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紅の獣は銀竜を  作者: 銀タ
本編
1/42

仄暗い森の中で

 





 ドゥエダラン大陸を2つに裂くように、大陸の中心で逆三角形に広がる蟲の森。今その森は、全ての人間にとって宿敵とも言える蟲達が蠢き、頻りに鳴き声を響かせている。

 普段は余り活動しない蟲達が、落ち着きなく森の空気を震わせているのは、待ちに待った大殖期がやってきたからだ。


 大殖期、それは凡そ三十年に一度の周期で、蟲が異常に増える時期をそう呼んでいる。約数百年前までの大殖期とは、一方的に蟲に蹂躙され、ひたすら堪え忍ぶ日々の事だった。

 しかし、それを打開しようと人々が立ち上がり、締結されたのが、今に続く『大陸大掃討協定』である。この協定により、大陸全土の国は大殖期が近づくと一堂に会し、開かれた大陸会議での決議に従い、それぞれの国から兵を出し、蟲を一斉に討伐するのだ。


 ――人はこれを、大掃討と呼ぶ。


 この大掃討のお陰で、人々は蟲に怯える事のない日々を過ごし、被害も比較的小さなものだけで食い止められている。そしてなによりこの数百年、大陸にある国々は、ごく僅かの例外はあれど、大きな戦なく比較的平和な関係を築けているのだ。


 


 


 


 

「姉様!姉様!先程の長の話は本当ですか?」


 背後から聞こえてきた男の子の声に、足音を立てずに進んでいた少女は歩みを止め、金色の瞳を瞬かせながら振り返った。


 ここは東方大陸の最果て、辺境の奥にあるユルフェルの里だ。


 

「あぁ、長は阿呆だが嘘はつかん。この度の大掃討、協定を守るため、私達が参加することになった」


 興奮した様子の男児に対し、年齢にそぐわぬ落ち着きを見せる少女は、また足早に歩き始めた。男児は少し駆け足になりながらも、少女と同じ金の瞳を輝かせる。


「あの、姉様は参加なさるのですよね?私もトゥドゥラと共に戦いたいです」

「……トラン、お前はまだ十歳になったばかりだ。参加できるはずがないだろう」


 姉に正論を言われぐっとつまるが、それでもなんとか言葉を探し反論する。


「でも私はユルフェル一の戦士、最強の飛竜遣いであるウイネの弟です。蟲だって、倒した事があります!」

「……あのな、よく聞け。お前は男だ。我がユルフェルは戦乙女の一族だぞ?いくらお前が飛竜と心通わせようと、男は戦に出れん」


 ついに立ち止まってしまったウイネは、しぶとく食い下がってくるトランを困ったように見つめ、それにな、と弟の黒髪をかき混ぜた。


「お前が倒した蟲は、確か小型の蟲だったろう。大殖期の蟲は、中型以上の方が多いんだ」

「それは、小型より大きいのですか?」

「あぁ、勿論だ。小型は人の大人くらいの大きさだったろ?大型になってくると、あの家を軽く超える」


 すぐ近くの民家を指差すウイネに、目を見開き驚きの表情を見せる。


「そ、そんな大きい蟲をどうやって倒すんです!?」

「なに、慣れたら二、三人でやれる。ただ、この時期は気が立ってるからな……その倍はいるかもしれん」

「そんなの、危ないです!姉様が食べられちゃいます!」


 涙目で姉にすがり付く弟に、あぁその可能性もあるな、と軽く返す。

 実際、そうなる場合も少なくはないのだ。


 

 そもそも、蟲というのは、大陸の瘴気が集まり具現化した生き物の事だ。本物の虫ではなく、ただ虫に近い姿をしている事からそう呼ばれるようになった。生態についても余り解明されておらず、蟲の森に生息し、非常に凶暴で、雑食である事は解っている。


 ――つまり、人間は蟲にとって餌なのだ。


 大殖期で普段より気が立った蟲達は非常に厄介で、こちらが死亡する確率も高い。大殖期の蟲とは、非常に危険な生き物だった。


 


 ウイネの腰にしがみつき、行かないで、と言うように顔を埋めるトランに、優しく諭すように話しかける。


「だからこそ、この『大掃討』だろ?外の国にも強者は居るらしいからな。その者達と力を合わせれば、危険な事などないさ」

「でも、でもやっぱり、私も着いて行きます!」


 結局振り出しに戻ってしまった会話に、流石のウイネも呆れ顔だ。

 そんな姉をお構いなしに、トランはしがみつく腕に力を込めた。いつもはしっかりしている弟の、幼い所を久し振りに見た気がするウイネは、もう一度その小さな頭をかき混ぜた。


「実はな、今回は西方大陸まで飛ぶんだ。まだ長い距離をトゥドゥラに乗って飛べないお前が、着いてこれる筈がないだろう」

「っ西方大陸!?それって、あの蟲の森の向こうの事ですよね?」


 トランの言葉の通り、ドゥエダラン大陸は蟲の森を境に二つに別れており、森から西を西方大陸、東を東方大陸と呼ぶ。

 そして、東方大陸の最果てに住むウイネ達ユルフェルの民が、蟲の森を越えた先にある西方まで、わざわざ足を伸ばす事はまずない。


「いいか?無謀だと理解したなら、大人しく留守番しといてくれ」 

「……わかりました」


 ようやく諦めがついたのか、ぐしゃぐしゃになった髪を必死で整えながら、小さく頷く。実は、姉と同じ里では珍しい艶やかな黒髪は、トランの自慢の一つなのだ。ちなみに、姉とお揃いの金色の瞳もそうなのだが……。


「さて、会議への出立は一週間後。私は大至急アウエル様に指示を仰ぎに行かねばならん」


 まったく慌ただしい、と呟き、少しうんざりした様子を見せるウイネに、周りでこっそり聞き耳を立てていた人々も声を上げた。


「そうだぞ、トラン!お前の姉上は、あの阿呆な長のせいで忙しいんだ、助けてやれ!」

「まったくだ、あのすっとぼけた長め!ウイネ嬢ちゃん、おめぇさんは戦乙女の筆頭補佐だもんなぁ。やる事がいっぱいだろう」

「トラン、お前さんも姉さんの手伝いをするんだよ!」


 姉と同じく忙しそうに動き回る大人達に諭され、トランも大きく頷く。そんな賢い弟の手を取り、先程よりゆっくりとした歩調で一緒に歩き始める。


「皆、長のせいで忙しいのだ。お前も皆を手伝えるな?」

「はい!……あっそういえば姉様、私は姉様が居ない間、一人で留守番ですか?」

「あぁ、その事か。それなら安心しろ。私が居ない間、長と共同生活だ」


 それは安心できません、と呟く弟に、思わず苦笑いがこぼれる。頭を抱える弟を、もう一度ぐしゃぐしゃと撫で、ウイネは遥か西方、一週間後に旅立つ事になるであろう方角を見て、目を細めた。







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