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霊風  作者: Maki
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Messenger -2-

「は…––––––」


葉宜の身体が弓なりの様に反る。

血の雫が胸郭から飛び散った。堕人の鋭い槍の様な爪が胴体を貫通している。

その目は大きく開かれ、自分でも何が起きたのか理解できていない様子。


そのすぐ背後に、五メートル以上高さのある堕人が立っていた。

葉宜の身体をまるで小石を拾い上げるかの様にして、高々と突き上げた。


「葉宜…––––––!」

銃を堕人に突き付けていたことも忘れ、巨大な堕人へ駆け出す。

だがその瞬間腹部を強烈な痛みが襲った。士峰の体は孤児院の門を突き破り、家屋の窓ガラスを突き破った。


「––––––脆いな」


拳銃を突きつけられていた堕人が士峰の目が逸れた一瞬の隙を突き、空中で回し蹴りを炸裂させ、地面に降り立った。


「さて––––––これで邪魔者は居なくなりましたぞ、お嬢」

新冨の刀と未だ己の鉤爪を交える堕人は告げる。

「––––––くっ…。さっきの奴といい…––––––」

新冨は予想を上回る相手の力量に動揺を隠せずにいた。刀を持つ手が震えている。


堕人は満面の笑みを浮かべ、その顔を新冨に近づけた。口からは涎が垂れ、近くで見るとグロテスクな体表。吐く息は鼻が曲がるほどの異臭がした。

「もう逃げることは出来ませんよ。貴女はその目で見た筈だ。この天霊が、あの時と同じ様に取り囲まれていたのを」


「黙れェェ‼︎」


一層刀を握る手に力が入る。

普段は滅多に感情を露わにしない新冨が声を大にして響かせた。


「––––––先程、連絡が入りました。我々の同胞が零地区の上級会議室を強襲し、天霊の主要メンバーの約三分の一を皆殺しにしたと––––––」


「‼︎」


「これも全て、貴女の判断が招いたことだ。貴女があの時、お父上からのお誘いを無碍にした。それ故の––––––」

刀と交じり合わせていた大きな鉤爪。だが次の瞬間には、新冨は刀を地面に叩きつけていた。そこにあった筈の鉤爪が一瞬にして消えたのだ。完全に体制の崩れた新冨は、急いで辺りを見渡す。

「何処へ––––––」

そう自分で口にしながら新冨は気付いた。


堕人は変わらず自分の丁度一メートル真横にいた。ただ体を左に一回転せさると同時に、新冨の刀を受け流した後、そのまま溜まったバネを放出し右拳を新冨の腹部に命中させた。


「がっ…––––––」


激痛を通り越し、直径三十センチはくだらない拳が背中の向こうまで貫通したかのような感覚に見舞われた。端から見れば拳のインパクトは一瞬のように見えるが、接触してから離れるまで五秒も十秒もかかっているかのように新冨は感じた。


地面に叩きつけられた所をもう一体の堕人が更に追い打ちをかけた。尋常では無い速度で飛ばされた新冨に空中から狙いを定め、真上から急降下の後右腕で首を握りしめる。その衝撃はコンクリートの地面に深さ四十センチほどの窪みを残した。


「く…っ……、あ…––––––」

地面に押し付けられ苦悶の表情を浮かべる新冨。頭部は血が滲み、この一瞬でコートやシャツが何ヶ所も破れた。


「気を失えば、少しは楽になれたものをよぉ…。中途半端に鍛錬なんてしたから、そうやって苦しみを味わうんだぜ」

堕人は首を手で握りしめたまま新冨の上に跨り、もう片方の手で新冨のコートの下にあるワイシャツに手をかける。


「…ぁ…、うっ…あ…」


「だーが喜べ。焫昇島ぜっしょうとうに着くまでの間、俺がたくさん可愛がってやるからよ」

そう言うと堕人は決して細くはない爪を器用に使い、ワイシャツの第一ボタンに爪先を当て、

「な…、…やめ––––––!」

そのまま一直線に振り下ろした。


爪はワイシャツだけでなく肌にまで長い傷を残した。すぐに血が滲み出し、白いシャツを赤く染め上げた。

「…!––––––この…!」

至近距離にある堕人の目を辛うじて動く左手で潰そうと手を伸ばしたが、分かっていたかのように首を握っていた手で新冨の両手をまとめて掴み、新冨の頭上の地面に荒々しく叩きつけた。

