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第六話 戦友との別れ

 とある日、台南航空隊坂井小隊隊長、坂井三郎一飛曹は、ラバウル飛行場内の台南空の司令室に呼び出されていた。

 基地司令の斎藤正久大佐が微笑を浮かべて坂井一飛曹を見る。

「どうだ、まだ決心がつかないか?」

「はい!まだ戦っている仲間たちを置いていくことなど、わたしにはできません!」

 坂井一飛曹が答えた。

「貴様がラバウルから、台南空から離れたくない気持ちはよくわかる。しかし、その右目はこのままラバウルにいたら確実に腐ると軍医長は言っている。」

 坂井一飛曹は何も言わなかった。

「右目だけでない。左目にも移るそうだ。」

 坂井一飛曹がギクッとしたように肩を震わせる。斎藤大佐は、さらに畳みかけるように続けた。

「どうだ?失明してもラバウルに残るか?それとも・・・・・・」

 斎藤大佐は、坂井一飛曹の目を見て続けた。

「・・・・・・・・一応内地に帰って目を治してから、もう一度ラバウルに出直してくるか・・・・・まあ、考えるまでもないだろうが。」

「・・・・・・・・・・・・・・」

 それでも黙る坂井一飛曹。

斎藤大佐は、「やれやれ」とでも言いたげにため息をついて、言った。

「わかった。これまではあくまで『すすめる』だったが、今回は違うぞ。」

 斎藤大佐が坂井一飛曹を正面から見据える。

「坂井三郎一等飛行兵曹。貴様に、内地入院を命ずる。」























 その翌日・・・・・・・・・・・・

 ラバウルの波止場には、一機の九七式飛行艇がその機体を横たえていた。岸壁との間を内火艇が往復し、乗員を運んでいく。

「ふう・・・・・・・・・」

 わたし―山ノ井彩音は、そんな様子を見ながら桟橋に向かう。

 坂井先輩が桟橋に立っていた。頭に巻かれた包帯が痛々しい。

 まわりには、台南空笹井中隊のみんなが先輩を見送りに来ている。

 頭と右目に重傷を負った坂井先輩は、戦列を離れ、内地の病院で手術を受けることになった。「絶対に行くもんか!」と怒鳴ってたけど、目に弾丸が入っているというんだから仕方がない。

 基地司令が命令を出して説得した。

 先輩の一番近くにいるのは、笹井中尉だ。今日は、いつもの第三種軍装ではなく、真っ白な第二種軍装を着ている。

 先輩が頭を下げる。

「こんなことになり、大変申し訳ございません。」

「・・・・・・・・・」

 笹井中尉は、黙って自分のベルトを抜くと、バックルを引きちぎった。それには、吠える虎が浮き彫りにされている。

「貴様と別れるのは、貴様より辛いぞ。」

 笹井中尉はそう言うと、バックルを先輩に渡した。

「これはな、俺が戦地に行くときに親父があつらえてくれたものだ。虎は千里を行って千里を帰る。縁起の品だ。だから、貴様も千里の内地へ赴き、体を治して、またラバウルへ帰って来い!待っているぞ!」

 バックルを受け取った先輩は、目に涙を浮かべて答えた。

「・・・・・はい!必ずや!」


 ヴァラララララララララ!


 先輩を乗せた飛行艇は水しぶきを巻き上げて飛び立つと、南洋の空に消えた。

       












 坂井先輩が内地に行ってから数日後の昭和十七年八月二十五日。わたしは坂井先輩の代わりに一等飛行兵曹に昇格。坂井小隊の指揮を執ることになった。

 その次の日、笹井中隊総出でガダルカナルの敵基地の爆撃に向かう陸攻を護衛することになった。

「回せ回せーー!」

「コンターック!」

 基地構内に搭乗員たちの大声が響く。

 

