視線の先にある
――ウイネの視線の先、西方大陸で一番の大国、ウルディルドの大会議堂では、今まさに大陸会議についての会議が行われていた。
来るべき大陸会議をウルディルドが主催するにあたり、国内での最終確認である。
「それでは使者の滞在中の対応は、外務担当者に任せるという事でよろしいか?……では続きまして、参加国について、宰相補佐から」
進行役から指名された宰相補佐は、書類を手に立ち上がる。
「はい、参加国はいつも通り全ての国が参加します。そして、辺境国ですが……」
そこで一度言葉を切った宰相補佐に、一同は顔を見合わせる。
「何か問題があったのか?」
眉を潜めた国王の言葉に、いえ、と小さく呟き、大きく息を吸った。
「辺境国からは、この度はユルフェルの民。かの戦乙女らが、大陸会議に出席するとの事です」
顔を強張らせながら発した言葉に、会議堂はどよめきに包まれる。
「まさかユルフェルの民がでてくるとは。本当に戦乙女がいると思うか?」
一同がざわめく中、楽しそうに話すのは、ウルディルドの王太子であるアウルストだ。金色の長い髪と翡翠の美しい瞳は優しげで、王妃に似てどちらかといえば中性的な容姿をしている。まさに物語に出てくる王子のようなキラキラしい容姿をしたアウルストは隣に座る、己とはまったく正反対の弟に話しかけた。
「さあどうだかな。大体、辺境国からの手紙に何も書いてなかったのか?」
第二王子であり、騎士をまとめる騎士団長でもあるウルフェインは、難しい顔をして首をかしげた。そんな弟に肩を竦める。
「ああ、書いてあったさ。『ユルフェルの民 戦乙女 行く よろしく頼む』とね」
「……辺境の連中はふざけているのか」
「まさか!まだ手紙が来るだけまともなんだ。普段はそれすら無いらしいぞ。この間、東方大陸の人間が言ってたからな」
「っなんて奴等だ!」
苦々しく呟くウルフェインは、只でさえ怖い顔が、より恐ろしく歪んでいた。
武闘派である父王に似たウルフェインは、西方大陸最強の騎士と呼び名も高い。
そんな彼は、その名声に相応しい堂々たる体躯に、燃えるような紅い短髪、鋭い翡翠色の瞳をもっている。そしてその荒々しい雰囲気と威圧感に、ほとんどの女子供には恐れられ、初対面で大泣きされてきた。
「まぁ、相手はあの辺境国だ。兵を出してくれるだけ、ありがたい話じゃないか」
「それは、そうだが……」
そもそも辺境国とは、辺境の大小様々な部族を一つにまとめ、そう呼ぶ。東方大陸の端にあり、他の国々との交流も少なく、何かと謎の多い国なのだ。
前回の大掃討には、医術や薬草についての知識が深い、モルボルの民が代表に選ばれ参加した。モルボルの民は、現存する三百年前の記録から数えると、三回目の参加であった。
他にも遠き目をもつオルルエルア族や、駆ける風のドモッケル族など、さまざまなな部族の名が記録には残っている。
大掃討に参加する部族は、会議開催が決まってからしか分からず、また謎多き辺境の部族には、毎度密かに注目が集まるのだ。
「それにしてもユルフェルの民ねぇ。お前、覚えてるか?小さい頃、お前は戦乙女の絵本ばかり読んでいたの」
「……そうだったか?」
「ああ!俺がいくら取り上げようとしても、かじりついて離さなかったさ!」
「……おい、可愛い弟から、絵本を取り上げようとしたのか?」
「あははっ」
白々しく笑う兄をじろりと睨んだ後、全く呆れた、と目を閉じたウルフェインは、そのままユルフェルの民に思いを巡らせた。
ユルフェルの民、それは言い伝えや物語で広く知られている存在だ。
別名、戦乙女の一族とも言われる彼らは、深い森と絶壁の崖が連なる過酷な土地に住む、非常に好戦的な一族だという。
大陸では珍しい飛竜と心交わし、その飛竜に乗って空を飛び、戦う、極めて稀な一族である。
飛竜というのは、自然界の王者として君臨する、非常に獰猛な空駆ける狩人だ。主に東方大陸の山奥に棲み、警戒心が強く、滅多に人前に姿を表さないとされている。
全身を覆う頑丈な鱗に鋭い爪と牙、頭の角に至るまで全て漆黒に染まり、唯一瞳だけは輝く金の目をしている。翼を広げると十二メートルを超えるかという大きさだが、その巨体に反し素早い動きを得意としていて、馬の五倍の早さで飛ぶことがきるという。
そんな飛竜の長所を殺さぬよう、ユルフェルの民はより体の小さな女がその背に乗って戦うようになり、いつしか戦乙女と呼ばれるようになった。
戦乙女が登場する物語は、いつの時代も子供達に人気で、いつか自分も飛竜に乗って空を舞い、蟲と戦うのだと、みな一度は思ったことだろう。
「にしても、飛竜が実際にいるのは知っていたが、戦乙女はお伽噺とばかり思っていた。まさか本当にいたとはなぁ。」
「まだわからんぞ、普通に男が来るかも知れん」
「ぶっ!!お前!夢を壊すなよ!そんなんだからまた見合いを断られたんだろっ」
「ぐっ、うるさい!それとこれは関係ないだろ!相手も元々乗り気では無かったんだ。それを母上が無理矢理……」
性格は悪くない筈なのに、その凶悪な見た目のせいで、二十一歳王族、将来有望な高給取りという優良物件にも関わらず、今まで婚約者どころか恋人すら居たことがないウルフェイン。
本人もまったく恋愛事に興味が無いらしく、恋愛結婚推奨、愛と情熱の国ウルディルドでは奇人変人の堅物扱いをされている。
そしてそんな彼の事を、万年新婚の両親や恋人を持つ兄を始め、部下達は非常に心配していた。
「もう少し愛想よくしないと、恋人が出来てもすぐに捨てられるぞ」
またいらぬお節介を焼き始めた兄に、苦い顔になる。この手の話をしだすと長くなる上に、こちらの話を聞かなくなるのだ。
「だからっ、俺は女になど興味ないんだ!」
「はいはい、そう言ってるのも今のうちだぞ。好きな人が出来たら変わるさ」
「……」
「よし!今度の大陸会議でお前の嫁候補を見繕おう!他国から使者が来るから、いい機会だ!」
「……」
べらべらと好き勝手話す兄に、全く話にならないと諦めたウルフェインは、途中からこのストレスをどう部下にをぶつけるかを考え始めた。
「大陸全ての国から使者が来るんだ、お前の事を分かってくれる女性も、見つかるかもしれないぞ!」
――よし、今日の訓練は俺と総当戦にしよう。俺が膝をついたら終了でいいな。
「それに、ユルフェルの戦乙女!乙女と言うからには女性なんだろう!男だなんて認めんっ!その中にもいい人がいるかもしれん!」
――そうだ、演習場二百周も追加しよう。あいつら最近体力が落ちて来ている気がするからな。いい運動になるだろう。
「という事で!お前も歓迎会にでろよ。決まりだからな」
「……っなに!?」
ついうっかり聞き逃しそうになったが、今面倒な事を言われた気がする。慌てて兄の方に向き直る。
「だから、歓迎会に出るように!もう決まりだからなー。それじゃ」
爽やかな笑顔で去って行くアウルストに、しまったやられた、と頭を抱える。歓迎会なんてストレスの溜まりそうな催しに、今から気が滅入るウルフェインだった。