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霊風  作者: Maki
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天門霊送機関戦闘課第66班第8部隊 -2-

 小さな会議室のドアを開けると、目に入ったのは二人の女性だった。一人は自分と同じく車椅子に腰掛ける女性。長い黒髪に翠色の瞳、白のブラウスと朱色のロングスカートが清楚な雰囲気を醸し出している。

 その左に目を遣ると、黒スーツの女性が手を前に交差させて立っていた。一見穏やかな表情を見せる車椅子の女性とは逆に、鋭くさせた目つきでこちらを見ている。お付きの人なのだろうか、まだよくわからなかった。


「理事長、義足はどうですか」

 突然後ろの唐司が笑顔で声を発した。

「だいぶマシになったわ。ごめんなさいね、わがまま言って」

「とんでもありません。またご用命があれば、いつでも」

 和やかに談笑する二人。どうやら知り合いの様だった。少し緊張の糸がほぐれたところで、車椅子の女性はこちらに目を合わせた。

「こうして顔を合わせて話をするのは初めてね。––––––初めまして、天門学園理事長、彌永美春いよながみはると申します。出来ればゆっくりお話ししたいところなんだけど、そうも行きません。お聞きしたいことが幾つかあります。まず一つ––––––」


 ならば何もこの状況下でこうして顔を合わせずとも良かったのでは無いかと思ったが、一先ず彌永の言葉に耳を傾けることにした。彌永は数枚のA4用紙を取り出す。

「記録によれば、コード14227––––––つまり貴方のことですが、4年前、実家が堕人の強襲を受け気を失っているところをヴェフパークに保護されたとあります」

「えぇ…。確かにそう聞きました」

「聞いたとは?いつ、誰から?」

 隣に立っていたスーツの女性が間髪入れずに聞いてくる。車椅子の女性といい、この二人からは何か圧迫感の様なものが感じられる。


「え…、…アメリカの諜報員の方ですが…」

 天門霊送機関は此処日本だけで無く、海外にも幾つか拠点がある。日本は世界的には支部だ。その時の彼は天門霊送機関の本部からやってきたと言っていた記憶がある。

 事実を言ったまでなのだが、目の前の二人はお互いの顔を見合わせた。


「諜報課?本当にそう言ったの?名前は?」

 名刺は渡された。だがその頃の自分は状況の整理に手一杯で、とても人一人の名前と顔さえ記憶できる余裕は無かった。首を横に振るが、二人は意外に落胆の色は見せなかった。

「分かったわ…。––––––もう一つ、昨日のことだけれど、貴方の行動記録には誓の丘へ行ったとあります。それは何故?」


 先程からどうも質問が不自然な様な気がする。気のせいだろうか。

「何故って…。それは––––––」

 晩崎鮮陽と出逢ったあの丘。あそこへ行く理由はと言えば、大きな爆発が教室から見えたからだ。だがありもしなかったことを此処で述べたとしても、信じられるとは到底思えない。

「…特に理由は」

「その後堕人と遭遇したのよね?同伴の彼女は無事だったけれど、貴方自身は重傷を負った。駆けつけたヴェフパークが証言しています」


 その辺りのことは鮮明に覚えている。あれは死んでもおかしく無い状況だった。スーツ姿女性の言うヴェフパークというのは、おそらくそこに駆けつけてくれた女性のことだろう。そして、二人が何を言いたいのか当初の予想から外れることは無かった。

「普通ならば、そうして座って話をすることさえ不可能です。––––––ですね、唐司」


「ええ。普通ならば、こうして動ける様になるまで一ヶ月はかかる怪我だった筈です」

 普通ならば、という両者の言葉の使い方に違和感を覚える。まるで自分が普通では無いと言われている様な。

「つまり––––––何が言いたいんです?」

 声を強くする。

「そもそもこれは、今この場で、この状況下で、話さなければいけないことなんですか」

 今、天門霊送機関は非常事態宣言を発令している。住民は心身共に疲れ切った状態で瓦礫の撤去作業に取り組み、ヴェフパークと呼ばれる戦闘員は次なる襲撃に備えるべく傷の完治もままならないまま作戦立案の真っ最中だという。にも関わらず、ここに居る自分達は何をしているのか。自分に出来ることなどそう多くは無いが、誰かの助けになることはできる筈だ。

