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霊風  作者: Maki
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Awakening -2-

「走って‼︎」

更にスピードを上げる唐司。その顔は蒼白だった。それはこちらも同じだろうが。


後方では堕人の唸り声なのか叫び声なのか、聞いたことも無い奇声が鳴り響く。––––––まるで獣そのものだと思った。いや、如何に人間を除いた食物連鎖の頂点に立つ動物達でさえ、この様な街中で人間を圧倒する光景など想像が付かなかった。だが、今まさに目の前で、人間とはまた別の生き物が銃も刀も持った人間を圧倒している。


天流橋で遭遇した堕人を思い出す。が、目の前の堕人とは何かが決定的に違っていた。

堕人は顔こちらに向け、地面を蹴り、物凄いスピードで迫ってきた。


「やばいやばいやばい!」

この時初めて死の恐怖を目の当たりにした。この目の前の状況以外何も考えられなくなる。が、思考が空回りして余計に焦りが増すばかりだ。当然足に力が入るが、力むばかりで効率よく地面を蹴ることが出来ない。そのことを自覚してはいるが、体勢を整え直す余裕も時間も皆無だった。

あのままシェルターに真っ直ぐ向かっていれば、今頃は確実に死んでいただろう。あの男性を手助け出来たかもしれないが、それも恐らくは叶わなかっただろう。


「バイクは何処に!」

「こっちよ!」

唐司は叫び、研究棟と管理棟の境目で左折し路地裏に入った。すると研究棟の裏口と思われる小さな扉の前に中型の赤いバイクが傾けられてあった。

唐司はバイクに跨り、黒いフルフェイスのヘルメットを被る。自分もその後ろの座席に腰掛ける。

先程までの堕人との距離はおよそ四十メートル。もう五、六秒は持つかと思ったが、後ろを振り返ると同時に堕人が姿を現した。その距離はおよそ五メートル––––––。


「捕まって‼︎」

振り落とされまいと躊躇無く彼女の腰に腕を回す。前輪が浮くほどの急発進。唐司はペダルやレバーを何度か操作し、更にスピードを上げていく。

すぐ背後に堕人の気配を感じた。荒い呼吸音が耳元に届く。

暫くすると視界は開け、唐司は右折。六番地と隣接する天門霊送機関の裏側に出る。


こちら側はあまり被害が拡大していない様だった。右の高くそびえる管理棟、左の一戸建ての住宅街に挟まれながら、公道をひた走る。だが予想以上に人の気配が無かった。

「誰も居ませんが!」

エンジン音に負けない様声を張る。

「殆どの住民はシェルターに隠れてるわ!」

「この方向だと、僕らは十六番シェルターに向かうんですか⁉︎」

「隣の十七番でもいい!あいつを引き離してからバイクを停めて、その隙に入る!––––––くそっ…マズイ!」


とすれば、問題は後方の堕人との距離だった。今でもかなりのスピードだ。だが確認しようと右に首を回し後ろを振り向いたその時、視界の真ん中に大きな黒ずんだ掌があった。それはバイクごと自分の身体に直撃し、軽く三十メートルは吹っ飛ばされた。


「が……はっ…––––––」


突然のことだった。何が起きたのかも理解出来ないまま、ブロック塀に背中を叩きつけ、それを貫通し、民家の窓ガラスを突き破った。




背中に激痛が走る。

吐血を何度かし、だが必死にその足を奮い立たせようとする。恐らく脳震盪だろうか、その影響かは分からないが、平衡感覚を失ったままよろける。不思議なことに何度か立ち上がることができ、すぐに辺りを見渡す。


どうやらリビングのようだった。木製の床、額縁、時計、ホワイトボード、テレビ、そして机と椅子に目が留まり––––––


「え…」

信じがたいことに、人が四人机の下にうずくまっていた。

恐らく家族だろう。男女の小さい兄妹を護るように二人の夫婦が身を潜めあっていた。


「何––––––やってんですか…」

こちらの問いかけに、男性目を虚ろにしたまま、他三人は目を瞑ったまま答えようとしない。

「早くシェルターへ––––––」

地響きが鳴り、この家の敷地に堕人が侵入してきた様だった。

唐司のことは心配だったが、此処からではその姿を確認することが出来ない。それに真っ先にこちらへ向かってきたということは、唐司には手を掛けていないということだろう。バイクが横転したとはいえ、打ち所が悪くなければ大きな傷は負っていない筈だ。


