第一幕 第一章 不死鳥の行方
目の前はすべて炎に埋め尽くされている。
その炎の向こう。父と母に剣が突き刺さる。
「お父さん、お母さん!!」
その声は届かない。
目の前はすべて炎に埋め尽くされている。
殺人鬼はこちらに近づいてくる。
逃ゲヨウ
けれど。自分の後ろに誰かいる。
顔がよく見えない。けど、よく知っている人。
自分と同じ年ぐらいの男の子が立っている。
目の前はすべて炎で埋め尽くされている。
僕は剣を構えた。その剣は、震えていてまともに使えそうもない。
一歩、また一歩と前に出た。
逃ゲタイ
と、そのとき声がする。高い、幼い少女の声。
「いや!行かないで。私をおいていかないで!!」
ごめん、その願いはかなえられそうにないよ。
君だけは、守るから。
君だけは、守ってみせるから。
みんなが大切に守ったその命だけは、守ってあげるから。
それが僕の、罰だから。
逃ゲレナイ
だからごめん、その願いは叶えられない。
目の前はすべて炎に包まれた――
「――……ッ――。」
声が――聴こえる……。
「――……イッ――。」
そうそれは自分の名前……。
「――ルイッ!」
目を……開ける。一筋の光が目のなかに飛び込んでくる。
「うっ……。」
少年――ルイ・ミルラードは目を覚ました――
Light and Darkness ―封じられた記憶― 第一章 不死鳥の行方
日が沈むことを知らない世界――ファイスランド。その世界はセルータという王国が支配している。
国が1つなので戦乱もなく人々は平和に平凡な日々を送っている――そんな平和な世界。
この世界には2000年より歴史がある。
しかし、紀元前には今よりとても技術の高い文明があったとされている。
だが、発見されている書物はいままでの言葉とはまったく違うものでその歴史は解明されていない。
が、現代に続くたった1つの言い伝えがあった。
“万年の時を知る鳥は創造主の見使いなり。その姿火と光をまとい、その羽は世界のすべてをあらわす。羽、集めれば願いがかなわん。鳥に選ばれし者、それを読み解くことを許される。”
その鳥を不死鳥と呼んでいる。
この鳥を探せば、世界の歴史が分かる。願いはかなえられる。考古学者やトレジャーハンターはこぞってその鳥を探す――。
しかし、これはただの言い伝え。見つからない不死鳥は想像のものとされ、考古学者もトレジャーハンターも徐々に探すのをやめた。なのに、ルイたちは向かおうとしていた。言い伝えの起源、古の都・ミルミスラに――。
「なんだよ、ラン。昨日寝ずの番してたから眠くて眠くて。」
とあくびを一つ。
瞳は琥珀、髪はこげ茶。コートのような服を着、それはまるで中世欧米の服のような服をきている少年ルイは頭をかきながら、眠っていた場所――馬車で体をおこした。
「なんか魘されてたからおこしてあげたのに……。」
金髪のピンクのかざりでとめたポニーテール、赤い瞳を持つ少女――ラン・ミルラードはほほを膨らませた。
ランは少し、心配そうに
「……また、あの夢?」
変わりゆく景色を見ながらルイは答えた。
「ああ……。そうだよ……。」
ルイは、よく夢をみる。自分の――失った過去。
ランの父親に拾われ、10数年。
そのときルイはすべての記憶をなくしていた。
覚えているのは、ときどき見るあの夢だけ――
だから、自分の本当の名前も、歳も分からない。
だからランとは兄妹の関係にある。
けれど、二人共お互いを“同居してる幼馴染”というように見ていた。
ランは進行方向を見て、言った。
「……遺跡が近いからかもね。」
ルイの顔がゆがむ。
「……ああ。そうかもしれない。」
がたっ、と音がする。
「見えましたよ。今回の目的地が。」
そう馬の綱をとりながら言っているのは二人の父であるアイル・ミルラードである。
窓からのぞきこんで街をみた。
「「うわ……。」」
街はとても圧迫感を持っていた。
黄土色の城壁が行く手を拒むように建っている。どうやら城砦都市のようだ。
「古の都市・ミルミスラ――。ここに、2000年の前の手がかりがある――。」
アイルは考古学者である。
ミルミスラは紀元前の城が残っており、書物もここから見つかったものも多い。
不死鳥伝説をめぐって一番盛り上がっていた街だ。
アイルは信じていた、不死鳥を。不死鳥に会いたい――自分の夢を叶えるために。
∽
「……あんまり歓迎されてないみたいね。」
ランの言葉は正しかった。人々の視線は冷たい。城壁と同じようにルイたちの行く手を阻むようだった。
「余所者を嫌うんだな、ここは……。」
ルイたちの住んでる町とはまるで違う。
「けど、来たからには楽しまないとね。お父さんは宿探しに行っちゃたし・・・。」
2時間後、噴水と小川が通るここ、中央広場に集合ということになっている。
「ねぇ、ルイ?」
ランが聞きずらそうにたずねた。
「なんだよ。」
「その・・・。大丈夫なの?」
ルイは何を聞かれているか理解した。
ルイはランと目線をあわせずに答えた。
「ああ、ここは大丈夫みたいだ。でも、暴れたらたいへんだし、ランといるよ。」