「––––––そうよ」


 だが、彌永の口から発せられたのは耳を疑う言葉だった。

「それどころか、今この場で話しておくべき事項です。…もはや連中の動きも頭に入れて、これからは行動していかなくてはなりません」

「…連中––––––って、今回の襲撃犯のことですか?」

 だが彌永は首を縦に振らなかった。

「それは言えません」

「言えない…?…何故」

「奴らは、天門霊送機関の中でもかなり権力を有している派閥です。情報漏れは出来る限り抑えたい」

「じゃあ何故このことを俺に––––––」

「“そういう烏合の衆”もこの天門霊送機関には存在しているということを貴方に知っておいてほしいからです」

「…詳しく教えて貰えば、何か思い出すことも––––––」

「拷問を受けた際、貴方が漏らす可能性もある。そのことも考慮して、このラインがギリギリなんです」


 あっさり言われたひとことに、ことの重大さの一片を垣間見た気がした。拷問とは––––––。この自分が受ける、という文脈で言葉にしているのだろうか。


「…俺は––––––命を狙われているんですか…?」

 出来るなら笑い飛ばして欲しかった。何を言っているんだ、そんな大袈裟な話をしているのでは無い、と。だがそこにいる自分以外の誰もが、神妙な面持ちを崩さなかった。


「連中は、貴方に執拗に接触を図ろうとして来ています。理由もその目的も私達には分かりません。––––––ですが」

 スーツの女性は車椅子のグリップに手をかける。

「気を付けなさい。連中は闇に通じている可能性がある。貴方が連中の手に渡れば、とてもよく無いことが起きるかもしれない。––––––この世界にとっても。貴方にとっても」

 ここで、ではどうしたらいいのか、と愚直に聞き返しそうになったが、それは止めた。学園で口うるさく言われている教育方針の一つ、“自分で考えろ”だ。


「…まさかとは思いますが、ヴェフパークになれ…と?」

 ここでも馬鹿にして笑って欲しかった。いや、一端の口を利くなと罵って欲しかった。ヴェフパーク––––––対堕人戦闘員とは、普通の一般市民がなりたくてなれるようなものでは無い。一部の才能に秀でた者が長い時間を訓練に費やし、ようやく辿り着ける人智を超えた地位だ。––––––だが、これまでの話から導き出される結論は、それしか無かった。


「そうよ」

 そして、対する彌永はとても冗談で言ったようには見えない。顔は真剣そのものだ。

「貴方にはそれしか残されていないわ。…いいえ、そうなるべきだったのよ」


「い…いやいや、なれって言われて––––––、…無理ですよそんな」

「ひかり」

 彌永がそう口にした途端、彌永の真後ろに立っていたスーツの女性がこちらとの距離を瞬きの間に詰め、顔めがけて右足を繰り出してきた。

 反射的に首を横に倒し、その間に右手を滑り込ませる。目にも留まらぬ蹴りを奇跡的に防いだことに、後方に控える唐司は言うまでもなく、自分は勿論のこと仕掛けた女性本人も驚きの様子を隠せずにいた。


「ひかりの蹴りを防いでおいて、無理、なんて言葉は使わせないわよ」


 こんなことを言うのも変だが、自分でもそう思う。回避出来ない、いや、出来るかどうかを判断する余裕も無かった。一連の動きは自分の意思ではなく、殆ど身体が勝手に動いたという方が正しいだろう。気付けばその体勢になっていた。


「その動き、常人には不可能よ。努力というのなら、貴方はそれ相応の時間を費やしたのかしら?」

「……持って生まれたもの…だと…?」

 そう言うと、彌永は僅かに微笑んだ。


「貴方はヴェフパークになる素質がある。––––––来なさい、見せたいものがあるの」











 ◆◇◆◇◆◇◆










 