 ヴァララララララ・・・・・・・・・


 エンジン音をとどろかせ、台南空笹井中隊全機がラバウル飛行場を出撃した。

 わたしは、編隊の二番機。笹井中尉の補助役だ。

 基本的に、編隊で敵に攻撃を仕掛ける場合は、一番機が攻撃をし、二番機以降は周りを警戒する。一番機が撃ち漏らしたら二番機が攻撃。それも撃ち漏らしたら三番機が攻撃を行う。







 ガ島上空に到達!一式陸攻数十機からなる爆撃隊が爆弾槽を開き、低空飛行で腹に抱えた爆弾を落とす。

 すぐさま飛び上がってくる敵機!陸攻の尾部機銃が火を噴いた。

《全軍突撃!!》

 笹井中尉は無線で各機に命令を出すと、零戦隊の先陣を切って敵のF4Fの群れに飛び込んだ。

「了解!」

 わたしもあとに続く。


 陸攻に一撃をくわえようとしているワイルドキャットに狙いを定めた。

「喰らえ!」


 ドドドドッ!


 二十ミリ機銃弾がワイルドキャットのエンジンに吸い込まれていく。


 ボンッ!

 

 ワイルドキャットがエンジンから火を噴いて落ちていった。

「ん?」

 零戦たちがわたしとは反対の方向に向かっていく。

 後ろを振り返ると、陸攻と零戦隊がラバウルに引き返すのが見えた。

「笹井中尉、戻りましょう」

《そうしようか。山ノ井君》

 まわりに敵機がいないことを確認して、転舵。陸攻について行こうとした時だった。

 ぎゅん!

「!?」

 目の前を横切ったワイルドキャット!とっさに七、七ミリを使って威嚇する。

「敵はまだ残ってたのか!笹井中尉は!?」

 首を回すと、笹井中尉も三機のワイルドキャットと交戦中だった。

 さらにわたしに襲いかかるワイルドキャット!零戦の俊敏性を生かして破壊力抜群な敵の十二、七ミリ弾をよける。

「こなくそっ!」

 二十ミリと七、七ミリをワイルドキャットに撃ち込み、離れる。

 笹井中尉は、ほとんどの敵機を落とし、今まさに、最後の一機と交戦中だった。

 燃料が切れたのだろうか?ワイルドキャットが着陸しようとする。笹井中尉はこれが好機とばかりに攻撃を加える。

 その間にも、わたしには敵機が襲いかかってくる。

 笹井中尉の攻撃をよけた敵機が急上昇した。巴戦に入る。

(このままじゃ・・・・・・笹井中尉が危ない!)

 ラバウルからここ、ガダルカナルまでは、片道千キロ以上もある。連日の出撃で、疲労もたまっているはずだ。

 でも、アメリカはここを拠点としているから、十分な休養をとっている。このままじゃ、こっちに不利だ!

「笹井中尉っ!」

 エンジン全開でそちらに向かうが、他の敵機が行く手を阻む。

「ったく!邪魔なんだ!」

 巴戦の末、邪魔していた敵機を落とした。でもその時、笹井中尉は被弾していた。

 被弾箇所はエンジン。重傷だ。

 急いで無電を入れる。

「笹井中尉!笹井中尉!聞こえますか?」

《その声は山ノ井君だな?俺はこのまま着水自爆する。お前は帰れ、みんなにこのことを伝えるんだ!みんなに言いたいことはただ一つ・・・・・・・》

 笹井中尉は一泊置くと、一気に言った。

《みんなと会えてよかった。みんなの協力には感謝している。以上だ!》

 無電が切れた。笹井中尉は、機首を海面に向ける。

「笹井中尉!笹井中尉!行かないでください!笹井中尉!」

 無電に向かって叫ぶけど、その声は届かない。

 零戦が海面に衝突する。


 ドガン!