天井で大きな物音がした。連続して等間隔に鳴る様子から、どこか打ち破れる場所はないか探している様子だった。


「早く逃げて!此処にいても時間の––––––」

そこまで言い掛け、思い直す。そして、その父親の目は此方を物凄い形相で睨みつけていた。何を言いたいのかは分かる。––––––堕人の狙いは俺自身。この家族では無い。


恐らくこの家族はこのまま家に篭っていても、何の被害も被らなければ、命の危険だって無かっただろう。不可抗力とは言え、今自分がここに居ること自体が、直接この家族を危険に晒していることの原因になっていた。


「くそっ…」

出て行くべきは此方の方だった。だが、今外に出た所で自分の命の危険には変わり無かった。唐司が気を失ったままならば尚更だ。自分はバイクなど運転出来ない。出来たとしても、気を失っている唐司を置いて行くなど論外だ。

ここに居れば少しの時間は稼げる。だが同時に、無関係のこの家族を危険に晒すことになる。


「何やってんだ––––––」

そう呟いたのは父親らしき男だった。

「お前ヴェフパークだろ。あれで死なないんだ。堕人と闘えるんだろ。突っ立ってないで早く行けよ。俺たちを危険に晒すな!ヴェフパークは堕人と闘うために居るんだろ⁉︎なら早く闘えよ‼︎」


完全に目が泳ぎ、その身体は震えていた。


「ちっ…違う…。俺は…そんなんじゃ…」

「うるさいっ!––––––さっき見たぞ…。あれだけ壁を破って…!普通なら死んでるのに!あんたヴェフパークなんだろ!」


何を言っているのか、まるで分からなかった。だが確かに、吹き飛ばされた自分はブロック塀を突き破ったにもかかわらず、こうして普通に立てている。自分でも信じられなかった。


「助けろ…!市民を助けるのがお前らの仕事だろうがァ‼︎」

父親は叫ぶ。

だが天井から再び大きな物音がしたかと思うと、体を縮こまらせ下を向いて震えだした。


とにかく、このままでは死ぬだけだ。いつまでも籠城戦を続けても、この堕人は逃がしてくれそうにも無い。ヴェフパークの援護を待つというのもアリだが、必ず駆け付けるという保障は無い。何よりも外にいる唐司が心配だ。出来るだけ早く合流し、シェルターへ向かわなければならない。


ならば今出来ることをするだけ。歯を食いしばり、深呼吸。この際だ、室内を物色しても大きな問題にはならないだろう。武器になりそうなものを捜す。するとキッチンのまな板の上に包丁が転がっているのが目に入った。それを手に取り、廊下に出る。十メートル先に玄関が見えた。だがそれを無視し、二階へ続く階段を上る。時々耳に入る堕人の唸り声が怖くてたまらない。「くそっ…くそっ」と誰に対する苛立ちなのか自分でも分からない愚痴をこぼし続ける。


だが普通の家だ。武器になりそうなものが一般家庭に早々ある筈は無い。この包丁くらいのものだろう。銃などあるわけも無い。もしかしたら物置の中にそれなりの物があるかも知れないが、その物置がこの無駄に広い家の何処にあるのか見当がつかない。外という可能性もある。だが堕人の視界に入る場所で悠々と武器になる物を捜すことなど出来はしない。

考えた挙句、あと出来ることといえば、この家からの逃げ方を工夫することぐらいのように思えた。恐らく堕人は物音に敏感だろう。窓を開ける僅かな音でさえ、この閑静な住宅街では耳を澄まさずともよく聞こえるだろう。

あまり時間も無い。この手で死ねば仕方無いと、妙に諦めがついた。




ベッドの横にある目覚まし時計のタイマーを十五秒にセットする。その時計を開閉可能な窓ガラスとは正反対の位置に置く。

僅かな物音でも立てようものなら、自分は一瞬で堕人の餌食。忍足一つにも最新の注意を払った。


壁を背に窓越しに外の様子を伺う。

さっき走ってきた公道が目の前に広がっている。唐司の姿を探したが、街路樹が視界を遮っているからか確認することは出来ない。


あと五秒。

堕人らしき気配はすぐ上の天井から今でも感じる。アラートに反応さえしてくれれば、その隙に窓から脱出し、唐司を見つけて物陰に隠れることが出来る。

もうそろそか––––––。

窓中央の鍵を半回転させ、施錠を解除する。その時、


すぐ後方で爆裂音が鳴り響いた。振り返ると何が起こったのか確認するまでもなく、窓とは反対側の壁が粉々になって飛散し、此方に降りかかってきた。体の数カ所に痛みを感じたが、ひるんでいる暇は無いことは分かりきっていた。急いで窓を開けようとするがその必要はなく、瓦礫が窓ガラスを運良く打ち破っていた。飛び降りる瞬間、堕人の大きな口が部屋の半分にまで入り込んで来ているのが見えた。



