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2 転移

「……は?」


 俺は目の前の光景に唖然とした。


 さっきまで真っ白な空間にいたせいで目が慣れるのに時間がかかったが、景色が見えるようになっても周囲の状況を理解できないでいた。


 一面の草原、左右を見ても緑一色の風景を都会暮らしで見ることはめずらしい。


 俺はしばらく茫然と立ち尽くしていたが、ようやく声を出せるまでにはなった。


「頭が追い付かない……」


 大した説明もなしに放り出すとか意味が分からない。何をすればいいのかさっぱりわからん。


 ゲームを買ったらまず説明書を隅から隅まで全部読んでから始める俺にとってこの仕打ちは苦痛でしかない。


「ココハドコ? ワタシはダァレ?」


 呟いてみるが返事はない。本当になにもないまま、この世界に放り出されたみたいだ。


「はぁ……これからどうすりゃいいんだよ」


 異郷の地どころか異世界、頼れる知り合いもいない、その事実を受け入れると気分が落ち込んできた。


 だが、落ち込んだことで頭も少し回るようになってきた。


「まずは生けるために衣食住を満たす必要があるか。まぁ、服は元の世界で着ていたままのようだし、ひとまずは大丈夫だろう」

「あと、食と住だよな。食……」


 食のことを思い出すと同時に空腹感を覚える。


「そういえばお昼になる前に連れていかれたんだよな。腹減ったなぁ……」


 手持ちの食料はなく、周囲に食べられそうなものはなし。


「うん、まずは食べ物を探さないと飢えでジ・エンドだな」


 そう、人が活動するためにはどうしてもエネルギーが必要になる。これを確保できなければ行動だけでなく、思考にも影響が出始める。


 こうして俺は本日の昼食を調達するために周囲を探索し始めることにした。


 

 ◇



 しばらく草原を探索していると、周囲の木々が多くなっていき、しまいには森と呼べるほど鬱蒼と生い茂っている箇所が見えてきた。


「おっ、果物の木とかないかな」


 木を揺するだけで3個ほど実が落ちてくるやつ、ハチの巣は御免な。


 リンゴとか桃が食べたいなと考えながら再び歩き出した。


 その時、森の中から上空へ炎が舞い上がり、獣の絶叫のような声が聞こえてきた。


「え、何? 何が起こってるんだ!?」


 突然の火、しかも森の中で火の手が上がるなんて滅多なことではない。


 獣の声からすると炎に巻き込まれたのだろうか。火が木に燃え移るとそのうちこの辺りは焼け野原になる。


 そうなる前に、早く離れなくては。


 俺は森に背を向けて離れようとするが、急に森の出口から複数の足音が近づいてきて、2つの影が飛び出してきた。


 その陰の正体は、明るい水色の髪の少女と一匹の真っ黒な狼のような生き物だった。


 少女は大きなかごを背負いながら狼から逃げるように走っていたが、子供の足では大した速度は出せず、どんどん狼との距離が詰まっていっている。


 彼女は俺に気づくと息をあげながら助けを求めてきた。


「た……たす……けて」


 蚊の鳴くようなか細い声だったが、俺に届くには十分だった。


「おいゴルァぁ! てめぇ、なーに子供に手ぇ出してんだ!」


 近くに落ちてあった大きな石を持ち上げながら大声で威嚇すると、狼は一瞬こちらを金色の瞳でじっと見つめて唸り声をあげたが、すぐに少女を追い始めた。


 より捕らえやすい獲物を選んだようだ。


「チッ」


 一連の動作を見た俺はすでに動き出していた。


 全速力で狼の進行方向へ走り、少女と狼の間に強引に割り込む。


「無視すんじゃねぇぞ この……獣畜生が!!」


 狼は己の邪魔をした獲物の周囲を回りながら狙いを定める。


 緊張で汗が頬を伝う。


 勝算がないわけではない。


 だが、どう見てもこちらが絶体絶命なのは明確だ。


 俺はどうしてこの子を助けたのだろうか……


 わからない、けど何か確信めいたものがあった。


 この娘の姿に見覚えがあった。初めて見たはずなのに……どうしても守りたくなるような面影があった。


 だから、俺は……。


 狼が後ろ足を強く蹴って飛び出してくる。


 獰猛な牙は急所である首を狙っていた。


 あまりのスピードに反応が少し遅れる。


 その遅れはこの距離では致命的なものだった。


 間に合わない。そう悟ったとき、不意に目の前の狼が消えた。


 そして、コロコロと小石のように小さく、虹色の結晶が胸にあたった。


「いってぇ」


 強い衝撃に後ろに吹き飛ばされ、地面にしりもちをつく。


 助かったことに安堵し、何が起きたのか確かめようと顔をあげると、そこには一人の少女がいた。


 すべてを呑み込むような真っ黒な髪が右目を隠し、身体に張り付いて一体化しているようなドレスは肩と腰の部分のみを露出している。


 さっき助けた娘ではなかったが、彼女にも俺に既視感を感じていた。


 彼女は水色の髪の娘をじっと見つめると、呆れたように話しかけてきた。


「見つけたわ、こんなところで何をしているのユート? あの娘は彼女ではないわ」

次話は明日の0時に投稿予定です。

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