 爆発音を残して、笹井中尉は海の藻屑と消えた。

「笹井中尉ーーーーーーーっ!」

 わたしの声はもう届かない。

「・・・・・靖国で・・・また会いましょう。」

 笹井中尉が消えた方向に敬礼すると、エンジン全開でラバウルに帰った。





 帰投したわたしは、サクラの翼から滑り降りるなり、駆け寄ってきた西澤一飛曹に肩をつかまれた。

「おいお前、大丈夫か?顔が真っ青だぞ。」

 わたしの口からは、小さくてか細い言葉がこぼれ出る。

「笹井中尉を・・・・・お守りすることができませんでした・・・・・・・わたしのせいで、被弾して、そのまま着水自爆されました。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 基地構内が、静寂に包まれた。

 建物から顔を出した主計兵がわたしたちに声をかける。

「みなさーん。お食事の用意ができましたよ。」

 みんなで食堂に入ると、笹井中尉の席には、まだ箸箱が置いてあった。でも、その主はもうこの世にはいない。靖国へ、行ってしまった。

「おい・・・・・・」

 高井飛曹長が声を震わせて言う。

「・・・・・・われらが中尉は、もう飯を食わんそうだ!」

「飛曹長・・・・・」

 本吉二飛曹が小さく声をかける。高井飛曹長は天を向いて言った。

「今日から俺が中尉に代わって飯を食らう!中尉の箸箱はおれが使うから、俺の箸箱を貴様が使え!」

 その夜は、静かな葬送の夜となった。

 夕食後、わたしは司令部裏手に行った。そこには、きれいなジャスミンの花が咲いている。

「この花、笹井中尉もきれいだって言ってたな。」

 あれ?目から何か温かい物が出てくる。


 ザッ


 後ろで足音がした。

 後ろを振り返ると同時に頭に手が載せられる。

「泣きたいときは泣いていいんだぞ。彩音一飛曹。」

「西澤一飛曹・・・・・・・・・」

 わたし、泣いてたんだ。最後に泣いたのはいつだったっけ。両親が死んで、親戚の企みで実家を勘当されたときかな?

「これ以上お前みたいな思いをする者が、笹井中尉やこれまで散った仲間たちのように死ぬものがいなくなるようにするには、この戦を早めに終わらせなければならない。そのためには、俺たちが戦うしかないんだ」

 そう言いながら、西澤一飛曹はわたしの頭をなでた。








 その後もわたしたちは戦い続け、わたしの撃墜数は二ケタを越した。

 そして、わたしに辞令が出された。

「横須賀航空隊勤務ヲ命ズ」

 わたしは、台南空のみんなに見送られて、サクラに乗り込んだ。


 ヴァラララララララララ!


 サクラの機首を内地に向けた。

「さようなら・・・・・また帰ってくるよ」

 横須賀へ向かうサクラの機内、水滴型風防越しに真っ青な南洋の海が見える。。ラバウルに来た時と、同じ色だった。

 ふと、いつもみんなとうたっていた歌が思い出されてくる。そっと口を開き、歌ってみた。

「さらばラバウルよ 又来るまでは しばし別れの涙がにじむ 恋しなつかしあの島見れば  椰子の葉陰に十字星・・・・・」

 歌はそのまま二番に入る。

「波のしぶきで 眠れぬ夜は 語りあかそよデッキの上で 星がまたたくあの空見れば くわえタバコも ほろ苦い」

わたしは心の中で思った。

(さようなら、ラバウル。でも、わたしはここに帰ってくる。絶対に・・・・・!)

保信「保信とぉ!」

春音「春音とぉ!」

みやび「みやびの~!」

三人『次回予告外伝番外編~!!』

―♪守るも攻むるも黒金の 浮かべる城ぞ頼みなる 浮かべるその城日本の皇国の四方を守るべし・・・・・・

保信「さて、今回はこの作品では初めての戦死シーンが入ってきました。」

春音「この際、笹井中尉機には、零戦一機に対し、十二機のグラマンF4Fが襲い掛かったそうです。」

みやび「これでは到底、生きて帰ることは不可能ですね・・・・・・・・・・・・・」

春音「そんな中で戦った人たちはすごいですね。」

保信「それでは、次回予告行きましょう」

春音「次回は、おばあちゃんが本土に帰る!?それでは皆さん」

三人『お楽しみに~!!』

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