「はぁ…。いいねぇ、その生意気な態度も好みだ」


新冨は何とか拘束を振り解こうとするが、完全に倒された状態で自分の数倍ある巨体を相手にそれは不可能だった。


「馬鹿やってないで、さっさと行くぞ」

後ろで成り行きを見守っていた堕人が踵を返し、外壁へ歩き出したその時、葉宜の身体を一突きにした堕人が奇妙な唸り声をあげた。


「––––––どうした」

振り返り見上げてみると、そこに居る筈の五メートル超の体を有する堕人がその姿を消していた。

意識を失った葉宜の身体が先程とはさほど変わらない体勢で宙に浮いている。消えたのは堕人のみ。さらにすぐ隣に目線を滑らせていくと、紫色をした何かが目に入った。


「…!」


ほぼ同時に、上空でかすかに金属の擦れ合うような音がした。

「––––––まったく…」


上を見上げると、確かにそこには一人の人間が今にも右手に握った長大な槍を放とうとしていた。

「もう一回‼︎死んどけェ‼︎」

空中で高らかに吠えながらリリースの瞬間に回転を加えられた槍は、強力な磁場に引き寄せられるようにして地面に向かっていく。


「いつから人間は––––––空なんて飛べるようになったんだ」


堕人はそれ以上自身の体を動かすことなく、寸分違わず己に迫る槍に眉間を貫かれた。









◆◇◆◇◆◇◆











「っぶねぇな」

槍を投擲した少年は約三十メートルほどの空中から着地し、荒々しく呟いた。肩まで伸ばした金髪が風になびく。全身を黒に統一した身なりで、左腰辺りには銀色のチェーンをぶら下げている。鋭い目を辺りに向け、状況を一通り確認してから倒れている満身創痍の葉宜の元へ向かう。


「だから、お前にはまだ早いって言ったんだ。ボロボロじゃねえか」

土手っ腹に穴を開けられとめどなく血を流す葉宜に対して、金髪の少年は手を差し伸べるでもなく、見下していただけだった。


新冨に覆い被さっていた堕人が地面を蹴り、あっという間に少年の背後に迫る。大きな鉤爪を振りかざし、少年の頭を抉ろうとする。だがあと二メートルという所にまで迫ったその瞬間、空中に浮く堕人の身体がひしゃげ、地面に叩きつけられた。


轟音と共に上半身の半分をコンクリートの地面に埋めることになった堕人。その身体の上には、黒いジャケットに身を包んだ銀髪の少年が立っていた。すぐに地面に降り立ち辺りを見渡すと、少し離れたところでこちらを怯えた様子で見つめる女性と幼児二人が目に入った。


執印しゅういん…。葉宜を……早く医療棟へ」

執印。そう呼ばれた金髪の少年は声のする方へ顔を向ける。小さなクレーターの上で倒れる新冨が天を仰いだまま呟いていた。体の前面に殆ど外傷は見られない。が、クレーターは新冨の背を中心にして血溜まりのようになっていた。

執印は大きく溜息をつく。唇を噛み、真横で突っ立っている紫色の髪をした女性に目を遣り、顎で新冨の元へ行くよう促した。


「はいはーい」

状況に似合わないような調子で、黒のキャスケットを被った小柄な女性が小走りで新冨の元へ駆け寄っていく。


「僕たちより真っ先に駆けつけたくせに。相変わらずのツンデレだね、執印」

孤児院の門の方から声がした。緑色の髪の毛をした少年が自分よりもかなり背丈の差がある士峰を軽々と肩に抱えている。士峰は目を閉じ、気を失っていた。

葉宜が横たわるすぐ側に、これ以上容体が悪くならないよう静かに士峰の身体を横たえた。


「ゴチャゴチャうるせぇ。…おい風戸かざと釼谷つるぎやはどこ行ったんだ」

風戸と呼ばれた少年、そして執印は辺りを見渡す。するとその姿をすぐに捉えることが出来た。先程執印に背後から襲いかかった堕人に強烈な蹴りを入れた銀髪の少年、釼谷豊秋つるぎやとうしゅうは、三、四十メートル先の道端で見慣れない誰かと話している様子だった。

