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紅の獣は銀竜を  作者: 銀タ
本編
5/42

着いた場所には





「うふふふふ、見た見た?みーんな驚いてたわぁ、ドッキリは成功ねぇ!」

 

 上機嫌に笑いながら空から花を撒くアウエル。そんな彼女を尻目に、この演出を実行するに当たって皆の地味な努力を思いだしたウイネは、うっかり涙してしまいそうになるのだった。

 

 

 

 

 ――あっ!ねぇねぇウイネちゃん。わたくし思い付いちゃったんだけどね。ちょぉっと外の国の皆さんを驚かせてみない?

 

 この台詞を聞いたときに覚えた嫌な予感は、見事的中する事となった。休憩に立ち寄った河原に広がる白い花に、アウエルが瞳を輝かせ、いらぬことを閃いてしまったのだ。

 

 ――これよ、思い付いたわぁ!これを使いましょうよぉ!

 

 その言葉によってウイネ達は休憩時間返上で、花を摘む羽目になった。ちまちまと全員で花を袋に詰めていく中、何事もなく簡単に終える事が出来たかといわれれば、それは無理な話だった。

 

 元来短気な戦乙女達にとって、それは苦行と言うにふさわしく、何よりいたずらっ子な自分達の相棒が大人しくして居られる筈がなかった。

 花を摘むくらいなら遊んでくれとばかりにちょろちょろと付きまとい、それでも無視された飛竜たちは、とうとう袋の中身をぶちまけるという暴挙にでた。おかげで至る所で怒号が飛び交い、長閑なはずの花畑が、里の訓練所のように荒れ果てる始末。

 それでも何とか花を集めた乙女らは、アウエルの考えたフォーメーション通りに飛行する練習をさせられ、ふと気がつけば、このままでは到底約束に間に合わない時間になっていたのだ。

 

「おかげで我々は不眠不休で来るはめになったんですよ、アウエル様」

 

 里から出立したときよりもげっそりしたウイネは、まったく気にしていないアウエルに恨み言を吐く。街で曲技飛行を終えた二人は、近くの草原で乙女達と別れ、城に向かって飛んでいる途中だ。

 

 ウイネ達が普通の馬で来たのであれば、わざわざ他の者と別行動したりしないのだが、馬の何倍も場所を取る飛竜では直接城に赴く事すらままならない。それに城の人間が安易に飛竜に近づき、怪我でもされたら大問題だ。なんせ、本来の飛竜は警戒心が強く、人に懐かない生き物なのだから。そういう事で二人は、皆より一足先に挨拶ついでに打ち合わせをしに行く事になったのだ。

 

「あらっ、城が見えてきたわよぉ。どうやらお待ちかねみたいねぇ」

 

 ウイネの恨み言など綺麗に無視して、城の城門の前に人だかりに手をふる。騎士達が整列し待ち構えている様子に、あそこに降りろという事だろうと、先に下降態勢に入ったアウエルの後ろに続いた。

 

 

 

「ようこそウルディルドへ、歓迎いたします」

 

 そう言って前に出てきたのは、いやにキラキラしい優男だった。着ている服の豪華さや、周りの反応からすると偉い立場の者らしい。

 

「私はウルディルドの王太子アウルスト、私が貴女方を父のもとへご案内いたします」

 

 優雅に微笑むその男は、なるほどやはり偉い人物だったようだ。なんだか腹黒そうな奴だと失礼な事を考えながら、視線をその背後へ向ける。綺麗に整列された騎士達の後ろでは、老若男女関係なしに人が集まり、興味津々といった様子で顔を覗かせていた。

 人々がこちらを盗み見しながらひそひそと囁き合う様子に眉を寄せ、アウエルの機嫌を窺うと、彼女は周囲など気にも止めず朗らかに王太子と挨拶を交わしていた。

 

「それにしても、戦乙女の方はみなそのような装備をなさるのですか?初めて見る形ですが、とても美しいですね」

 

 お互いの自己紹介を終えた後、まじまじとこちらを眺めてくるアウルストに、アウエルが笑って胸を張る。

 

「そうでしょう?この装備は、我々ユルフェルの誇りですのよ」

 

 アウエルが自慢するのも無理はない、その身に纏う美しい装備は、まさにユルフェルが誇る最高傑作なのだから。

 

 素早さを誇る飛竜の特徴を活かすため、ユルフェルの人々は装備の軽量化に心血を注いできた。そうして出来たのが、大陸で主流の鋼鉄を使った重厚装備とは正反対の、超軽量装備である。

 飛竜から剥がれ落ちた鱗を加工し、防風性と防御性に優れた鱗布と呼ばれる素材を開発したユルフェルの人々は、それを使った装備を考え出した。

 

