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霊風  作者: Maki
13/17

Awakening -1-






これが夢だということは、すぐに分かった。




普段は夢か現実かの区別も付かないような映像が頭の中に流れるが、この時ばかりは違った。自分が今眠りの中にいるということも自覚しているし、その中で見ている夢だということもハッキリと分かった。


真っ白な空間。辺り一面雪化粧のようだ。どこからどこまでが床で、壁で、天井なのか、全く見当がつかなかった。だから遠くで微かに見える、上方から吊り下げられている二本のロープが、果たして天井に接着しているのかどうかは分からない。

それを見た途端、身体が勝手に動いた。一歩一歩進んでいく、そのロープがある方へ。





三十メートルほど近くまで来て分かったのだが、見えていたのはロープと言うよりブランコだった。そこに一人の少女が腰掛けている。白い髪、白い眉、白いまつ毛。白いワンピースに身を包み、白い瞳でじっとこちらを見つめている。綺麗な顔立ちをしており、座っている状態でもかなり身長が低いということが分かる。


「こんにちは」

何気無い言葉。微笑みながら語りかける少女はなんだか可愛らしく感じた。


「…君は––––––」

意図せずこちらの口が開く。が、その後に言葉が続かない。頭に何も思い浮かばない。

それを見越してか、少女は「どうして此処へ?」と呟いた。


「––––––どうして?…分からない…。此処がどこなのかさえも。君が誰であるかも。分からないんだ」

口は勝手に開く。思考の必要は無い。

少女はクスッと笑って見せた。


「此処に来る人はね。皆、その胸の内に強い想いを秘めた人達ばかりなの。……理不尽な運命に抗いたいと真に願う人。他の何を犠牲にしてでも成し遂げたいと強く思う人。そういう強い意志を持ち合わせた人がごく稀に此処に迷い込む。…でも貴方の心の中には––––––」

姿が消えたかと思うと、少女は既にこちらの胸に手を当て、その口を耳元に近付けていた。そして囁くように続ける。


「微塵もそういうものが感じられない」

少女の華奢な身体は宙に浮いていた。が、そのようなことは夢の中では気にも留まらなかった。


「––––––貴方のような人は初めてだわ」

少女は背後に回り、両手を肩に回し、自分の頭をこちらの頭に寄せてくる。


「聴かせて––––––貴方の望みを」


身体が密着し、背中に少女の体温を感じる。少女はその手でこちらの顔に優しく触れ、額、瞼、鼻、そして口をゆっくり撫で回していく。

徐々に眠気に負けそうになる。少女がもたらす不思議な暖かさに包まれて、目を閉じようとしたその時、首元に届こうとしていたその手を少女は再び目の位置にまで持って行き、力強く押さえつけた。


「…‼︎」

突然感じる激痛。危機を悟るには十分だった。


「うぁ…っ…くっ…!––––––や…止め…!」


視界のほとんどを遮られているため、先程まで端に捉えていた少女の姿を確認することが出来ない。が、身体に接触する感覚は鮮明だった。

恐らく少女の左手でこちらの右眼を力一杯押え付け、その腕で覆われた左眼の視界はゼロ。こちらの頭を左手と自分の胸で圧迫し、右手は後ろから左肩に回され固定しているようだ。––––––直感で分かった。このまま五秒も続けていれば自分の肩より上は粉々に砕け肉片になると。


だが自分の四肢は全く動かなかった。まるで金縛りにあったように。神経が行き届いていないかのように。


華奢な見た目からは想像出来ないほど、その力は圧倒的だった。


「さあ。貴方の望みは何?貴方が今欲する物は?どんな力が欲しい?誰を守りたい?誰を殺したい?」


刹那、胸を貫く激痛が走った。

悶絶。叫び声を上げようとしても、声にならない。のたうち回りたくても身体は固定され、身動き一つ出来ない。


右眼を何とか下に向けると、紫色をした何かが自分の胸板から生えていた。結晶のようなものが三角錐の形をしている。


大量の血が口から流れ落ちる。真っ白な床だと思っていたが、どういう訳か、赤い血は底のない空間をどこまでも落下していった。

気付けば自分の足裏に、床と接触している感覚がいつの間にか消えていた。


貫通と圧迫による激痛で、自分の意識がついに終わりを迎えた。


完全に気を失う直前、少女がこちらの左耳に優しく息を吹きかけてくるのが分かった。










◆◇◆◇◆◇◆











飛び起きる。

すぐに自分の胸に手を当てて確認する。が、どうやら目立った外傷は見当たらない。薄いグリーンの病衣の上からまさぐるが、結果は同じだった。


「…此処は…」


息を切らしながら呟いた。

身体中が汗だくだ。病衣がベットリ肌に張り付き気持ちが悪い。


どうやら自分は簡易式のベッドに寝かされていたようだった。まるで学園の保健室のような内装をした小さな部屋に居るようだが、此処が学園では無いということは直感出来た。


ベッドから降り立ち上がる。が、すぐに眩暈に襲われた。よろめき、堪らず近くの机に手をつく。

部屋は暗い。唯一の灯りはこの机に設置されてある小さな電灯だけだ。幾つかのノートやら本やらが綺麗に整頓されてある。その中に、他とは種類の違う雑誌が目に入り手に取る。パラパラとページをめくってみると、バイクに関する記載がされてあるものだった。