左半身を受け身にして、素早く立ち上がる。自分の身体で破ったブロック塀をそのまま潜り抜け、唐司が倒れていると予想した方向へ左折する。そして、案の定。

唐司はガードレールにその身を預けるように気を失っている様子だった。近くにバイクも横倒しになっている。


あの時堕人の横殴りをもろに受けたのは自分だ。唐司は直接には受けていない筈。打ち所さえ悪くなければすぐに目を覚ますと思われた。


「唐司さん!」

駆け寄り、身体を揺すりながら呼び掛ける。手首と首筋辺りに手を当ててみたが、脈は心配無いようだった。呼吸も問題無い。


唐司を背負い、逃げ場所を考えたものの、やはり周りには先程と同じような一戸建ての居住施設しか見当たらなかった。身を隠せば堕人の追跡をやり過ごせるかも知れないが、万が一見つかった時は、その住民にも被害が及ぶことになる。

反対側の管理棟に目を遣る。公道の幅は約五十メートル。見つからずに渡り切ったとしても、管理棟内は一本道。身を隠せる場所は無いように思えた。

––––––苦渋の決断だった。やはり再び居住施設の中に逃げ込む他無い。窓から飛び降りる瞬間、堕人は此方の姿をしっかり確認している。直ぐに追ってくるだろう。後ろを振り返る。


「––––––!」

迂闊だった。

既に堕人は公道に出、しっかりと此方の姿を睨み付けていた。その距離僅か三十五メートル。目が合うや否や、堕人は全速力で此方に向かってきた。

この唐司を背負った状態では、逃げ切ることすら絶対に不可能。バイクを使えない状況では尚更だった。


ならば、ただこのまま死を待つのか。この様な想像したことすら無い絶望的な状況下で、自分の思考は案外クリアだった。


今自分にできること。

二人で逃げる?不可能だ。

唐司を置いて逃げる?逃げたところで最終的に二人とも殺される。それに何より、其処まで落ちぶれたつもりも無い。

もう分かりきっている。

唐司を地面に下ろし、持ってきた包丁を今一度強く握り直す。この時ばかりは、自分の力を過信してもいいと思った。根拠などは不要だ。一歩でも引けば、それは死んだも同然。いや、過信こそが死に繋がるのかも知れない。が、身体は勝手に前に出た。この握り方も合っているのかどうかも分からないが、身体は勝手に動く。

包丁を持つ右手を顔の側まで持って行き、肘を出来るだけ後ろに。何も無い左手を前方に押し出す。

気恥ずかしさなど要らない。理論など要らない。今、この身体の動くままに。


堕人は四足で突進しながら、その右鉤爪をこちらに差し向けた。眼前に迫り来るその手に対し反射的に包丁を突き出す。それと同時に足は駆け出し、堕人の懐へと向かっていく。

包丁を突き出しただけではその衝撃をもろに受けていたに違い無い。鉤爪を自分の背後に流しながら、包丁をそのまま振りかざす。堕人の右手から緑色の体液が飛散する。数滴身体に降りかかった様だが、気にしてはいられない。そのまま突進し、再び顔の側に持ってきた右手の包丁を今度は両手で握り締め、堕人の右眼に突き立てた。


勿論、この程度で倒れるなどとは思ってもいない。だが叫び声を上げるか、怯むかくらいのことはあってもいいと思った。だが堕人は此方の攻撃に対し微動だにせず、そして息が耐えた訳でもなく、残っていた左手を此方の胴体に物凄い速度で突き出してきた。


吹き飛ばされ、唐司の身体を優に超え、地面に五、六回叩きつけられた後、ようやく街路樹に背中を打ち付け動きが止まった。


包丁を右眼に突き立てられたまま、堕人は何事もなかったかの様に立ち上がった。ゆっくりと前進し、唐司には見向きもせず、意識が朦朧とする眼前に立ちはだかった。

身体が動かない。動かそうとするどころか、動けと強く思う自分ですら無かった。何も考えられない。

今堕人が自分の首を握り締め、宙に浮かし、左手で身体を貫こうとしていることは見て分かった。だがそれに対する危機感すら無かった。

微動だにしない唐司が目に入った。せめて彼女には手を出すなと、堕人に反抗する意思と言えばそれくらいのものだった。


後はこの鉤爪をこの身に受け容れるだけ。そう思ったその時だった。瞬きの瞬間に、目の前に人らしき者が現れ、堕人の顔面をその右脚で蹴り飛ばした。

それは蒼い髪を長く伸ばし、着物––––––小紋を身に纏っている。自分の身体は地面に落下し、樹木の根に背中を打ち付けた。


少女はその髪の色と同じ瞳を此方に向け、優しげに微笑む。


自分の意識は、遂にそこで途絶えた。




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