喝采するべき人
「とりあえず、案内しましょう。着いてきてください」
ウルフェインが走り去った方を眺めていたウイネだが、アウルストのその言葉に、気を取り直し歩みを進める。そして少し前を行くアウエルに、小声で話しかけた。
「アウエル様、私何か粗相でもしました?」
「あら、たぶん大丈夫だと思うわよ。わたくしの勘だけどね」
せっかく小声で話しかけたというのに、アウエルは声を潜める事なく上機嫌に返した。
それに慌ててアウルストを窺う。……残念な事に、ばっちり聞こえていたようだ。
「ふふっ、弟が驚かせて申し訳ない。普段は真面目な騎士団長なんだけどね、お二人が魅力的だから緊張したのかもしれないな」
笑いながら冗談を言うアウルストに、蛞蝓を見るような顔になってしまった。しかし、歩みを進めて行く内に見えてきた光景に、たちまち目を輝かせる。
「いま見えるのは城の中庭で、三代前の国王が王妃の為に造った庭です。見事でしょう?いつでも誰でも入れるようになってます」
恋人達のデートスポットですよ、と付け加えられた要らぬ情報を即座に消去し、今度是非とも見に行こうと心に決める。通り過ぎる際もギリギリまで首を回し、未練たらしく眺めておいた。実はウイネは、花や庭園といったものが案外好きなのだ。
「さあ、着きましたよ。いま国王は、到着された方々をもてなす会に参加しています」
広い城をいらぬ解説付きで案内され、ようやく辿り着いたのは、これまた見事な庭園だった。ざわざわと聞こえてくる人のざわめきに、きゅっと表情を引き締める。
「あら、優雅なガーデンパーティーって訳ね。皆暇人なのねぇ」
大事な社交を暇扱いしたアウエルに苦笑いしたアウルストは、その言葉には何も返さず、こちらです、と先導する。その後ろをついていくと、見えてきたのはなんとも華やかな光景だった。綺麗に着飾った人々が、上品な笑みを浮かべ、和やかに談笑している。気後れしながらも足を進めると、ウイネ達に気が付いた人々から、ざわめきが起こる。
「戦乙女が……、本当………とは」
「なん……格好は、……の素材が使わ………んだ?」
「ま…お伽噺が真実……はな、辺境…興味深……のだ」
優れた五感をもつウイネには、耳を済まさなくてもそれくらいの言葉は聞こえてくる。やはり戦乙女の存在は、非常に興味深いらしい。遠くからこちらを眺めあまり驚いた様子を見せていないのは、東方大陸のエルデドドとグルドートの使者だろう。直接かかわり合いは無いものの辺境と隣接する二つの国は、戦乙女の話くらいは聞いた事があるようだ。
アウエルの後ろを着いていきながら、ウイネが周囲の観察を怠る事はなかった。別に危害を加えられる可能性はないが、見知らぬ所で警戒するのは癖のようなものなのだ。
そしてようやく到着した国王と王妃の面前。ピタリと並んで立ち止まったアウエルとウイネは、威厳溢れる国王とおたやかな王妃に向かって右手を口にあて、次に軽く首を押さえ、ゆっくりと腰を折る。これはユルフェル式の礼だった。
「お初にお目にかかります。ウルディルド国王ダーケンハイム殿、王妃キリエル殿。我々は辺境より参りました、ユルフェルの民。わたくしは戦乙女筆頭のアウエルと申します。横の者はわたくしの補佐、ウイネですわ」
顔をあげて堂々と挨拶するアウエルに、国王ダーケンハイムは深く頷いた。
「我々ウルディルドの者は、貴女方を歓迎いたします。この度は共に大掃討を乗り越えましょう」
「ありがとうございます、国王陛下。我ら一同力を尽くしますわ」
「世に名高いユルフェルの戦乙女と共に戦うことが出来て、我が国の兵も士気が上がるでしょうな」
「あらまぁ!そんな風に言っていただけて光栄ですわ」
ダーケンハイムとアウエルが言葉を交わしている横で、ウイネは密かにたらたらと冷や汗を流していた。
――見られている。