執印は目を細めるようにして確認する。


「あれは…、もしかして通信にあった孤児院の餓鬼どもか––––––?」

「餓鬼どもって…。…口悪いよ、執印」

執印は風戸の言葉を気にすることなく、

「ハッ。よくまぁ死ななかったもんだな。餓鬼どころか、一般市民が堕人と遭遇すりゃ普通死ぬぜ。––––––俺ら第八が居なけりゃ確実に即死でしたね、新冨さん」

執印は得意げに、意識が朦朧としている新冨に向かって同意を求めた。だが満身創痍の新冨が何も答えるはずは無い。


「何得意げになってるの。ヴェフパークは一般市民を堕人の脅威から守って当然でしょ。––––––てか執印、君殆ど何もしてないじゃない」

「あ?うるせぇよ。テメェこそ何もしてねぇじゃねえか。いい子ぶってんじゃねぇ緑。––––––俺は最後締めただろうが、華麗な投擲でよ」

「それを言うなら、最後は釼谷の蹴り––––––」

だが執印は風戸の言葉を無視し、堕人の眉間を貫き地面に突き刺さった槍を見つめる。

––––––だが同時に、その堕人が瞼をパチリと動かした。


「⁉︎」

予想外の出来事に執印は身構え、風戸は背中にかけていた刀の柄に右手をかけた。


新冨を両腕に抱えたキャスケットの女性はその動きを察知し、身を屈め、クレーターを丁度盾代わりにする。道端で会話を続けていた釼谷もこちらを振り向く。


「まだ生きてんのかよ…。本当に化物だな」

「––––––でも、いくら堕人とはいえ脳を貫かれてもなお意識を保っていられるなんて、聞いたことが無いよ」


堕人の両手はだらんと重力に従い、足も同様に神経は行き届いていない様だ。だが唯一動かせるその眼球をギョロリと二人の方へ向けた。

「…あっ……ァ…、ま…さか…、此処で…死ぬと…ハ……」

堕人は口を震わせながら、声にならない声を振り絞る。額から流れ出る血は鼻と涙腺の間を通り、両頬を伝って地面に落ちていく。


「やっぱり聞き違いじゃねえみてぇだな…。堕人が言葉を発するとは…初めて聞いたぜ…。––––––だが残念だったな。こんな所に来なきゃ、そうやってまた死ぬことも無かっただろうよ」

少し構えを崩した執印が真剣な眼差しでそう呟く。


「……ふ…ふふ…。––––––ハッ…ハッハ…」

突然力無く笑い出す堕人。


「…?何が可笑しい」

「…貴様らは…そうやって…、神の使者である…我々に…、易々と…手を…かける…」


「…あ?神だと?…とうとう頭までおかしくなりやがったか。罪の無い奴等を無差別に殺して回るだけのお前達堕人に、存在価値など––––––」

「貴様らは…まだ事の重大さに気付いていないようだ。我々が今この場に居ることが、どのような意味を持つのか…」


その目を、紫色の髪の女性に抱えられた新冨に向ける。

「今の内に…最後の別れを済ませておくんだな…。––––––いや…、もうそんなことも…言ってられなくなる事態が…お前達を襲う…。神欺かみあざむ…、いや、世界中の人間を欺いてきたお前達に…下される審判が––––––」


唯一力を宿していたその瞳から光が消え、呼吸音が消えた。両手は完全にだらんと垂れ下がり、堕人は微動だにしなくなった。





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