縁とは異なもの
あの後、女子力講座どころかただの飲み会と化したそれは、八本目の大瓶を空けたアウエルがダウンした事で、無事に終わりを迎えた。結局アウエルのノロケを聞かされるだけで、一滴の酒すら飲めなかったウイネは、夜明け近くで静まり返る城の廊下を、一人歩いていた。
眠気を一度通り越してしまい、あまりの暇さに相棒の所へでも行くかと、アウエルが転がる部屋から抜け出してきたのだ。
ユェドゥラは起きているだろうか、と考えながら廊下を進むと、徐々に飛竜達が居る第三演習場が見えてきた。眠りにつく飛竜達を起こさないよう静かに近付き、分厚い天井を支える巨大な石柱から、こっそり中を覗く。
思い思いに雑魚寝する飛竜達の一番奥に、飛竜の中でも一際大きな体躯を持つユェドゥラがこちらに背を向け丸まっているのを見つけた。気配を消して近付いていくと、ユェドゥラの向こう側に誰かがいる事に気が付く。相手が座り込んでいた為、気づくのが遅れたようだ。
何者だ?と不審に思いながらにじり寄ると、ぼそぼそと話す言葉が聞こえてきた。
「なるほど、お前は綺麗な目をしているな。彼女と同じだ」
「クルルックルッ」
「鱗も黒く艶やかだな……彼女と同じ……」
「クルルックルックルッ」
「なぁお前はその、ウ、ウイネさんっとは仲がいいのか?」
「いいですよ」
「そうか、いいのか、うらや………はっ!?」
びくっと飛び上がって振り向いた男に、先日飛び上がっていたのは、やはり目の錯覚では無かったのかと考えながら話しかける。
「飛竜がお好きなのですか」
「え、いや、そうではなくっなぜここにっ」
目が覚めたので、と冷静に答えるウイネに、真っ赤な顔で慌てふためいているのは、まさかのウルフェインだった。
「ユェドゥラに話しかける声が優しかったので、飛竜がお好きなのかと思ったのですが。なぁユェドラ?」
クルルッ!と喉を鳴らすユェドゥラを優しく撫でながら、違うのかと顔を見上げ、首を傾げる。するとウルフェインは図星だったのか、たちまち耳まで真っ赤に染めた。
「そっそうだなっ小動物はあまり好まないが、大きなものは、その、す、好きだ。もちろん飛竜もな」
おどおどしながら言われた言葉に納得し、少し嬉しくなる。
「やはりそうですか。ユェドゥラは気位が高く、人に気を許す事はあまり無いんです。それなのに貴方が近付く事を許していたから……きっと貴方の好きだという気持ちが、伝わったからだと思います」
「好きっ!?そ、そうか……いや、こんなに美しい生き物を見たのは初めてでな、つい我慢できずに近付いてしまったんだ。すまない」
ウイネの説明に、今さらユェドゥラに不用心に近付いた事を反省したのか、少し眉を下げた彼に首を振る。つい近くで見てみたいと思う気持ちは、よくわかるからだ。
「いえ、飛竜の素晴らしさを分かっていただけて嬉しいです。この艶々した鱗に力強い翼、なにより空を飛ぶ姿の気高さと来たらもう素晴らしいの一言です」
普段変わらない表情を少し輝かせ、前のめりになりながら、飛竜を熱く語りはじめたウイネ。我を忘れた飛竜馬鹿は全く気付いてないが、近づいたウルフェインとの距離は中々に近かった。そんな距離に少したじろいだのか、ウルフェインは一歩下がる。
「あ、あぁ。俺もそう思う。訓練で飛竜の飛ぶ姿を間近で見るのが楽しみだ」
「そうでしょうとも、近くで見ると筋肉の動きや躍動感までしっかりと見ることができますから、より飛竜の素晴らしさがわかると思います」
一歩下がったウルフェインを追い詰めるように一歩進むウイネに、だらだらと汗をかくウルフェイン。
