4 はじめてのまほう
「ノエミから離れなさい」
そこには一冊の本を持った少女が立っていた。
腰まで伸びた艶やかな金色の髪、深紅のローブから覗く豊満な身体は育ちの良さを感じさせる。
誰もがうっとりとするような凛とした立ち振る舞いの彼女は、蒼い瞳だけはキッとこちらを見つめていて隙がない。
「そこから少しでも動いたら死ぬわよ」
「あの、何か勘違いをしてるんじゃないで……」
「うるさい、ノエミちゃんにおかしな魔法を使おうとして、言い逃れできると思わないでっ」
確かに今でも俺の目の前には大量の数式やら記号やらが流れ続けている。
ほんとなんなんだよこれ。
「まずはその魔法を停止させなさい」
「停止といっても、何してるのかよくわからないし……」
すると、『イニシャライズ完了』という文字が出てきた。
そのままさらに文字が次々と表示される。
『魔法サーバアクセス』
『アクセスレベル確認』
『レベル1にアクセス』
しかし、それがまずかったようだ。
この表示の変化に何かを感じたのか、金髪の女性は手に持っている本を優しく撫でて、右手を突き出した。
「『ファイアボール』」
彼女の突き出された手の前に小さな炎が現れる。
その炎は徐々に大きくなり巨大な塊になる。
「まさか……魔法?」
俺が呟くと、目の前に文字が表示される。
『魔法:摩素によって引き起こされる自然現象。摩素に記述した通りに発生するため現象への理解が必須。読み込む媒体があれば演算することで摩素に書き込まれる。知性体のみが使用可能』
「演算って……どうすればいいんだ?」
『演算:知性体の意思と無意識で行われる。最低分子レベルでの具体的な指示が必要』
意思があればいけるってことか……あとは媒体か。
そう考えているうちに、巨大な炎が発射された。
幸い、この距離ではすぐにこちらに到達しない速度だが、あれは当たったらマジヤバイ。
「お姉ちゃん、この人は私を助けてくれたの!命の恩人なの!炎止めてぇぇ!!」
状況を理解したノエミちゃんが止めに入るがすこし遅かった……
大きさ的に避けきれない!
てか、さっきの森の炎ってこの人の仕業なんじゃない?
とりあえず、こっちも魔法使わんと止めれない。
壁でも作るか?
壁ができる簡単な自然現象ってなんだっけ……
やばい、思いつかない。
じゃあ…………そうだ、炎を消そう。
燃焼の三条件は、
酸素・可燃物・発火点以上の温度
止めるなら……
あんなにデカいんだし、膨大な量の酸素を消費してるはず。
「ファイアボールの進行方向の酸素を分解」
しかしなにもおこらない。
指示の具体性が足りないか?
ファイアボールの進行方向の酸素すべてから陽子と中性子をひとつずつ放出して窒素に……
そう考えていると、頭に不思議な感覚を感じる。
そして、急に息苦しくなった。
あ、息ができない。身体に力が入らない……
目の前の炎が急速に小さくなっていく。
そして小石ほどの大きさになった炎が右肩をすり抜けた瞬間、俺は意識を失った。
◇
頭に柔らかい感触が当たっている。
暖かい温もりが感じられる。
もう少しこのままでいたい……
いったいどうなっているんだろう。
「んー……」
ゆっくりと目を開いてみる。
そこには蒼色と緑色をした4つの球があった。
「し、しっかりしなさい」
「だ、大丈夫ですか?ユートさん?」
「あ、ああ……大丈夫だ」
俺はなんでこうなってるんだろう。
あ、ファイアボール消そうとして酸素を消して……
進行方向には俺もいるからそのまま酸欠でぶっ倒れたのか……
マヌケすぎるな。
「ちょっと、意識があるならはやく起きなさい」
ああそうか、この金髪の少女の膝に頭を置いてるのか……
名残惜しいが、体を起こす。
「すまない、俺はどれくらい意識を失っていた?」
「ほんのちょっとの間だけです」
「ちょっと! あなた一体何者なの? さっきの魔法はなんなの? 火が自然に消えるなんて初めて見たわ」
「えっと……酸素を窒素に変えたんです。おかげで気絶しましたが……」
「サンソ? チッソ? 何それ、初耳なんだけど」
「やっぱりユートさんは魔法使いだったんですね!」
「ノエミ……この人もしかして王国の魔法士かもしれない」
「いや、魔法なんてさっき初めて使ったから、俺はただの旅人ですって!」
金髪の少女は片膝をつき、頭を下げて言った。
「我が名はマリエッタ・アクランド。ユート様、先ほどは知らずに無礼を働いた、申し訳ない」
「だから違うんだってばーーーー!!」