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第十二話 いのち

 先般の呉軍港空襲を初陣として、三四三空は米軍戦略爆撃機「B29」や米機動部隊を相手に奮戦し、武功を上げた。







 そんなとある日のこと、わたしはいつものように搭乗員割を確認した。

「今日は出番はなしか・・・・・・・・・・・・・」

 そういって自室に戻ろうとした時、不意に後ろから声がかかった。

「山ノ井一飛曹!電報です」

 駆けてきた伝令兵。その手には、電報の紙が握られている。

「ありがとう。あなたは下がってて。」

 伝令兵を帰して自分の部屋に戻る。そして、手に持った紙に目を向けた。

「え・・・・・・・・・・・・」

 わたしの顔から血が引く。そこには、「ハハシス スグカヘレ」とのみ書かれていた。差出人は「山ノ井琴音」。

「お姉ちゃん・・・・・・・・!!」

(なんでわたしの居場所が分かったの!?あの家はとっくの昔に家出して縁を切ったのに!)

 あの家で唯一わたしをかわいがってくれた父が死んで、その時に家出して以来、あの家には帰ってない。


 部屋から出た。廊下に置いてある屑籠の前に立つ。


 グシャ・・・・・・・・・・・


 紙を丸める。

(わたしは・・・・・・・・・死を見すぎた)

 これまで何人もの敵機を撃墜おとし、その搭乗員たちを殺してきた。笹井中尉をはじめ、列機が次々に散っていった。

 爆撃でバラバラになった死体も見た。機銃掃射で穴だらけの死体も見た。

 あれほど憧れた飛行機乗りの世界は、死で満ち溢れていた。

 そういうのを見るたびに、わたしは「死」に対して鈍感になっていった。

(こんなわたしが行っても、何にもならない・・・・・・・・きっと・・・・・・・・)

 電報を屑籠に投げ込もうと腕を振り上げた途端、その手首を誰かにつかまれた。

「行かなくていいのか?」

「菅野大尉・・・・・・・・・・・・・・」

「お前の母さんなんだろう?」

「でも、わたしはあの家とは縁を切ったんです。」

「これを逃したら、もう二度と顔は見れないんだぞ」

「でも!わたしは一族から勘当されて!もうすでに籍はないんです!」

「だが、お前を産んでくれたことに変わりはねぇだろ!」

 菅野大尉が叫ぶ。

「でも!わたしは別に母親なんか死んでも悲しくないし、一族のみんなもわたしのことを嫌っています!」

「は!?悲しいわけねえだろ!お前、泣いてるぞ!」

 普段から禁止されている方言が口をついて出るあたり、菅野大尉は本気だったんだろう。

「え・・・・・・・・・・・」

 そこでわたしは、初めて自分が泣いていることに気づいた。

「お前は本当は悲しいんじゃないか?それに気づいてないんじゃないのか?自分の本音に気づけ!」

「自分の・・・・・・・・・・・・・本音」

 菅野大尉がわたしの手を離した。支えを失った私は、ヘナヘナと床にひざをつく。

「どうするかは、お前が決めることだ。確かに俺たちは死を見すぎている。だけど、そんな俺たちだからこそ、気づけることがあると思うんだ。一応、源田大佐おやじに話はつけとく。」

 菅野大尉はそのまま去っていく。

 その姿を、わたしはいつまでも眺めていた。











 その四日後、特別に休暇をもらったわたしは松山駅から汽車に乗った。

 汽車に揺られること数時間、汽車は高松に到着する。

 連絡船に乗り換えて宇品でまた汽車に乗った。


 フォォォォォォォ!


