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霊風  作者: Maki
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Those that can not be present -1-

「良さんは」

鼓膜に轟音が響く中、士峰は右耳のインカムに手を当てながら自分の声をマイクに通す。建造物がものすごい速さで後ろに流れていく。


「分かりません。そばにはいません」

葉宜は上下左右に視界を移していく。が、人一人確認できない。白く塗装された高層の建物。遠く見える地上の光は空に広がる星々を映しているかのよう。雲一つなく、空気が透き通っているのがよく分かる。


「しゃーねーな…!––––––急ぐぞ葉宜!俺らだけで目標を––––––」

だが前屈みになり空中を駆ける葉宜の体が不自然にぐにゃりと曲がり、一瞬士峰の視界から消え去る。


「⁉︎」


反射的にホルダーの二丁の拳銃に手を伸ばし、

「誰だ!」


高度を下げていく葉宜の体。背中に取り付く正体不明の何かも視認できるが、目にも留まらぬ速さの上、こうも視界が悪いとなると敵味方の判断もつきにくい。闇雲に引き金を引こうにも、銃弾が葉宜に直撃するとも限らないが。だが、士峰はそこまで考えた後、

「悪ぃな」


一発ずつの合計二発を葉宜の体を掴む何かに向かって撃ち込んだ。


銃弾は確かに目標の目の前まで接近した。だが士峰が次に気がついた時には、お互いの間に位置していた銃弾がいつの間にか目標の後方に過ぎ去っていた。そして、あっという間に葉宜の体を抱えた何かに士峰の体も奪われた。




「三番地よ」


耳元で声がする。

胴体部への強烈な圧迫が、二人の体の自由を奪っていた。


「がっ…––––––」

急激な九十度方向転換と風圧。

予期せぬ体への負担に、態勢を立て直すことが出来ない。


「ほら、もう自分の足で走って」

右腕に抱えた葉宜を半ば乱暴に前方に投げ出す。体を仰け反らせながら葉宜はどうにか空中に足場を作る。


「––––––あんたも。少し腕を上げたわね」

右肩に気を失いかけた士峰を乗せながら、新冨良は小さく呟いた。

「頼もしくなってくれたじゃない」

そう言いつつも、右手を士峰の腰に回し葉宜同様前方に押し出した。


脇腹を右手で押さえ、なんとか空中歩行に神経を集中させる。

「何のつもりだ…、良さん」

顔を歪ませながらも必死に声を絞り出し、後ろを行く新冨を睨み付ける。


「模擬戦闘よ」

無表情のまま。ろくに目も合わせないまま。どこか遠くを見つめるようにして新冨は答えた。


「模擬戦闘…?実戦中にか?」

眉間にしわを寄せ、士峰の胸の内は懐疑的な感情で溢れかえる。

「––––––…はっ。またかよ。たまにそうやっておかしくなるの止めてくんねぇかな」

士峰の額には粒状の汗が滲み出ていた。それらはこめかみを通り後方の空中へと流されていく。拳銃を握る両手にも意図せず力が入る。季節柄の寒さと内から湧き出る緊張感による熱量が、温度感覚を鈍らせている。