その時、何かの破壊音と共に強烈な地響きに襲われた。今度こそ床に尻餅をつく。締め切られたカーテンが大きく揺れ、外の景色らしきものが偶然目に入る。月が見えた。机の上にある小さな時計に目を遣ると長針短針共に3を指していた。

真夜中だった。自分が眠りに落ちるまで何をしていたのか思い出せない。身体の疲労から夢か何かを見ていたようだがそれも鮮明には思い出せない。

気怠さを残した身体を何とか奮い立たせ、外へ続く扉を開ける。




信じがたい光景だった。

あらゆる白い建物から火が立ち上り、半壊、全壊している所も少なくない。猛獣のような唸り声と人々の悲鳴が辺りにこだましている。天門霊送機関は何者かの襲撃を受けていた。


自分が今いる場所を把握する。

居住区が眼下に広がっているが、どれも米粒のような大きさだ。ということは、かなり高い階にいるということになる。ここ天門霊送機関新市街と旧市街とを繋ぐ大門が遠くに見えているが、視界の左に位置している。新市街を周りに囲まれた天門霊送機関、通称零地区。その中でも医療棟や研究棟が建ち並ぶ二、三番街あたりにどうやら自分が居るらしいということが分かった。


学園でいつか教わった緊急時の避難用マニュアルを反芻する。

警報が鳴れば即座に各自指定されたシェルターに逃げ込む筈。だが自分は警報など耳にしてはいない。そこで、すぐに眠っていた所為だと思い直す。

シェルターは全部で二十。その中で自分に指定されていたシェルターは零地区だった筈だ。今いる場所と重なり、ホッと胸をなで下ろす。だが安心はまだ出来ない。シェルターはどこも地下にある。いくら同じ零地区にいるとはいえ、四十階相当の高さから向かうとなればそれなりの時間は要する。

だからと言って、ずっとここに留まっておくのも得策とは言えない。命を落とす可能性は充分にある。


駆け出そうとしたその時、上方で大きな爆発音が鳴り響いた。慌てて振り向き手摺から顔を覗かせると、爆発したのは天門霊送機関の中でも中心に位置する管理棟のほぼ最上階だと分かった。窓ガラスや金属の破片が粉々に砕け散り、地上へと落下していく。


「上級会議室––––––!」


見たことも訪れたことも無いが、円盤型の様に突き出した形状には覚えがあった。

「おかしいだろ…!何で此処が––––––」


この辺りは新市街のど真ん中。敵の手に落ちる可能性が一番低い地区だ。だがそこまで言いかけ、ようやく気付いた。

マニュアルの記載では、敵の襲撃を察知次第ヴェフパークが外縁部に急行し、敵を鎮圧する間に市民がシェルターに避難するとあった。だが、初動に関してはそれ以外の可能性を考慮に入れたマニュアルは用意されていない。––––––それ以上の策を取りようが無かったのだ。

現在戦闘可能な人員は多くは無い。その防御網を破られれば、無力な市民を守るものは無い。至極簡単な話だ。そして、どうやら今がまさにその状況らしかった。


一番攻め入られないことを考え位置した場所が破られた。この天門霊送機関、新市街に安全な場所は一つも無いということだった。



「危ないじゃない!何してるの!」

左から声が響いた。振り返ると、そこには白衣を身に纏った女性が息を切らして立っていた。女性はこちらに近づき、

「…え…貴方…。どうして––––––立っていられるの…?」

その時、再び近くで爆音が鳴り響いた。今度は周りの壁や床が大きく振動するほどの。さっきよりも近い。今の爆音でそれどころでは無いと感じたのか、女性はこちらの手を乱暴に取り、走り出した。気怠さの残るこの身体では、彼女に付いていくのは容易では無かった。

「ちょ…!どこ行くんですか‼︎」

此処にいても仕方がないのは分かっていたが、口が勝手に動いた。女性は乱れた長い黒髪を揺らし、右に折れ、エレベーターのボタンを連打する。


「シェルターよ。…貴方を送り届ける」

幸い二本あるうち一本のエレベーターは稼働しており、矢印を点滅させながらこの階に近付いているようだった。

左胸の名札が目に入る。それは偶然か必然か、何度も見たことのある名前だった。


唐司とうのす…さん––––––」

そして暗闇の中、顔をしっかりと確認する。そう言えば声も聞き覚えのある声だった。


「そうよ。貴方の適正者検診専任担当の唐司夏帆です。よくもまぁ私の連絡を無視してくれたわね」

そこでようやく思い出した。あの墓場で出逢った少女––––––晩崎鮮陽と共に新市街へ戻ろうとしたその時、堕人に襲われ気を失ったことを。物凄い激痛に襲われたことを覚えている。死ぬのでは無いかと錯覚する程だったが、今自分の身体には傷一つどころか痛みさえ感じなかった。

