5 道中
俺たち三人は、ノエミちゃんたちの住む村に向かう道を歩いていた。
この森からさほど遠くはないらしく、完全に日が傾く前には着くそうだ。
「あの……そろそろ、普通に話してくれませんか……」
正直、今までの話し方のままのほうが気が楽なんだが……
「そういうわけにはいきません。地位が高い人にはそれなりの態度で接するべきかと」
「だーかーら、誤解なんですってば」
「はぁ……では、そういうことにしておきます」
まったくしょうがないなぁ、といった風にマリエッタさんは渋々同意したようだ。
そういうことって、どういうことなんだ?
「その代わり、これからは私に対してもノエミと同じように普通に接して」
「わかった」
「そういえば、ユートさんはとても軽装ですけど、どこから来たんですか?」
ノエミちゃんが首をかしげる。
「なんというか、俺は自分の意思で来たわけでないというか……ある人物にここまで飛ばされたんだ」
もう一人の自分ガー、なんてのはさすがに信じてもらえないだろうからお茶を濁しておく。
あいつ、黒衣の少女に会えとか言ってたけど、クロエさんのことなのかな……
詳しいことはわかるとか言ってたけどやっぱりわかんないんだけど、もしかして騙された?
「マリエッタさんとノエミちゃんはどうして森の中に?」
「私たちは森にポランを取りに行っていたのよ。そしたら魔獣の群れの気配がしたからノエミだけ先に逃がして、あいつらの相手をしていただけ」
「逃げてる途中に一匹の魔獣に気づかれて、森の外まで逃げてたらユートさんがいたんです」
「待って、あの後魔獣がノエミを襲ったの!?」
マリエッタさんの顔が青ざめる。
「ユートさんが一瞬で魔獣を消してくれたので命拾いしました」
「命の恩人ってそういうことだったの……よかった……」
「魔獣ってなに?」
話が途切れたタイミングで聞いてみる。さっきから気になってたんだよこれ。
「ユートさんは初めて見たんですか? さっきユートさんが倒したのが魔獣です。死んだ獣とかが瘴気で突然魔獣になるんです」
「あれだけの群れがいたのは稀よ。 きっと何か大きな自然災害でもあったんじゃないかしら」
「魔獣の体は瘴気で覆われていて、中心に魔石のコアがあります。ユートさんが拾ったのは中規模の魔石ですね」
さっきの狼って魔獣だった……
真っ黒なのは毛の色だと思ってたが、瘴気か……また新しいワードが出てきたな。
ん……? そういえば気絶する前に出ていた文字とかどっかいったな。
あれについても意味不明だったよな……。
サーバとかアクセスレベルとか。
後でもう一回使ってみるか。
「マリエッタさんも魔法使いなんですか?」
「……ええ、アクランド家の魔法使いよ」
そう言ってマリエッタさんは懐から本を取り出す。
さっきの戦闘で遠目に見たが、近くで見るとしっかりと装丁された本であることがわかる。
大きさは広げた手の大きさと同じくらいだが、数百ページはある分厚さであり、深紅のように真っ赤な背表紙を金の模様で装飾された本は年月の経過を感じさせないほど新品のように見えた。
そして、彼女がそっと触れる本の中央には、俺が拾ったものよりも大きく、より透き通った魔石がはめ込まれていた。
「私は、両親からアクランドの原典を継承したの。だから、今は私がこの魔導書の持ち主」
彼女の媒体は魔道書ってことか……
「すごい立派な本だね」
「お姉ちゃんの魔道書は綺麗だよねー」
ノエミちゃんもあこがれの視線を魔道書に向けている。
「当然でしょ。アクランドの誇りなんだから。あなたの魔道書はどうなのよ?」
「いや、俺は魔道書は持ってないよ」
「『えっ?』」
「スペルカードであんな魔法はありえないし……じゃあ、武器に刻んでるのね」
「特定の道具はもってないよ。そもそもさっき初めて魔法使ったし」
「ど、どういう意味で……?」
マリエッタさんはわなわなと震え出す。
「なんか頭で考えてたら発動しちゃった」
「あ、あ……」
「ありえないわーーーーーーーー!!」
そう言い残してマリエッタさんは村の方角へ走り去っていってしまった。
なんかまずかったのか……
魔法についてはまだよくわかんないけど、一般的な魔法の発動の媒体って魔道書なのかな。
「ユートさん……」
さっきまでおとなしかったノエミちゃんがこっちを見てくる。
「お姉ちゃんのあんな姿初めて見ました」
そして、ニコッと天使のような笑顔をする。
「でも嘘は言っちゃダメなんですよ」
グサッと何かが胸に突き刺さったような気がする。
心が……心が痛い……
目には見えない傷を受けながらも、俺たちはトボトボと村へと歩いて行った。
◇
それからしばらくすると、周囲を木製の柵で覆われた集落が見えてきた。
ぽつぽつと木造の小屋が中にあるのも見えるし、ここが村なのだろう。
そのままノエミちゃんについていくと、柵が途切れているところにたどり着く。
ここが入り口のようだ。
入り口にはマリエッタさんと、その横に白髪で杖をついているいかにも代表者のような老人が立っている。
「ようこそポラン村へ、旅人ユート殿。マリエッタから詳しいことは聞いておる。ノエミの恩人であるユート殿を歓迎しよう」