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紅の獣は銀竜を  作者: 銀タ
本編
3/42

籤引きの結果は





 雲ひとつない晴れやかな夏空の下、せっせと作物の収穫に精をだしていた農民達は、今年は豊作だと笑顔を見せながら嬉しそうに話していた。

 そんな時、ふと自分に影がさした事に気がついた一人が、なんとなく空を見上げた。

 

「なんだありゃあ」

 

 ポツンと上を見たまま声を出した男の様子に、周囲の人々は男の視線の先を追う。

 

「……なんだありゃあ」

 

 ドサッドサッと作物が落ちる音が続き、大事な作物を落としたことにも気付かず、農民達は空を見上げ固まった。

 

「……りゅうだ、ありゃあ竜の群れだ」

 

 村一番の長老が、ポツリとそう言った。

 

 

 

 

 

「……おやおや、わたくし達はなにか迷惑をかけているのかしらねぇ。随分見られてるようだけど」

 

 はるか上空、長く豊かな金髪を靡かせ、のんびりとした様子で大地を見下ろすのは、ユルフェル族戦乙女筆頭のアウエルだ。

 

「西方大陸では、飛竜は大層珍しいと聞きます。それがこのように二百に近い数で隊列をなしていれば、あの反応も仕方無いかと」

 

 妙に上機嫌のアウエルに反し、ウイネは非常に疲れた様子だった。

 

「それもそうね。東方でも珍しがられるものねぇ、そりゃビックリもするか」

「ははは……」

「ちょっとウイネちゃん、えらく疲れてるみたいだけど、どうしたのよ?他の子達も何だか窶れてない?」

 

 気のせいかしら?と聞いてくるその人に、げっそりとした顔で苦笑いする。それもそうだろう、今ここに至るまでに、ユルフェルの里はてんやわんやの大騒ぎだったのだ。非常に短い時間で準備を調えた戦乙女らは、皆どこか疲れた顔をしていた。


 

 

 

 大陸会議が行われると辺境の国に知らせが来たのは、今から約三ヶ月前の事だった。

 

 ――それから、もしかすると自分達が代表になるやも知れぬと、各々の一族がそわそわし始めてから最初のひと月が過ぎ。

 ――やっとこさ辺境の部族を集めた寄合が開かれるまでに、ふた月かかり。

 

 くじ引きで決めるだけだったはずが、なぜかせっかく集まったのだから、宴じゃと――これは寄合が開かれたタルフト族の、宴会に命を掛けるというはた迷惑な性質が、多大に影響を与えていると思われる――中々くじ引きが行われず。

 

 結局今回の代表が決まったのは、辺境から出立せねば大陸会議に間に合わぬだろう日の二週間前。それも宴の後の、死屍累々とした会場で、意識朦朧としながらのくじ引きで、である。

 

 ちなみに、集会が開かれてから、実に一週間と半分もかかった。

 

 そして非常に楽観的なユルフェル族長は、そこから旅行気分でタルフト族の集落に居座るのだが、痺れを切らせた里からの迎えでようやく帰ってきたのが、出立の日の約一週間前。

 

 帰ってきた長から、まさかの代表に選ばれた事を告げられた人々は、呑気な長に怒るより何より出立の準備に追われる羽目になり、へらへらと謝る長は完全放置で、大人も子供も大忙しに動き回る、里始まって以来の緊急事態であった。

 

「私達だから間に合ったようなものの、他の里なら間に合わなかったんじゃないですか?」

 

 ウイネがつい呆れてしまうのも、仕方の無いことだった。何しろすべての戦乙女が参加するのだ。その準備はそう簡単な物ではなかった。

 

「そうかもねぇ。面倒な事に、全員連れてかなきゃなんないし、わたくしたち以外なら遅刻してたかも」 

「確実に遅刻だと思いますよ。全く、長には困った物です。大体、全員引き連れて来いって言うのも無茶な話ですよ」

「まぁそれは仕方ないかもね。それに、わたくし達が居ない間は、他の部族が里を守ってくれるし、心配はいらないわ」

「それはそうですが」

 

 辺境国は参加できる戦士の数が圧倒的に少ないので、基本的に全ての戦士の参加が義務付けられている。そして、大陸会議の主催する国の軍に加わり、大掃討に赴く事になっているのだ。他国が使者だけで赴く会議に、戦士総出で向かう理由は、その国の兵と合同訓練などを行う為だった。

 

「それに、ウルディルドにはどんな強者がいるかと思うと、楽しみだわぁ」

 

 一人上機嫌のアウエルは、強い者が好きな戦乙女の性かそれともただの好奇心か、主催国の戦士に興味津々のようだ。

 

 戦乙女筆頭であるアウエルは、はたから見れば、花の似合うおっとりとした女性である。しかも彼女は子供もいて、里では有名なおしどり夫婦なのだ。

 とても筆頭とは思えない彼女がその地位にいるのは、ひとえに優れた頭脳を持ち、軍師としての才が抜きん出ているからだ。もちろん飛竜使いとしての才能も、槍の才能もあるのだが、その二つに於いては断然ウイネの方が優秀だった。

 しかしウイネは、自分より武で劣るアウエルを軽んじる事無く、姉の様に慕い尊敬している。アウエルの右腕として彼女に恥を掻かせないよう、今回も念入りな準備に駆け回っていたウイネは、誰よりも疲労の色が濃かった。

 

「ウルディルドでは、戦士といわずに騎士と呼ぶのでは?私には違いがわかりませんが、確かそうだったはずです。むしろ戦士と呼ぶのは我々辺境国だけなのでは……」

「えぇー、戦士の方がなんだか猛々しくって素敵よねぇ!騎士はなんだか紳士な感じかしらぁ。清く、正しく、美しくー!ってやつ?」

 

 何か違う気がする持論を囀ずる彼女を放置し、呆れ顔から真面目な表情に切り替える。

 少し風向きが変わってきた気がする。じっと風の吹いてきた方を見つめ、風の流れを読む。雨、ではないな。特に気候の変化は見られなかった事に安堵し、ついでに後ろを向いて、隊列に乱れがないか確認する。飛竜で隊列を揃えて飛ぶ事は中々に難しく、ふと気がつけば乱れたりしているのだ。

 

「うふふ、ウイネちゃんったら真面目ねぇ。さすがわたくしの補佐!」

 

 そんな真面目なところが可愛いわぁ!なんて不本意な事を言われ、顔をひきつらせる。可愛いなんて、目付きの鋭い女に言う言葉ではない。しかも質が悪いのは、アウエルが本気でそう思っている事だ。可愛い可愛いとデレデレする上司には、ひきつった愛想笑いを送っておく。

 そんな二人の様子に、アウエルの飛竜のルェドゥラと、ウイネが跨がるユェドゥラがキュルッキュルッと鳴き声をあげた。

 

「ほら、ルェドゥラも同意してるわぁ!」

「……アウエル様、それは笑われてるだけです」

「え、やっぱりそぉ?」

 

 はい、と大真面目に答えたウイネに、またもや飛竜達が鳴き声を上げる。後ろに続く乙女らからもくすくすと笑いが溢れ、一時空の上は和やかな空気が流れた……アウエルがこの言葉を言うまでは。

  

「あっ!ねぇねぇウイネちゃん、わたくし思い付いちゃったんだけどね。ちょぉっと外の国の皆さんを驚かせてみない?」

 

 悪い顔をしてにやにやしはじめたその人に、あぁ嫌な予感がする、とウイネは頭を抱えたのだった。







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