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霊風  作者: Maki
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Messenger -1-

【天門霊送機関––––––零地区中央棟上級会議室】



 一転して、室内は静寂に包まれていた。


 円卓上や床には人間と堕人の死体。

 赤い血と緑の体液が混じり合いドブの色が辺りを染める光景を見たのは、眞堂はこれで二度目だった。本来ならば堕人の体組織が発する異臭が充満していたところ、幸か不幸か、天井も窓も壁も粉々に砕かれたことでその状況は避けられた。堕人から発せられる独特の死鬼風と呼ばれる目に見えない物質だけでなく、ただの臭いでさえも人体に及ぼす影響は計り知れない。


 剣を振るい、トリガーを引き、迫り来る堕人の猛襲を凌いだと思ったのも束の間。ヴェフパーク達の目の前に次に姿を現したのは、三人の人間だった。


「お初にお目にかかります」


 と、一人の男性が黒のシルクハットを右手で取り胸に当てながら、左手の杖を支えに深々と頭を下げた。


 突然音もなく現れた正体不明の三人に、辛うじて生き残ったヴェフパークおよそ三十名は各々の武器を一斉に向ける。


「アンチリムーバルグループ一頭書記兼代表補佐、ヨ・ファングンと申します」


 タキシード姿に身を包んだ男はそう言って静かに微笑んだ。

 身長はおよそ一般成人の平均。ハットの下から覗かせる髪の毛は丁寧に切り揃えられている短髪の白色。

 だが軽やかな声質からして、四、五十代では無くせいぜい二十代かそこらであろうと眞堂は当たりをつけた。


 男の側には二人の女性。

 一人は若い、こちらも男と同年代のように見える。全身を覆う純白なコートがその存在を際立たせていた。そしてもう一人は––––––


「––––––…ガキがなんでこんなところに」


 円卓を挟んで反対側に立つヴェフパークがそう呟いた。


 その通りだった。

 多くの死体を前に平然と立っていたのは、まだ年端もいかぬ少女だった。

 所謂ゴスロリと呼ばれる黒いドレスを身に纏い、セミロングの金髪はこの薄暗い状況下でも美しさを失わずにいる。

 その可愛らしい姿には似合わず、また不自然と思われるような虚ろな瞳を自分の足元に落としている一方で、その胸に綿の人形を強く抱きかかえる様子はまさに年相応のようにも思えた。

 

 中央に立つ男は広い室内に舐め回すように目を行き渡らせる。

「––––––宮城斂掌(きゅうじょうれんしょう)はご不在ですか?」


「––––––代表になんの」

 

 眞堂の目の前にいたまた別のヴェフパークがすかさず聞き返そうとしたその時、


「––––––!」


 堕人や他の隊員の返り血に染まっていた彼の全身が、それを軽く上回る量の赤い血で染め上げられた。まるで、バケツで被った後のように。

 体は僅かに反応を見せただけ。突然の攻撃に、ヴェフパークは力無く倒れた。


「返事はYesかNoで」

 そう呟く男の後ろから、白コートの女性が猟銃のようなものを構えていた。先端は煙を立ち昇らせている。


「––––––貴様ァ!」


 眞堂の後ろにいた若い女性が大声を上げ、持っていたリボルバーの引き金を引いた。

 放たれた弾丸は一直線に伸び、大型銃を持つ白コートの女性へと向かう。


 だが、ほぼ同時に放たれた大型銃の弾丸はリボルバーの弾を易々と打砕いた。


「散弾銃––––––」

 眞堂は突っ立ったままの後ろの女性を庇うようにして、直ぐさま右手を前面に突き出す。

 緑色の膜のようなものが掌を中心にして現れる。鈍い金属音を残した後、眞堂の足元にベクトルを失った十数個の鉛玉が重力に従い落下した。


「––––––‼︎」

 それまでは無表情にやり過ごしていた白コートの女性だったが、何一つ武器を使用せず己の散弾銃を防ぎきった眞堂に目を見張った。


「––––––幼女の前で発砲するとは。流石は神欺(かみあざむ)の天霊––––––」

 一方で、何事もなかったかのように立ち振る舞うタキシード。皮肉一杯の口調を込めたように。

「当たったらどうするつもりです。そちらの––––––」

 