 わたしを乗せた汽車は山陽本線をひた走り、可部線との接続地点である横川駅に着いた。

 可部線に乗り換えてさらに進む。そして、可部駅に到着した。

「・・・・・・彩音」

 駅前に出たわたしに、不意に後ろから声をかけた人がいた。

「琴音お姉ちゃん・・・・・・・・・・・」

「やっぱり、来てくれたんだね・・・・・・・・・・」

 琴音お姉ちゃんは、そっと第二種軍装に身を包んだわたしの腕をとった。

「・・・・・・」

 わたしは黙ってその腕を振り払うと、実家のほうに足を向けた。

「今日はただ、お線香をあげに来ただけだし。任務があるから今日のうちに帰るし。」

 幼いころによく歩いた駅前の道。その道を進み、実家につく。

 あらかじめ持ってきておいたお香典を渡そうとした途端、受付に座っていた男の人が顔を上げた。

「彩音・・・・・・・・・・・・!!」

「克之・・・・・・・・・!!」

 コイツはわたしの幼馴染の高橋克之だ。わたしより一つ年上ということもあって、本当の兄妹みたいだった。でも、わたしが家出して以来会っていない。

「海軍に入ったっていうのは本当だったのか・・・・・・・」

 克之がわたしの着ている下士官用第二種軍装を見て言う。そして、わたしも克之が海軍の士官用第二種軍装を身にまとっていることに気づいた。

「あんた・・・・・・・・」

「ああ、俺も海軍に入った。海軍兵学校かいへいに行ってな。」

 克之が大尉の襟章をわたしに見せて言った。

「艦隊勤務?」

「ああ、今は、戦艦に乗ってるんだ。航海士」

「何に乗ってるの?伊勢?日向?榛名?長門?」

「秘密だ」

 克之の目が少し泳ぐ。

「どこ?所属は」

呉鎮守府くれちんだ」

 こんなに近くにいたのか。

「じゃあ、これで」

 克之にお香典を渡して家の中に入る。みんなが一斉にわたしのほうを見た。

「おい、あいつは・・・・・・・・・・」

「女なのに軍服!?」

「もしかしたら、あの家出した・・・・・・・・・・」

「ああ、海軍に入ったとかという噂の・・・・」

 いたるところでわたしのことを話しているのが聞こえる。

 案内された席に正座し、軍帽をとって膝の上に置いた。

 そして、葬儀が始まった。









 

 葬儀はつつがなく終わり、わたしは外に出た。

「ふ~。緊張した」

 背伸びをした瞬間、その手を何者かにつかまれる。

「ちょっ!何するのよ!」

 海軍仕込みの武術で逃れようとしたけど、相手はがっちりとわたしを押さえている。そして、耳元で聞こえた声。

「ごめん。少し話したいことがあってな」

「克之!?どういうつもりなの?」

 手が離される。

「お前に一つ言いたいことがあるんだ」

「なに?」

 克之はすうっと息を吸い込むと、言った。

「俺が乗るのは、戦艦『大和』だ」

「大和?」

「軍機だから絶対に他言無用だぞ」

 克之は右手の人差し指を立てると、わたしの唇につけた。そのしぐさに少しドキッとする。

「あと・・・・・・・・・・」

 克之が軍装のポケットから一通の手紙を取り出した。

「お前の母さんから、お前への遺書だ。」

 わたしの手にポンと乗せる。

「遺書・・・・・・・・・・」

「お前の母さん、最期になんて言ったと思う?」

 わたしは首を横に振る

「『彩音は、どうしている?』だ」

「え?そんなわけないで・・・・・」

「ある」

 わたしの言葉を遮るように克之が言う。

「とりあえず、それを読め。読めば、何かがわかるはずだ」

 克之が背中を向けて去っていく。わたしは、家の縁側に腰を掛けると、手紙を開いた。


 「彩音へ」

 お母さんの遺書は、その言葉で始まっていた。








 彩音へ

 

 彩音。お母さんは彩音に随分酷いことをしてしまいました。自分の理想ばかりをあなたに求め、求めたことに答えられなければ厳しく叱責しました。本当に、ごめんなさい。

 あなたが海軍に入って飛行機乗りになったという噂は風の便りで聞いていました。そして、あのニュース映画。名前は忘れてしまいましたが、そこにあなたが操る飛行機が出ていたのです。

 一瞬だけでしたが、あなたが無事に生きて、立派にお国のために戦っていることに、わたしたちは喜びました。それと同時に、心配にもなったのです。

 わたしはあなたの立派に成長した姿が見たかった。あなたにもう一度会いたかった。

 しかし、このお国の一大事、軍人となったあなたが帰ってこれないのはわかっています。だから、生きているうちからこの手紙をしたためました。もし、届かなくても、わたしが彩音に言いたいことを全部書きました。









「お母さん・・・・・・・・・」

 確かに、報道班員に撮られたことはある。まさか、使われていたなんて・・・・・・・・・










 彩音には、謝りたいことも、お礼を言いたいこともいっぱいあります。あの時に勘当なんかして、本当にごめんなさい。

 あなたのことを知らないかと思い、海軍に入った克之に軍機に触れない範囲で調べてもらい、手紙で教えてもらいました。しかし、戦艦に乗った克之と飛行機乗りのあなたとでは接点がないらしく、あなたが生きていること以外はわかりませんでした。

 あなたが無事であるよう、いつも仏壇の前でご先祖様に祈っておりました。きっと、この手紙を手にしている時点では無事なのでしょう。

 一つだけ言っておきます。正しいものは正しくいなさい。自分の信念は絶対に曲げないようにしなさい。

 おそらくこの手紙を見るころ、わたしはこの世にはいません、でも、あなたには自分の信念を曲げずに生きてもらいたいと思います。

 長々とすいません。これであなたに伝えたいことは伝えました。それでは、さようなら。

                               あなたの母 山ノ井美月より









「お母さん・・・・・・・・・」

 わたしの頬を生暖かいものが流れる。それをぬぐうと、わたしは可部駅に向けて歩き出した。

本日の次回予告は諸事情によりお休みです。

大変申し訳ございません。。

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