 真那ひかりという黒スーツの女性が彌永美春の座る車椅子を押していくその後に、自分は続いた。引き続き、唐司に車椅子を押してもらう。

「適正者検診、する必要無くなったね」

 後ろの唐司がボソッと呟く。怒っているのかと思いきや、その表情はどこか優しげというか、切なげだった。

「ごめんなさい…。散々連絡を無視して…」

「あ、いやっ…、違うの。そんな意味で言ったんじゃなくて…。––––––でも、彌永さんがああ言ってるんだもの。君に素質があるのは、間違い無いと思うよ」


 だが、そのことについてはどうなのだろう。さっきの蹴り––––––確かに常人の技術では無い気がしたが、あれを防いだからといって、イコール堕人と闘えるとなるとは思えない。それに、次同じ蹴りを受けたとしても同じように防げる自信は無い。同じことが何回も出来ないようであれば、それは出来ないことと同義だ。


 車椅子が止まり、目の前には何の変哲も無い扉があった。しばらくすると扉は開き、慣れたように真那は車椅子を押し中へ入っていく。自分も唐司に押されながら、扉の上に書かれた文字を見つめる。そこには「第8」と書かれていた。



 かなり大広間だった。一面に敷かれた紅い絨毯。入ってすぐ左には、この時期には恋しい大きな暖炉がパチパチと静かに音を立てて部屋を暖めている。暖炉前に配置された真っ白なソファは見るからに高級そうだ。既に見知らぬ二、三人が独占していた。木製の机はどれもレトロな造りがしてあり、暖炉とは反対方向に目を遣ると部屋はまだ奥に続いていた。面積はざっと見ておよそ200平方メートル。その他にも何人かの人間がいた。


「来たか」

 最奥に深く腰掛けていた蒼髪の女性がおもむろに立ち上がった。女性にしてはかなり長身だ。自分の背の高さを優に超えている。

「ごめんなさい。こんな時に」

 彌永が申し訳なさそうに、蒼髪の女性と対面する。


「––––––まったくだ。他の隊の奴等は寝てるってのによ」

 だが彌永の陳謝に真っ先に反応したのはソファに腰掛けたうちの一人だった。何よりもその金に染めた髪が、上下を黒に染めた衣服と相まって目立つ。必要以上にその手をソファの後ろにまで持っていき、右足を左膝の上に乗せている。

「執印。無礼が過ぎるぞ」

 その態度が癇に障ったのか、蒼髪の女性の後ろに控えていた大男が口を挟む。こちらは女性よりも更に背丈、というよりガタイがかなり大きい。浅黒い肌が印象的だ。短い茶髪をオールバックに整え、元々そういうデザインなのか、黒いズボンの裾がギザギザな形をしている。裾合わせが面倒臭かったのだろうか。

 執印と呼ばれた男は肩をすくめ、黙りこくった。想像でしか無いが、この二人の間にはこういうやり取りが日常の様に行われている様な気がした。


「––––––で、そちらの彼が」

 こういったことに慣れているのか、蒼髪の女性は何事もなかったかの様にこちらに目を向けた。


「––––––…ん?…本当か…?」

 誰と話しているのだろうか。蒼髪の女性は自分の肩に目を遣る様にして何か小さく言葉を発しているが、そこには勿論誰もいなかった。しばらくこちらに目を向けたまま、何かを思案している様に見える。


 彌永が先程のA4用紙を差し出し、それに気付いた女性が手に取る。


 その間にもう一度周りを見渡し、見知った顔が無いがよく確認しようとしたが、そこにいる六、七名が全員こちらに目を向けていた。まあ当然といえば当然かもしれない。恐らく此処は隊の控え室か何かなのだろう。普段はヴェフパークしか出入りしない様な場所に、突然車椅子に乗った一般市民が来たとなれば奇異の眼差しを向けられても不思議では無い。

 

「何故うちの隊なんだ」

 唐突に女性が口を開いた。今度は独り言の様な言い方では無く、彌永の顔を見て。

「貴方が居るからです。眞堂桐依まどうきりえ

 至極簡潔した答えだった。だが対して眞堂と呼ばれた女性は、

「第8は今フルで活動している。奇跡的にな。だが他は違う。新人を入れたい班はうち以外に沢山ある」

 堕人とまともに闘える人間、つまりヴェフパークだが、14年前に起こった戦争で人員全体の約6割の損失が記録されている。そして今回の襲撃だ。更にその人員を削ったに違い無い。市民に加え、そう少なく無い戦闘員が命を落としたと聞いている。いくら14年経ったとはいえ、一人前のヴェフパークが育つのには相応の時間と労力がかかる。