 そのあとに続く言葉は、最後方の木製の扉が打ち破られる爆裂音に打ち消された。


「どこが人間だ」


 静寂な空間に、一人の男の重々しい声が響き渡る。

 舞い上がる砂煙の中から見えるのは緑色のシルエット。ブーツが床に当たる音だろうか、一歩一歩誰かがこちらへ向かってくるのがわかる。


「一目見りゃ分かるぜ。死鬼風の塊だコイツは」


 タキシードは眉間にシワを寄せ、目を細め、少々声を荒げた。

「誰です。そんな遠くで大きな態度を張られても、余計に弱く見えるだけですよ。言いたいことがあるのならこちらまで––––––」


 その時、床が砕かれる音と共に舞い上がる砂煙が一瞬にして霧散した。姿を確認しようとしたタキシード。だが既に扉を砕いた本人はそこにはおらず、ヴェフパーク達もその行方を目で追うことは出来なかった。



「ぐぁっ……」


 苦痛に喘ぐような声がしたかと思うと、予想だにしない光景が目の前にあった。


 タキシードの側の円卓上で、緑色のコートがはためいている。遅れて室内に、まるで電車が高速で通り過ぎた時のような爆風が広がった。

 

 白コートの女性は目の前に突然現れたその男に驚愕の目を向けた。手に持つ散弾銃を構えることなく。


「––––––そのコート……。––––––その日本刀……。貴様…––––––」


 月明かりを銀色に反射させた刀がタキシードの右胸に突き刺さっていた。








 ◆◇◆◇◆◇◆










【天門霊送機関––––––エリア3Z––––––孤児院前】




「昴! 未来!」


 大きな一軒家の門の前で寒さに体を震わせながら一人佇んでいた女性。二人の子どもを目に留めるや否や、一目散に駆け出した。


「先生!」


 森から歩き出して以来、士峰が話しかけても一切何も口に出さなかった二人の子どもがエプロン姿の女性を見た瞬間、一気にその感情を露わにした。

 泣き出した子どもを抱きしめる女性の瞳からも、涙が零れ落ちる。


 何か言い知れぬ虚無感に苛まれた士峰。咳払いをし、深呼吸を一つ。

「なぁ良さん。ここってさ、眞堂さんが前に言ってた––––––」

 マイナス思考を拭う意味でも士峰は目の前の大きな一軒家を見つめる。

 

「––––––なぁ、無視かよ」


 だが呼び掛けても、少し先を行く新冨は何も答えない。

 右肩に巻きつけた無線機の周波数ダイアルを神妙な面持ちで右に左に動かしている。先程からしばらくの間、本部とは通信が途絶していた。眉間にシワを寄せたまま、ずっと神経を耳に集中させている。


 その表情はどこか焦りを感じさせた。

 だが通信が途絶したからといって、イコール本部が壊滅的打撃を受けた、とは言い切れない。通信を妨害する敵のジャミングの影響、電気系統の異常など、考えられる原因は他にもある。本部が敵の手に落ちたと考えるのは尚早に思えた。


 しかし、新冨が感じる不安要素の本質は恐らくそのことでは無いと士峰は仮定した。

 勿論言うまでもなく、通信が何事もなく繋がるのであればそのことに越したことは無い。本部が何も異常が無いとし追加の任務を与えなければ、必然的にそれは新冨が個人的に予期する事態を回避することに直結する。

 それに、どちらかと言えば天霊の上層機関には反抗的な態度を取る新冨だ。一時通信が途絶した程度で、青ざめた顔になるまで心配するとは到底考え難い。


「だとすりゃ、何だと思う––––––」

 士峰はその背におぶっていた葉宜に問いかける。額や腕に包帯を巻かれた応急処置のみでは、一刻も早く研究棟へ連れて行く必要があった。だが葉宜は自力で立つことは敵わず、またヴェフパークの単独行動を禁じられた状況では、これより他に最善策は無かった。