二人はこの城壁都市を歩くことにした。城の周辺が住民の住まいにもなっている。城はとても高く、とても高い文明が2000年前にあったんだなと思う。一番上は見えなかった。
バルコニーのような場所に出た。風が気持ちいい。
「ここの人たちって、水と風で生きてるのね。どこでも水と風がある。」
ルイは笑った。
「俺たちの町は火と土で生きてる。本当に正反対だ。」
空を見る。ふと、視線に何かが見えた。
紅。青い空に合わない紅が空を飛んでいる。
「不死鳥……。」
飛んでいく。
「な……。ちょっと、ルイ!」
ルイは不死鳥を追いかけていた。食い入るように、夢中になって。
と――ドンッ
ルイは、街道に転がり込んだ。どうやら、ぶつかったらしい。
起き上がると顔を真っ青にした少女が目の前にいた。
「君、……大丈夫?」
年齢は……16歳前後だろうか?長い灰色の髪、落ち着いた藍色のワンピースを着ている。髪には×の模様がついた黄緑のリボンをつけている。あ、と見つめられた目は白。その純白の瞳に吸い込まれそうだった。
ハッ、として空をみた。そこにはもう不死鳥の姿はない。
「ごめん。よそ見してたから……。その……大丈夫?」
明らかに少女は震えていた。
手を差し出す。
「……い、いやっ!」
パチン
その手は返されてしまった。
はっ、とした表情になった少女は落ちてしまった野菜を拾わずに去っていった。
手が少し痛い。
「野菜……、おいていってるし。」
ルイ――!という声がした。
息を切らして走ってきたらしい。
「私をほっていかないでよ!迷子になる気?」
「ごめんごめん。」
「まぁ、いいけど。……もうそろそろ集合時間かな?帰ろう。」
「そうだな。あーあ、宿のちゃんとしたベットで寝てーよ。」
元の道を帰っていく。
ルイは落ちている野菜を見ながら思った。
「そういや、白い目なんて初めてみたな……。」
∽
アイルにつれられた宿はかなり古ぼけていた。
「ごめんくださいー!」
そういうと、はいはい、と活気のある声がおくから聞こえた。
茶色いヒゲが口のまわりにあり、変わった帽子をかぶっている。たぶんここの宿の主人であろう。
「我が宿『水風』へようこそ。私が主人のミネウィール・セリナヴィードです。ミネと呼んでください。」
ミネは人よさそうな笑みを浮かべた。
「さっそく案内させますね。セーヌ!」
はい。と少し控えめな声が聴こえる。
少し音がしたあと出てきたのは長い灰色の髪の藍色の服をきた白い瞳の少女――
「あ!?」
まさに、さきほどぶつかったばかりの少女であった。
「君は――さっきの……。」
おもわずルイは言葉を漏らす。
少女は怯えている。ささっ、とミネの後ろに隠れた。
「あの……。」
ミネは悲しそうな笑みを浮かべた。
「私が案内します。さぁ。」
ミネにおされてすすむ。ルイはそれでも、少女を見ていた。
少女は――泣いていた。
∽
ぱたん
扉が閉まる。ミネはため息をついた。
「すみません。ウチの娘のセーヌは人間恐怖症なんですよ。昔、いろいろありましてね……。」
ミネは悲しそうに笑う。
「見たでしょう?この街の人々の反応……。余所者を泊めるなんて職業、本当に何もできなくなったものがやることなんですよ……。あ、すみませんね、こんな話。つい、癖で……。こんなところですけど、ゆっくりしていってください。」
ミネは扉を閉めた。
三人は黙ったままだった。アイルが重々しく言った。
「……昔、いろいろあった……ですか。街の人々に嫌われて、娘が人間恐怖症になってしまうようなこととはなんなんでしょうね。」
∽
あれから。
アイルは調査に行ってきますとどこかに行ってしまった。
本当は一緒に行きたかったけれど、アイルに止められた。
「明日は、連れて行ってくれるかな……。」
自分は、遺跡に近づいてはいけない。
昔、俺が12歳ぐらいになったころ。
「ルイも一緒に来ますか?これからレスタにある遺跡を見に行くんですよ。」
「本当?俺、行っていいの?」
アイルは笑う。そして、ルイの頭をなでた。
「だいぶ剣の扱いにも慣れてきたようだし、大丈夫ですよ。それに――」
「それに?」
アイルはくすっと笑う。
「ルイは全然というくらい勉強が嫌いなのに、古代史だけは好きでしょう?僕の研究ノートやら資料やらを読んでたの、知ってるんですよ?」
俺は顔を真っ赤にした。
「僕に似たんですかね?……行くでしょう?」
俺は満面の笑みを浮かべた。
「……うん!」
そして。
遺跡を見たとき、何かが疼いた。
開けてはいけないものを、開けた気がした。
それから――覚えていない。
ランと親父がいうには、俺は暴れて、それをランと親父が止めたんだそうだ。
それ以来、遺跡調査の旅に俺は連れて行ってはもらえなかった。
その間、誰も居ない家。
古代史を読んでもむなしくなるだけだから、やめた。
そのかわり、親友のシュウと剣の腕を磨いた。
だから、おかしかったんだ。
今から2週間前。
俺は、親父の部屋に呼ばれた。
「ルイ、……ミルミスラに行きませんか?」
それは、今まで決して行かない場所であった。
世間が不死鳥伝説で浮かれていたときにも行かなかった。
なぜ、今になって?