何に?周囲から見られているのは最初からわかっている。では何がそんなにウイネに汗をかかせているのか。それはダーケンハイムの隣に座る、王妃キリエルからの視線だった。
礼をしてからひたすら聞き役に徹していたウイネだったが、国王の横に座る人から飛んでくる視線に、次第に汗がにじみ始めた。キラキラと光る凄まじく強い視線でじっと見つめられ、指を動かす事すら緊張してしまう。
――なんでこんなに見られているんだっ
直立不動で心臓をバクバクさせるウイネを救ったのは、先ほど腹黒そうだと酷評したアウルストだった。
「父上、彼女達もお疲れでしょう。そろそろ部屋に案内してさしあげたいのですが」
なかなか終わらない二人の会話に、横で控えていたアウルストが絶妙なタイミングで入ってきた。そんな彼に先ほどの評価を取り消し、空気の読める人と訂正する。
「あら、あらあら!もう行ってしまわれるの?」
名残惜しそうにウイネを見つめるキリエルに、何故そんな反応をされるのかと疑問が湧く。そんなウイネを助けたのは、またもやアウルストだった。
「どうしたのです母上、なにか彼女に用が?」
よく言った!と心の中で拍手喝采する。空気の読める人どころではない、とてつもなく!空気の読めるお方、だ。ウイネの心の中は、感謝感激の嵐だった。
「いえね、ウイネさんってとても………」
「……とても?」
意味深に切られた言葉に、そこにいた全員が息をのみ、続きを待つ。そんな周囲に、キリエルは満面の笑顔で答えた。
「とっても美しいんですものっ!私、是非娘になっていただきたいわっ」
――何を言ってるんだこの人は!?
思わず叫んでしまいそうになったが、その人が王妃だということを寸前で思いだし、なんとか叫びを飲み込んだ。そんなウイネを尻目に、なぜか飛び上がらんばかりに喜んでいるのはアウエルだった。
「あらぁ!あたくし、王妃様とお話が合いそうですわぁっ」
「まあまあ!今度是非ウイネさんについてお話ししませんこと?」
「もちろん、大歓迎ですわよぉ!」
意気投合し盛り上がる二人に、遠退く意識を必死で繋ぎ止めようと気合いを入れる。
「お二人とも、ウイネさんが困ってますよっ」
慌てて二人を諌めたアウルストに、きっとこの人は神に違いない、と拝んでしまいそうになった。
その後も何やら一悶着?し、なんとかその場を辞したウイネ達が諸々の手配を終わらせ一息付けたのは、実に夕方になってからだった。
「こちらが皆さんの滞在する第三騎士寮です。女性騎士の寮として造られましたが、最近は女性騎士の減少で部屋が余っているのです。ここなら飛竜のいる第三演習場にも近いので、すぐに見に行けますよ」
そう説明するアウルストに礼を言って、幹部部屋らしい広く作られた部屋に入る。もうすでに他の者達は部屋で寛いでいるだろう。国王へ挨拶をした後、気を利かせたウルディルドの騎士が、待機していた彼女達を呼びに向かってくれていたのだ。
「なにかあれば、近くの者に伝えてください。すぐに対処しますので」
爽やかな笑顔を浮かべ去っていったアウルストに、心のなかで感謝の言葉を送ると供に拝んでおく。
「なぁにウイネちゃん、あぁいうのがタイプなのぉ?」
去っていく背中を真剣に見つめていたウイネに、アウエルがにやにやしながら絡んでくる。
「違いますっ、なぜアウエル様はすぐそう言う話に持っていこうとするんですか。それにあぁいうキラキラしてる方は苦手です」
「だぁって、ウイネちゃんの浮いた話しなんてひとっつも聞いたことないからさっ」
「当たり前です!恋愛なんてしたこと無いんですからっ」
勘弁してくれと部屋中を逃げ回るが、この手の話においては、アウエルの執念深さは中々のものだった。
「じゃぁじゃあ、どういうのがタイプなわけぇ?」
「そんな事考えた事無いですよっ」
「えぇ~、何かあるでしょぉ!かっこいい人がいいとか、優しい人がいいとかさぁ?考えて考えてっ」