 だが今はそんなことより、眞堂の言葉に耳を疑った。間違いでなければ、彌永はどうやら自分をこの女性の隊に入隊させようとしている様に聞こえた。

「フルだと?馬鹿を抜かすな。紅村こうむらは現在欠員扱いだと聞いているぞ」

「紅村?」

 それまで静寂を保っていた真那が口を開き、それに対し彌永が聞き返す。


 天門霊送機関のヴェフパークが所属する班は全部で100。その1班の中に10の部隊が存在しており、1部隊の構成員は基本10人とされている。つまり1班は100人、全てを合わせれば1万にも上る大規模集団ということになる。だが、それはあくまでこの天門霊送機関が磐石の体制を保っていた時の話であり、現在もその班数と隊数に変わりは無いが、その人数は数千人程度と人員不足が懸念されている状態になっている。

 彌永、真那、唐司、そして自分を除けば、今この部屋にいるヴェフパークは全部で6人だった。––––––6人。眞堂は先程隊員は10人揃っているような言い方をしていた。


「えぇ。1人欠員が出ていた筈です。––––––そうだな、眞堂」

 詳しい事情は分かりかねるが、恐らく本来この場にいるべきヴェフパークの数は9人ということになるのだろうが、そのうち何人かの姿が見当たらない。が、その疑問はすぐに晴れた。

「だから何だ。除名した覚えは無い」

 一瞬で空気が重くなった気がした。

 初見で思ったことだが、2人とも目つきが鋭い。というか悪い。もしかすると、内面も手に負えない性格をしているのだろうか。

 


 そんな中、隣の唐司がゆっくりと手を挙げた。

「あの…士峰稑炉が見当たらないのですが…」

「床に伏せってるよ。あの馬鹿は」

 すかさず吐き捨てる様に答えたのは、またしても執印と呼ばれた男だった。人の好き嫌いの判断は第一印象で凡そ決まると聞いたことがあるが、そのことを今身をもって実感した。こういう、人をいちいち小馬鹿にする様な態度を取る輩は自分は嫌いだ。


「しかもあいつだけじゃねぇ。他に2人も負傷しやがったんだ、ったく––––––」

 再びガタイのいい男が戒めに入るが、それに対し執印は右手を軽く上げ「分かった分かった」と呟くだけだった。

 つまり、今ここに居ないのは今回の襲撃で負傷した隊員ということだった。欠員の1人と既にいる6人を合わせれば丁度10名になる。


「お知り合いの方がいらっしゃるんですか?」

 傷付いたのでは無いかと心配したが、すぐにそれは浅はかなことだったと痛感した。唐突は何事もなかったかの様に顔色一つ変えず、にこやかに「ええ」と答えた。

「学園の頃からの知り合いなの。今日久し振りに会えるかと思ったんだけどね。––––––後で様子見に行かなきゃ」

 そこで思い出す。

 彼女は堕人と遭遇し命の危機に瀕したにも関わらず、それを言い訳にせず他の同僚に交じり自分の本来の責務を全うする様な強い人間だった。柔らかそうな物腰とは想像もつかないような意志の強さが垣間見えた気がした。

 

「その––––––紅村という人は、今何をしているのかしら」

 再び彌永が切り出したが、答えを求められた眞堂は溜息を大きくつき、そしてこちらを一瞬睨み付けた。

 そしてその時何故か、眞堂の対応は180度変わった。

「––––––いや…。…そうだな、それも悪くは無い…か」

 眞堂は先程と同じ様に、自分の左肩を見る様にして呟いて見せた。この動作はわざとなのか、それとも癖なのか。


「––––––来い少年。二、三質問がある。––––––仲霧、後は頼む」

 そう言って、眞堂はそそくさと部屋を後にした。

 

 


 



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