それ以来––––––ということになる。


「つまり俺は––––––、九時間近く眠ってただけなのか…」

話をズラしてしまったのは意図してでは無いが、唐司は大きくため息をつき、開いた扉の先へ入っていく。

「九時間眠っただけであれだけの傷が完治するとは普通じゃ無いわ」

こちらも唐司に続き、籠の中に入る。唐司はボタンを人差し指で押し、扉を閉めた。


「でも、あまり驚いてない様に見えますが」

「貴方には色々と聞きたいことがあるの。その異常なまでの回復力のことも含めてね。…だけど今はそれどころじゃ無い。わかる?」

その質問に俺は頷く。

此処を誰が攻めてきたのかなど詳しい状況は分からないが、かなり窮地の状態にあるのは見て取れた。


「今被害が確認されていないのはこの零地区。––––––さっきの爆発には驚いたけどね…。あと、六、七、八と九地区。それ以外は被害の大小は様々だけれど、建物は崩壊、火災も起きて、死傷者多数。とても今の管理体制で全地域を把握して統制出来る状態じゃない。ヴェフパークは各地で辛うじて応戦しているみたいだけど、敵はただの堕人じゃ無いみたい」


「どういうことですか?」

聞き返しながら思い出す。

堕人という化物と人間が闘ったという記録は何度かある。

映像で見たことがあるが、堕人は力を持たない普通の人間を殺して回る。それに対抗するために、対堕人戦闘員ヴェフパークが存在する。その力量の差は拮抗か、僅かにヴェフパークが上回るらしい。一人で何百という堕人と同等に渡り合うヴェフパークも中にはいるという話だが、本当かどうかは分からない。ただ、一般的な力を持つヴェフパークでは数体の堕人に囲まれれば勝ち目は無いという統計も出ている。

だが唐司の口から出たのは、今迄に聞いたことの無い情報だった。


「戦闘中の数人のヴェフパークから、言葉を発する堕人と遭遇したって報告があったらしいの。それだけじゃ無い。一般市民を殺害していく堕人の集団の中に、人間らしき姿をした者もいたって」


「––––––人間が…人間を殺した…?」


その話が本当であれば人間と堕人が手を組んでいるということになる。堕人とは人間に牙をむくもの。人間の天敵として認識されている筈だが––––––。


「今迄に無いケースよ。只でさえ人員を欠いてるのに、こうも想定外の事態が続くと…」


エレベーターの動きが止まる。右上の電光掲示板は1と表示されていた。

扉が開き、医療棟と玄関を開くとそこはいつもの風景では無かった。そこら中に瓦礫が散乱し、何人かの死体が横たわっていた。身体中血だらけになり、周りに飛び散っているのが肉片や内蔵だと分かった時、強烈な吐き気に見舞われた。思わずうずくまり、口を押さえる。

だが唐司はその表情を険しくしただけで、それ以外に特に反応は見せなかった。こちらの手を無理やり握り、再び駆け出した。


「じっとしてたら駄目!何処にいるか分からないのよ!」


唐司の言うことは最もだったが、方向は一番近くのシェルターとは真逆だった。だが唐司は「バイクで向かう!」と必要以上の大声で叫んだ。そしてその約五秒後、後方で尋常では無い叫び声が上がり、同時に物が壊れる様な音が鳴り響いた。振り返ると、丁字路を背に尻餅をつきながら後ずさる二十歳かそこらの男性が目に入った。何かに怯えている様子であるのは遠目からでも分かった。男性が見ているものは、こちらからでは建物の死角となり確認することは出来ない。が、この状況下では容易に予想は出来た。


「唐司さん!彼…!助けないと!」

引き返そうと体重を後ろにかけたつもりだったが、唐司は更に腕を強く引っ張った。

「駄目!––––––私達じゃ会っただけで死ぬわ!」


それは武器を携帯していれば話は別、という言い方でも無かった。恐らく堕人と闘うヴェフパークという存在は身体の構造が根本から違うのだろうと思った。


突然、その叫び声が消えた。

再び振り返ると、先程の男性の身体はそこには無かった。


「––––––。……え」

代わりにそこにあったのは、およそ半日前に遭遇した獣の身体をした化物。人間を捕まえ、爪で内蔵を抉り出し、顎で首を捻り取り、足で踏み潰す––––––堕人だった。




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