「そ、そうだな、そのなんだ、距離が少し近すぎやしないか?お互いの…」
ぷるぷる真っ赤に震えながら言うウルフェインに、はっと我に返ったウイネは、またやってしまったと青ざめる。
「っ申し訳ありません、飛竜の事となるとつい熱くなってしまいまして」
ひどく自己嫌悪に陥るウイネに、今度はウルフェインが青ざめた。
「いや、別に責めている訳ではない!あぁ、その、有意義な話を聞けてよかった!また是非聞かせてくれ!」
「……ありがとうございます」
一方的に捲し立てたのはウイネの方なのに、気を使ってくれるウルフェインに密かに感激する。以前里で同じように話しかけてきた男にも、飛竜の魅力を延々と語った事があるのだが、その男は途中で付き合いきれぬと怒って去っていったのだ。
それからはなるべく同じ飛竜馬鹿にしか話をしないように気をつけていたのだが、遠い異国にも仲間が居た事に、自分でも気付かぬ内に浮かれていたらしい。そんなウイネにも優しく接してくれるウルフェインに、最初の不審者扱いを深く反省したのだった。
「あー、俺も馬のことになるとつい熱くなってしまう事があるのでな、気持ちはわかる」
「ウルフェイン殿の馬ですか」
「あぁ、俺の馬も中々良い馬でな。気性は荒いが蟲にも怯まぬし、なにより良く走る。」
嬉しそうに顔を綻ばせながら話すウルフェインは、本当にその馬が好きなのだろう、普段の強面が少し穏やかに見える。ぽつぽつと自慢の相棒の話をしながらウルフェインの意外な一面を見て、ウイネは何だか親しみやすさを感じた。
二人で大盛り上がりまではいかないものの、途切れること無く会話が続き、気付けばもう朝食の時間が近付いていた。
「もうこんな時間か……。その、ウっ、ウイネっと話すと、時間を忘れてしまったな」
どさくさに紛れ、つっかえながら名前を呼び捨てたウルフェイン。突然馴れ馴れしくなった彼に、ウイネは不快を感じた……訳ではなく、内心とてつもなく感激していた。
――これは世に言うオトモダチというものでは無かろうか!!
何を隠そうウイネは、今まで友と呼べるものが出来たことがない。早くから戦乙女として才能を見せていたウイネは、友を作る前に筆頭補佐という地位に就いてしまったのだ。
そんなウイネに馴れ馴れしく話しかけてくる強者など誰一人として居なかったし、ウイネ自身も社交的とは言い難い。その結果、同年代からは遠目から見られるばかりで、普段会話するのは里の上役達や弟、それにアウエルだけだった。
それが今、人生で初めての友が出来るかもしれない。返事を中々返さないウイネに、ウルフェインは緊張した面持ちで待っている。初めて友達が出来そうな状況を、みすみす逃すほど、ウイネは馬鹿ではなかった。
「そうですね、ウルフェイン殿。その、私も呼び捨てにしても宜しいでしょうか」
「なっ!あぁ、フェインと呼んでくれ……ウイネ」
嬉しそうにするウルフェインに、ウイネも小さく笑みを浮かべる。普段表情が変わりにくいウイネの珍しい微笑みに、たちまちウルフェインは顔を赤く染めた。
「その、なんだ、俺はそろそろ戻らねば。……また訓練で会おう、ウイネ」
「えぇ、また訓練で会いましょう、フェイン」
「そうだっ!あ、明日の朝も会いに来ていいか?」
「もちろんです、ユェドゥラも喜びます。私もこの時間に来るようにしましょう」
「あぁ、約束だ!絶対だぞ!」
「はい、約束です」
――なんということだろう、まるでオトモダチの会話のようではないか。
早足で演習場から去っていくウルフェインを見送りながら、ウイネは込み上げる感激を噛み締めていた。……横で見ていたユェドラは、何故か馬鹿にするような目で見てきたが。