「俺が……行っていいのか?」
アイルはまっすぐルイの目をみた。
「ええ。私の願いを叶えるために、来てくれますね、ルイ?」
断る理由は無かった。
むしろうれしかった。
けれど、なぜ?
ミルミスラと不死鳥。そこに俺が行く理由。
……あんたの願いは何なんだ、親父。
「ちょっと、ルイ!まだなの!!」
ドアの外からランの声がする。
荷物整理も済んだことだし、行こう、と思ったときあるものが目に付いた。
「……?」
荷物からはみ出した手帳。
これはアイルがつかっている研究ノートではないか。
「まったく……。こんな大事なもん置いといてどうするんだよ……。」
さらさらと手帳をめくってみる。
目についたのは、一枚のページ。
“ルイへ”と書いてある。
「……。」
しばらくたった後、ルイは静かにドアを開けた。
∽
時刻は昼ごろ。
だんだんお腹がすいてくるころだ。
なのに、一向にルイが出てくる気配はない。
「ちょっと!男が女の子より準備が遅いってどういうこと!!」
唐突にドアが開いた。
ランが何か言うよりさきに、ルイは手帳をランに渡した。
「なによ。」
「……読んでくれ。」
「……?」
“ルイへ”のあとにはこうつづられていた。
僕が居なくなるころ、きっとルイはこれを読んでいるだろう。
君は“あの時”以来「古代史なんて嫌いだ!」なんていっていたけど、本当は相変わらず古代史が好きなんでしょう?
だから、僕がこのノートをおいて君が見ないはずがないと思って、このノートに手紙を書きます。
おかしい、と思ったはずだ。
だって僕は君をけっして遺跡調査の旅にはだしませんでしたから。
けれど、コレにはちゃんとした理由があるんですよ。
君を僕が拾ったあの日、僕の前に不死鳥が現れたんです――
僕の目の前に紅の鳥が現れて、こういったんですよ。
「我が主を来るときまで守ってくれ。」と。
僕は今がそのときだと思って君をミルミスラに連れてきました。
君はきっと、不死鳥に会わなくてはならない。
不死鳥は“アントの森”で待っている、といっていました。
まずは、自分でその森を見つけてください。
いまからたぶん旅が始まるのですから、それぐらいできないと困りますからね。
PS.ランはルイをサポートしてください。
「……どういうこと、これ?不死鳥が現れたって。しかも……ルイが“我が主”って?」
ルイは首をふった。
「分からない。けど、分からないから行くんだ。それに……なんだか今から冒険が始まる気がするんだ!心躍るような冒険!だからランもきてくれるだろ?」
ランははぁ、とため息をついた。
「……仕方ないわねぇ。お父さんもこういってるわけだし、手伝うわよ。けど、その前に昼ごはん食べてから、ね?」
ルイはああ、とうなずいた。
「……ありがとな、ラン」
∽
二人は昼食を食べたあともう一度宿に戻った。
「問題は“アントの森”っていうのがどこにあるかよね……」
街の人々に聞いてもよかったのだが、あの街の人々の嫌そうな目線が嫌で、聞かなかった。
「……そうだ、あのセーヌって子に聞けばいいんじゃねぇか?」
ルイが言った。ランははぁ、とため息をついて答えた。
「あのねぇ、あの子人間恐怖症じゃない。私達とまともに話しできるかしら?だって部屋の案内もできなかった子よ?」
「なら」
ルイが立ち上がっていった。
「治してやればいいじゃねぇか、人間恐怖症。俺達にならできるだろ?」
ルイは今にも部屋を飛び出しそうである。ランはまたため息をついた。
「分かった。分かったわよ!」
∽
「え……。一緒にですか?」
泣きそうになりながらセーヌはそういった。
「……だめかな?」
ルイが困ったような顔をするとセーヌはあわてて答えた。