 孤児院から行方不明となっていた二人の子どもを無事に送り届けるという追加任務もあり、余計に別行動を取るわけにもいかなかった。


「さっきから独り言が多いですね。あ、日頃からでしたっけ。新冨さんに無視されるからって、僕に話を振らないで下さい。阿呆の会話に付き合わされるのも楽じゃ無いんですよ。でもまぁ確かに、天門霊送機関の孤児院から初めて輩出されたヴェフパークが四戦士にまで登りつめたという話は聞いたことがあります。その真偽は定かではありませんが」


「今すぐここでぶちのめすぞテメェ。内部神経系(インシナプス)も一緒に抉り取って––––––」


対堕人戦闘員(ヴェフパーク)…!」

 聞き慣れない声に士峰と葉宜はいがみ合うことも忘れ、思わず声のした方を振り向いた。

 それもその筈。声の主はエプロンを肩から下げ二人の子ども抱きしめた孤児院の関係者だった。

 森の出入り口から姿を現した三名の隊員を目に留めるや否や、その顔は一瞬にして無表情と化した。


「––––––この度は、ありがとうございました。––––––失礼します」


 一礼。

 新冨達に向かって手を振る子ども二人のもう片方の手を引き、一刻も早くその場を立ち去ろうとする。


「どこに行かれるおつもりですか」


 堕人を倒した後一言も口を利かなかった新冨。未だに周波数ダイアルを弄りながらも、凛とした口調で静止を求めた。


「この先にシェルターは無いはずです。幼児を連れて、一体どこへ」


 先程まで馬鹿なやりとりをしていた士峰と葉宜も、この時ばかりは固唾を飲んで見守った。

 

「––––––掩体壕へ」


「…何…?」


 新冨は職員の声が聞こえないわけではなかった。疑いたくなる言葉を発したからだ。


「子ども達を助けていただいたことには––––––、…感謝しています。ですが、私達は、貴方達のことは信じません」


 その言葉に士峰は片目を細め、

「オイてめぇ。別に感謝して欲しくてやってるわけじゃねぇけどよ、少なくともそんな言い方は無ぇんじゃねえか?––––––しかも何だいきなり信じないって」

 背負った葉宜をそのまま地面に落とし、ズカズカと職員の元へ歩み寄る。

 いきなりのことに地面に尻餅をついた葉宜は悶絶し、苦痛に顔を歪める。


 新冨が士峰のその言動を諌めようとしたその時、かすかに爆音のようなものが辺りに響いた。

 新冨、士峰は反射的にそれぞれの刀と拳銃に手をかけ、身を低くし、周囲の状況を確認する。


「本部。こちら六六班第八部隊新冨。応答して下さい。…本部!」

 

 だが変わらず応答は無い。

 新冨はあらゆる考えを頭の中で巡らせるが、不確定要素が多すぎる現状では困難だった。


「新冨さん…。今の爆発音––––––、零地区の方角からのように思えたんですが…」


「はぁ?零地区ってお前…。そんな場所に敵がどうやって––––––。––––––‼︎」

 

 士峰は地面を強く蹴り、バク宙。高さ十メートルに達した後、孤児院の天井に着地した。


「士峰!」

 叫ぶ新冨だったが、同時に後方からの強い殺気を感じ取り、握ったままの刀を鞘から素早く抜き百八十度回転で高速で迫り来る敵の突進を止めた。


「くそッ」

 士峰を襲ったもう一体の堕人。新冨の背中がガラ空きであることを確認すると、一目散に駆け出した。


 素早く二丁の拳銃を取り出し、その引き金を引こうとしたその時、突然堕人はその動きを止めた。何故か、腹部に刀が突き刺さっていた。


「女性に背後から襲いかかるとは。化物と言えど看過できたものでは無いね」


 刀は葉宜のものだった。辛うじて動く左手を使い左腰にある刀を逆手に持ちとっさの判断で堕人目掛け放っていた。


「チェックメイトだ。愚図野郎」


 堕人の頭部には、士峰の拳銃が既に零距離で向けられていた。

 新冨は刀でもう一体の鉤爪を防いだまま。



 突然の強襲。優位にあるのは誰の目にも三人の方に思えた。

 葉宜がその胴体を何者かに貫かれる迄は––––––。




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