 上半身は首から腰、手の甲までを体の線に合わせ鱗布で覆い、その上から胸と腕の部分にのみ固い骨で作られた防具をつける。下半身も鱗布でゆったり覆い、膝から下はぴたりと締め、脛は骨の防具で守っている。空気抵抗を減らす為、体のラインに沿って作られたその装備は、本物の飛竜のように黒く艶やかに光り、何処か芸術的であった。

 

「まるで飛竜が人になったかのようですね」 

「あら、よくお分かりね?これは飛竜になりたいと先人達が願って作られたものですもの」 

「ああ、やはりそうなのですか」

 

 素晴らしいな、と感心した様子のアウルストに、少し気分が上がる。戦乙女である事に誇りを持っているのだ、装備を誉められて嬉しくない筈がない。

 

「ウイネちゃんなんかは飛竜と同じ髪の色に瞳でしょう?里でも本当に飛竜みたいだって騒がれていますのよ?ねぇウイネちゃん」

「……そんな事ありましたか?」

「あるわよぅ!ほんと無頓着なんだからっ」 

 

 初めて耳にする情報に、疑いの眼差しを向ける。十八年里で生きてきたが、そんな事は聞いたことがない。


「確かに、騒がれそうな容姿ですね」

「そうでしょ!やっだ、あなた話がわかるじゃなぁい」

「ははは、そうですか?」

 

 和やかに会話する二人の横で、そんな事よりはやくこの場から離れたいと強く願うウイネは、アウエルの向こうから人が走ってくる気配を感じ、そっとそちらを覗き見る。

 

 ――慌てた様子で駆け寄ってきたのは、一度見たら忘れられそうもない、荒々しい獣のような男だった。

 

 赤い髪に翡翠の鋭い目、顔にも身体にも無数に残る傷痕に、逞しく鍛え上げられた身体。そしてなにより、その男から感じる迫力は凄まじかった。

 

「わるいっ、おくれ…っと、申し訳ない!遅れました」

「ああ、今来たのか?えらく時間がかかったな」

「いや、少し手配に手間取ってな」

「ほらみろ、だから最初から第三騎士寮にしておけばよかっただろ」

「っうるさい!」

 

 なにやら親しげにやりとりする二人を、アウエルの後ろからこっそり観察する。その二人が並ぶ姿に、なるほど美女と野獣ならぬ美男と野獣か、と馬鹿な事を考える程、中々にインパクトのある光景だった。


「ああ、失礼しました。これは第二王子のウルフェイン、我が弟です。ウルディルドの騎士団長でもありますので、お二方とはこれから接する機会も多いでしょう」

 

 ウイネの考えていた事など知る筈もなく、にこやかに紹介するアウルスト。その言葉に、ウルフェインも居住まいを正して挨拶をした。

 

「ウルフェインと申します。よろしく」

「あらぁ、よろしくね!わたくしは戦乙女筆頭のアウエル、こっちの可愛こちゃんはウイネ、わたくしの右腕なの」

 

 アウエルの横から少しだけ顔をみせ、小さく会釈する。隠れていたウイネの存在に初めて気が付いたウルフェインは、目があった瞬間、ポカンと口を開け固まった。

  

「っ!」

「……え」

 

 魚のように口をパクパクさせ、食い入るように見つめてくるウルフェインに、なぜそんな反応をされるのかわからないウイネは、小さく首をかしげる。

 

「ぐっ!くびを、い、いや、その格好はっ……!!」 


 良く分からなかったが、とりあえず聞き取れた単語から、自分の格好を見下ろしてみる。

 

 ――うん、特に異常なし。普段通りだ。

 

 何が問題か分からず、また首をかしげてウルフェインを見てみる。どうか今度は理解できる言葉で話してくれと思いながら。

 

「は……くび」

 

 やっぱり意味不明な言葉をぼそぼそと言っているその人に、何だこいつはと不審者を見るような顔になってしまう。そんなウイネとばっちり目が合ったウルフェインは、みるみる内に顔を赤くし、キョロキョロと視線をさ迷わせるという不審行動をとり始めた。

 

「お、おい、ウルフェイン、顔が真っ赤だぞ」

「――っくそ!」

 

 アウルストの指摘にはっとしたウルフェインは、小さく悪態をつき、目も止まらぬ速さでその場から走り去っていった。

 後にに残されたのは、何が起こったのか理解できていないウイネと、何かを理解した気がする二人組だった。

 

「わたくし、もしかしなくても決定的瞬間を見てしまったのかしらぁ?」

「いやぁあの万年氷河期が、なるほどそうか。いやはや、めでたいめでたい」

 

 にやにやと笑い始めた二人の後ろで、何かこちらに無礼があったかと頻りに首をかしげるウイネがいた。





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