「––––––そうだ…。そういや…また相部屋の奴を殺しそうになったんだろ。本当ならとっくに隔離棟行きだぜ…」


新冨は無表情を崩さない。内面も外面もすでに凍り付いてしまっているのだろうかと、士峰は疑心と恐怖感に苛まれる。


「まだ追いかけてんですか」


その一言に、僅かだが新冨は目を大きく見開く。前傾姿勢から無理やり両足を前に出し、しゃがみこむ形でその場に立ち止まる。

「何のこと」

そう小さく呟き、だが腹の底から発せられた声は強風が吹き荒れる中でも確実に士峰の鼓膜まで響いた。

新冨を見上げる位置で、同様に直立。


「父親を」


無気力を主張せんばかりの細めた目に対し、士峰は力強い瞳で新冨を見上げる。月明かりを背後に立ち、刹那羽織る黒コートが風に煽られ大きな翼か何かを士峰に想像させた。

互いの目を見つめる中、最初に視線を横にずらしたのは新冨だった。


「身内を心配するのは––––––当然のことよ」

「分かってんですか!」

突然怒鳴り声を上げる士峰。呼吸は荒く、両手を震わせる。

「奴は––––––」


《こちら司令室。六十六班第八部隊、応答してください》

突然別の声がインカムを通る。すかさず新冨がインカムに手を当て、

「こちら六十六班第八部隊〇四〇四七」


《了解〇四〇四七。現在地は》

苦味を潰したように舌打ちをする士峰。

対して新冨は先程の会話を忘れたかのように、淡々と真下に目線をずらす。

「三番地森林区域。一般居住区域には間も無く––––––」

《孤児院より緊急回線で通達。子ども二名が行方不明。至急急行し半径五百メートル圏内を集中捜索》







◆◇◆◇◆◇◆








「こっちだ!来い!」


怒声が響く森の中。植物独特の匂いが鼻を強くつく。深海を駆けていると錯覚するほどの深い深い群青色が見渡す限りの空間に満ちている。


「早く!奴らに食われる…!」

二人。

たった二人が、どこまでも続くかと思わせるほどの広大な森を駆ける。先導する男児が、女児の右手を強く引く。男児は時折女児の後方を確認。その怯えた目と息の切らし様からも、明らかに何かから逃げている。


「––––––おい、大丈夫か…⁉︎」

女児の状態を確認すると、目は完全に生気を失っていた。ずっと自分の足元に目線を下ろし、顔は青ざめ、呼吸も十分にできている様子ではない。


「しっかりしろ!」

男児は必死に女児を鼓舞する。しかし辛うじて動かしている足も、過度な疲労と恐怖からか、満足に体の前に出すことができない。

「走れ!…じゃなきゃ––––––」


頭上の分厚い草木が不自然な音を発したのを聞き、男児は体の動きを止め、押し黙る。


一瞬にして、沈黙がこの場を支配した。男児は女児を胸の中に抱きしめ身を小さくかがんだまま、音のした頭上に神経を集中させる。が、

「…くっ…––––––」

指先一つ、動かすことができない。まるで自分の手足の神経が肩と骨盤あたりから途切れているかのような感覚に襲われる。女児を抱くこの腕は自分の腕ではなく、地面を踏む感覚はあるこの足でさえも支配権を有さない足であるかのような。

思考などままならない。感情は言うまでもなく。


「…ぁぁ…ぁあああぁあ!!」

耳をつんざくかと思うほどの悲鳴。声の主は胸の中でうずくまる女児だった。

男児の体は意図せず横回転。どう地面を蹴ったのかも、どう地面を蹴れば助走無しに空中回転し真横に五メートルの位置に着地できるのかも、この時男児本人には知り得なかっただろうし、無論、驚き考える余裕も時間も無かった。


至近距離には、見たことのない大きな物体。今まで二人がうずくまっていた地面に大きなヒビを入れ、そこに立っている。

狼のような口からは、白く濁った吐息と凝固しきったよだれ。二つの目の位置は獣のように横にずれている。体毛はほとんど見られないが、胴体、腕、足の筋肉はその外見からも異常だと分かる。殴られでもすればただでは済まないだろう。砂漠の色をした全身を露わにし、何も身に纏ってはいない。


間違いなく––––––死んでいた。

今避けたのは奇跡。

二度目はない。


目の前の化物がそう言わんばかりに、鋭い眼光を二人に向かって光らせた。


迫る巨体。

強靭なバネを有する両足で地面を強く蹴り、土埃が舞い上がる。

飢えた肉食獣の如く。鋭い牙が大きく開かれる。

獲物は蛇に睨まれた蛙。


「ああぁぁあぁあ‼︎」

恐怖を通り越し、迫り来る死に対し二人にできることは叫ぶことだけだった。


動くことなど、できなかった。





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