「い、いえ!別に案内するのはいいんですけど……。私と一緒にいると、その、変な目にあいますし……。それに、“アントの森”には魔物もいるんです。だから、アウラス神団兵のみなさんたちが魔物がはいってこないように見張ってるんです。だから危険ですし……。第一入れないと思います……。」
アウラス神団兵とは。
まず、このファイスランドにはアウラス神を崇める世界信仰がある。それをアウラス教という。
そのアウラス教を取り仕切っているのが、アウラス神団と呼ばれる組織である。
アウラス神団はファイスランドを守るため、神団兵軍をつくり世界の平和に貢献している。
ルイはセーヌの言葉に笑って答えた。
「大丈夫だって!俺はミルラード流剣術4段いってんだぜ!魔物なんかふっとばしてやるぜ!」
そう。アイルの副業は剣術道場(こっちが本業っぽいが)。ルイはその4段までいっているのである。
「それに。」
ルイはセーヌの手を掴む。セーヌの顔は引きつって青ざめている。ルイは笑いながら言った。
「俺が、その人間恐怖症を治してやるよ。」
ルイはセーヌを引っ張る。
「行こうぜ、外へ!」
そのままいってしまうルイにランはおいていかれそうになる。
「ま、待ちなさいよ、もう!」
∽
「ハァ、ハァ……」
深い森だった。
今頃ルイはあの手紙を読んでいるだろうか?
「きっと読んでいますね、ルイですし」
と微笑みを浮かべた。
突如光が目の前を走った。
これはあの時、初めて不死鳥と会ったときと似ている。
真っ暗な夜更けだった。
そこに光がさした。
目を開けたとき、一番に見えたのは紅。
赤色の羽。包み込む神々しい光。緑の目。
思わずつぶやく
「……不死鳥……」
目の前にいたのは、あの伝説から自分が想像していた不死鳥そのものだったのだ。
不死鳥は答えるように言う。
『我は、不死鳥と呼ばれるもの。アイル・ミルラード、きさまに頼みがある』
その声は直接頭に響くようだった。
「頼み?」
不死鳥はうなずいたようにみえた。
『我が主を、時が来るときまで守ってほしい』
「我が主……?」
『きさまが今日拾った者だ』
あの子はまだ幼い男の子で、あの子がこの鳥の主というのか?
そんな心を察したのか不死鳥が答えた。
『あの方こそ我が主。神話に名を刻まれし少年。我が主を守って欲しい。時が来るまで』
「……あの時とはいつですか?」
不死鳥はアイルの目を覗き込んだ。
その緑の瞳に吸い込まれてしまいそうで、身震いがした。
『きさまと、最も愛する者との約束のときまで。そのときがくれば、ミルミスラのアントの森に我が主を連れてきてほしい。それまでは、決してミルミスラに我が主を入れてはならぬ。……もちろんただでとはいわない。お前の一番の願い、叶えてやろう』
複雑な気持ちだった。
「かまいません。けれど、あなたに言われる前からあの子を引き取るつもりでしたよ?」
『……よろしく頼む』
不死鳥は消えようとした。
「待ってください!あの子の……名前はなんですか?」
『真の名前を教えることはできない。だが、“神話”に書かれた我が主のひとつの名前がこれだ』
『ルイ』
「やはり、あなたですか。不死鳥」
不死鳥は笑ったように見えた。
『……約束どうり、きさまの一番の望みを叶えてやろう』
空間がねじれた。
ああ、このときをどれだけ待ったことか。
「……メフィル……」
∽
「始まるようだ」
動き出した。
もう、お前の好きなようにはさせない。
「じゃあ、俺もいかせてもらおう。な、リーダー」
∽
「なぜ、我々が動かなければならない」
仮面をつけている銀髪の男がいった。
「あんた、分からないの?動き出したんだよ、“神話”が」
茶髪の少年が言った。こちらは、顔すべてを覆うように仮面をつけている。
銀髪の男は突然うなるように言った。
「では、あいつもいるのか!」
「そうだよ」
茶髪の少年はまっすぐに前を向いた。
「僕はあいつを、許さない」
∽
神話が動き出す。
すべては、不死鳥に導かれて
羽が舞う 誘うように――