逃がさないわよ!とウイネに詰め寄ってくるアウエルに、そんな事言われても……と悩んだウイネは、取り敢えず思い付く事から述べていく。
「……弱いよりは強い方がいいですね」
「ふんふん?それで?」
「えぇーと、ま、真面目な方とか」
「ほうほう、それで?」
「逞しい方がいいですね」
「なるほどなるほど」
「あとは飛竜が好きな方です」
それは外せない!と力強く言うウイネに、アウエルも激しく同意する。言うまでもないが、二人を始め戦乙女は飛竜馬鹿ばかりだ。
「じゃぁ、ここの騎士団長なんかどぉ?」
「……それって、城門で走っていった方ですよね?」
「そうそう!強いって噂聞いた事あるし、見た目は威圧感ばりばりの強面だけど、逞しいし、真面目そうだったじゃない?飛竜はどうかわからないけど……それともあの見た目はやっぱりダメかしら?」
迫力ありすぎ?と首を傾げるアウエルに、ウイネも到着した時に見た姿を思い浮かべる。
確かに、優男のアウルストとは似ても似つかない、迫力ある野生の獣の様な男だった。
しかし、あの鍛え上げられた逞しさは素直に素晴らしいと思う。ユルフェルの男性はウイネの好みとは反対に、どちらかというと線の細い者が多いのだ。それに強面もまぁ、そこまで気にしない。むしろ真面目そうな雰囲気が顔に出ていて、ちゃらちゃらと浮わついている人間よりか全然好感が持てる。鋭い目も、飛竜の目付きのようだったな……と人と少しずれた感覚で真剣に考えいると、ふとにやにやするアウエルが目に入り、何を真面目に考えているんだ!と我に返る。
実はウイネは、今までに何度か告白された事はあるのだが、その気はないとずっと断ってきた。ウイネの事を恋慕ってくる男達よりも、飛竜やアウエル、何よりも唯一残った弟の方が大事だったのだ。
ウイネは幼い頃に両親を亡くし、それからずっと弟と飛竜と寄り添い合って生きてきた。飛竜と共に成長し、飛竜と共に戦い、飛竜と共に弟を育てた。そんなウイネは、何をするにもまずは弟と飛竜が第一と、恋愛事には距離を取って過ごしてきた。そこにいきなり恋愛の事を問われても、戸惑いしかない。
「いえその、容姿が嫌という事はないのですが……いや、好感が持てるとは思いますが、そう言った感情はないかと」
私が言うのも烏滸がましいですが、と困った顔で言うウイネに、アウエルも少し困り顔だ。
「でもウイネちゃん、貴方も恋の一つや二つした方がいいわよ。トランだって最近姉離れしてきたしねぇ。里に好みの男は居ないみたいだし、せっかく来たんだからいい男ゲットしちゃいなさい!」
「……私はあまりそう言う事に興味ありませんし、よくわかりませんから」
「だぁめよ、そんなんじゃ女が廃るわ!恋は女の栄養なのよっ」
厳しい顔つきで腰に手を当て、恋をしろと詰め寄ってくるアウエルに、仰け反りながら後ろに下がる。
「まずはいい男を見つけなきゃね!明日からちゃんとチェックするのよ!」
「……アウエル様、我々は恋人探しに来ているのではないのですが」
大掃討に来てるんですよ、とやんわり嗜めるウイネに、そんな事わかってるわよ!とぷりぷりするアウエル。
「まったく、今日は早く休んでくださいね。明日は大陸会議なんですから」
「それもわかってるわよぉ!って、ウイネちゃん、もう寝るのっ!?ご飯はっ!?わたくしとのデートはっ!?」
「私は疲れたので寝ます!食事もデートも無しです!」
「えぇぇぇ!!」
生憎というべきか幸運というべきか、ウイネは元より少食なのでお腹は減っていない。もちろんデートなんぞは論外だ。そして、明日の日中はアウエルが大陸会議に出席する為、束の間の平和を味わうことができる。
訓練もないし、久しぶりにゆっくり寝れるな、とここ数日まともに休息を取れなかったウイネは、ぎゃあぎゃと喚くアウエルを叩きだし、早々に布団に潜り込んだのだった。