プロローグ
私の曽祖父は今150歳だ。
60年程前から延命措置だけをされ、ただ生き続けているという植物人間だ。そして、私と母は、先日まで曽祖父の存在を知らなかった。
曽祖父は、父の祖父で、父もまた、20を過ぎてから存在を知らされたらしい。母は、父と結婚してから今まで、私は生まれてから今まで、彼の存在を知らずに生活をしていた。
突然の話だった、父の葬式で、祖母から聞いた驚愕の話。生まれて17年、少しでも存在を匂わせるような話は聞かなかった、故に信じ難い。父は、交通事故で死んだ、自ら道路に飛び込んだらしい。45歳の若さだったが、それが父の設定した生涯だったと知った。
「あのね、ゆかりさん、落ち着いて聞いてくださる?」
それは私の祖母が、母に話している時に聞いたことだった。
「はい……、なんでしょう……」
母は、うつむいたまま返事をした。斎場の外、池の傍で、ぼーっとしたまま虚空を見つめる母は、父を想っているのだろうか。
母は、80歳まで生きる事が義務で、あと38年生きなければならない。一人になってしまった絶望なのか、あのトラックの運転手を恨んでいるのか、はたまた何も考えていないのか、何も感じとることのできない表情で耳だけを祖母へ傾けている。
「貴女の夫にはね、生きた祖父がいるのよ、今は150歳くらいかしら……」
「…………?」
母の表情は変わることはなかった、ただ、首を傾げている。
私も、聞き耳を立てたばかりに、こんな話を聞くことになっていた。父を亡くした今、私に曽祖父がいると知って、頭がパンクしそうになった。
父は死んだ、それすら、悪い夢の様なのに、私に生きた曽祖父がいる、そんなことを言われても、理解できない。視界が白く染まっていって、頭がぼやけて、私はその場から逃げ出した。
あの後、母がどんな話を聞いたかは知らない、母が心配だと思いもした、でもそれよりも、理解できない、それだけが頭の中で渦巻いていた。私は、ずっと走り続けていた。肺が苦しくなっても、体が軋んでも止まることなく。父の故郷から、どこへたどり着くかも分からないまま、がむしゃらに。