさと男湯のほうに行く。
「まったく、菅野大尉は美男子だから相手ならいくらでもいるのに。わたしのことを覗かなくたっていいじゃない。」
そして、脱衣所に入り、周りを見回す。
「・・・やっぱり、軍装だと目立つね。」
そう言いながら、手早く軍装を脱いでたたむと、わたしは浴室につながる扉を開けた。
「ふぅ~!いい湯でしたなぁ。」
「日々の空戦疲れが取れる~」
道後温泉のとある宿の大広間、そこに三四三空新撰組の面々が集まっていた。
「よし!全員集まったな。海軍クラブに行くぞ!」
『ヒャッハー!』
みんなが歓喜の叫び声をあげる。海軍の品格が崩れかねない光景だ。
「そんな、わたしだけのために・・・・・・・・悪いですよ。」
「だかーらー、上官命令だからつべこべ言うなっての!」
わたしが辞退しようとすると、菅野大尉がそれを制する。すでに酒臭い。もしかして、もう飲んでる?
そしてわたしは、みんなによって海軍クラブに連行された。
海軍クラブの一室。その和室には、三四三空のみんなの声があふれていた。
「ヒャッハー!酒がうまい!」
「日本酒が世界一ィィィィィィィィィィィィ!」
正直言って・・・・・・・・・・うるさい。
「皆さん、もう少し静かにしないとお隣の方に迷惑ですよ。さっきも隣から苦情が入ったじゃないですか。」
「こういうのは楽しんだもん勝ちなんだよ。山ノ井!」
菅野大尉はもう完全に酔っぱらってはしゃいでいる。その瞬間・・・・
「おい!うるさいぞ!静かにせんか!」
まただ。仕方がない、謝って来よう。
わたしがふすまに手をかけた時、菅野大尉がいきなりわたしを突き飛ばした。
「何がやかましい!」
バン!
ふすまを一気に開けたその先には、すさまじい階級章がズラリ。
大将、大将、少将、中佐、大佐、少佐・・・・・・・・
(これ・・・・・・・・・明らかにヤバいやつだ。)
でも、菅野大尉は酔った勢いでそのまま突進していく。
ガシャン!
座卓の上の料理を蹴飛ばすと、その上に座り込んであたりをにらみまわした。
「はあ。お前らもういいから今日は帰れよ」
一人の将校さんがため息をついて言う。
「ありがとうございます。ほら、菅野大尉!帰りますよ」
菅野大尉の腕をつかんで、海軍クラブから出た。空には星が瞬いている。明日はきっといい天気だ。
「うーー」
わたしの方につかまった菅野大尉が少し空を見上げる。
「あー、嫁が欲しいなぁ」
菅野大尉ったら、またこんな話なんてして。いつも源田大佐に相談してるのは知ってるんだからね。
「山ノ井、俺にも紹介してくれないか?」
「はあ・・・・」
わたしはため息をつくと、菅野大尉に顔を近づけた。
「菅野大尉も見る目がありませんね。すぐ近くにこんないい人がいるのに。」
「山ノ井か?おまえかぁ・・・・」
「失礼ですね!これでも国民学校のころはよく声をかけられたんですからね。」
そして、菅野大尉の耳に口をよせる。
「わたし、菅野大尉のお嫁さんにならなってもいいですよ」
菅野大尉の目が、一瞬大きく見開かれた。
「まあ、おまえが嫁ってのも悪くないかもしれないな。でも、俺はいつ死ぬか分からない身だ」
「それはわたしも同じです」
わたしが言うと、菅野大尉は少し微笑んだ。
「それもそうだな。じゃあ・・・・」
わたしの目を見つめる。
「この戦争が終わったら、一緒になるか」
わたしは、にっこり微笑んだ。
「はい。約束ですよ」
「ああ、約束だ」
そんなわたしたちの上には、キレイな星空が広がっていた。
保信「保信と!」
春音「春音とぉ!」
みやび「みやびの~!」
三人『次回予告外伝番外編!』
♪廻れ廻れよいと儚げに 翼持たぬ鳥の歌よ
保信「今回は、戦闘シーン無しです。」
みやび「そして、彩音さんに転勤の辞令が来ますね。」
春音「転勤先は鹿屋。特攻の一大拠点であり、本土防空の一端も担っていました。」
みやび「特攻ですか・・・・」
春音「おばあちゃんは、特攻の直掩もしたらしいよ」
保信「特攻は統率の外道。だったんだけどね」
春音「さて、そろそろ次回予告行きましょうか」
みやび「次回!『鹿屋での再会』!お楽しみに~!」
今回のBGMは、「鋼鉄ノ鳥」でした。




