Those that can not be present -2-
掴みかかろうとする化物の腕に、白く光る何かが入り込む。
「……––––––⁉︎」
いともたやすく貫通。
刀だった。男児の眼前で何者かが刀を右手に持ち、視界の右端からとてつもない速度で切り掛かった。化物に背を向け、体を仰け反らせながら。
その状態から未だに空中に浮いている両足のうち右脚で軽く地面を踏み込み、僅かに跳躍。
化物は依然、二人を捕食しにかかろうという体勢。右腕を切断されたことも未だ認識できていないのかもしれない。
––––––今にも強烈な回し蹴りをその身に浴びようとしていることさえ。
上半身を左方向へ捻り、その者の体は完全に宙に浮く。
「がら空きだっ‼︎」
遅れて放たれた強烈な右脚を化物の頭部に炸裂させる。
予想外の力に化物の体は大きく反り返り、近くにあった木々をなぎ倒していく。幹は原型を留めず、クリーム色の内部が露わになる。上方の草葉は地面に落ち、小鳥が数匹鳴き声をあげながら飛び立っていく。
二十メートルほど蹴り飛ばされた化物は、何度も転がる内大木に衝突し、その動きを止めた。
固体の混じったドロドロの体液が切断面から勢いよく飛散し、横たわる地面の草葉を更に染める。
「こちら六六班第八部隊、一三四二六、葉宜康介。行方不明と思われる子ども二名を保護しました」
依然、子ども二人に背を向けたまま、刀を右手に持つ男––––––葉宜は、ブレザーの内ポケットから端末を取り出し、そう告げた。
「––––––了解しました」
返答を待った後、葉宜は二人の子どもに向き直り、
「ごめん。ちょっと肩見せてもらってもいいかな」
未だに震えの収まらない男児の肩に軽く手を置いた。頷く代わりに、男児は自分の左腕の長袖を捲った。左肩に英数字が刻印されている。葉宜は隣の女児も同様に確認し、
「えー。Z二九四四三。それから……、Z二九四〇一です。ええ、––––––了解しました。二人をシェルターまで連れて行った後、フォーメーションに復帰––––––」
右上半身に過度な圧迫がかかる。
「…がっ…––––––」
葉宜の右肩に、先程まで地に伏していたはずの化物の拳が炸裂。真横からの力を他方向に分散させることが出来ず、地に三度体を打ち付ける。
〈––––––あー久しぶりに効いたぜ〉
「…⁉︎」
大木に背中を預ける葉宜。額の出血が顎まで流れ地面に滴る。驚きを隠せなかったのは、敵の予想以上の回復力でも、不意打ちに対応出来なかった己自身に対するものでもない。
「堕人が…––––––言葉を……⁉︎」
◆◇◆◇◆◇◆
出血が酷い。急所は無事なのが幸いだが、未だに脳がグラつく状態に、葉宜は一抹の不安を感じた。
堕人とはいえ、たったの拳一発。その程度で易々と飛ばされ、立ちあがることさえ困難になるとは思いもしなかった。
今、追い打ちをかけられるものなら間違いなく自分の体はただの肉の塊となるだろうと、葉宜は確信した。
葉宜の予想を裏切ったのは、拳の重みというより、速さだった。堕人の動きを視認することが出来たのなら、ただ刀を動かさずとも胴体を真っ二つにすることは訳無い。
外見は典型的なパワータイプ。ヴェフパークの動体視力に勝るほどの、そしてアナライズシステムをも凌駕するほどの身軽さを兼ね備えているとはとても想像し難い。
そしてもう一つ。
「くっ……。…なん…で、喋ってるんだ」
掠れ声を出すのがやっとだった。だがその激痛を半ば忘れるほどの衝撃に、口に出さずにはいられなかった。
両脚は動く。左腕も、だが右腕は全く機能していなかった。刀は既に手中には無く、堕人との間の地面に突き刺さっていた。
「ちくしょ…。やっぱりさっきのが効いてる…」
新冨の加減のない体当たりをもろに受け、かと思えば勝手に空中に投げ飛ばされた。毎度のことではあるが、戦闘行動中に仕掛けられたのは初めてだった。
〈あ?よく聞こえねぇな。ちょっとそっち行くから待ってろ〉
聞き違いでは無かった。また、適当に奇声を発しているとも思えない。間違いなく普段からよく耳にする人間の言葉だ。
堕人は蹴りの入った左側頭部を軽く手でさすりながら、ゆっくりと葉宜の元へ歩み寄ろうとする。
「なんで喋ってるんだ…。人間の真似ごとのつもりか…?」
〈俺が言葉を話すのが、そんなに可笑しいか。見下げられたもんだな〉
片言などでは無く流暢な言葉遣い。葉宜は堕人を目の前にして、初めて人間と対峙しているかのような感覚に見舞われた。まるで、人間だった頃の記憶を保持したまま化物と化したかのような––––––
「…まさかお前…、インテンションって奴か…⁉︎」
〈さっきから何言ってんのかさっぱりだが––––––〉
堕人は突き刺さった葉宜の刀の柄を握り、
〈おめェはここで終わりだ〉
軽く引き抜き、投擲の体勢をして見せた。鋒を葉宜の心臓に重ね合わせる。
「––––––おい…、ばけもの––––––」
弱々しく呟いたのは、葉宜の口ではない。
〈……あ…?〉
男児が尻餅をついたままの女児を庇いながら立ち上がり、巨体の堕人を睨みつけていた。
「……馬鹿…‼︎」
葉宜は苦悶の表情を浮かべた。二人に意識を向けられては最期、この武器を持たず満足に動くこともできない状況では––––––。
〈いーい根性だ、––––––餓鬼〉
「やめろ‼︎」
力の限り声を上げた。だがそれを合図にするかのように堕人は地面を蹴り、大きな口を開かせた。