序3
ここは導王の国フォンタナ王国にあるロキムという濃い緑の森林に囲まれた街
細い糸の様な雨が降る中、街の片隅にある酒場の屋根つきテラス席に目をむける。
全身をスッポリと覆う程、裾の長いフード付きのマントを身に纏った人物が座っていた。
この人物の前にある卓上には手付かずの果実酒の盃が置かれている。
どうやら竪琴を手にしている所をみると、吟遊詩人の様である。
この詩人が唄うのは約150年前の英雄賛歌。
伴奏が難しいので今では唄う者は少ない…‥、しかし…‥子供達等には人気のある古い歌。
朗々と流れる声から、詩人が男性らしいとわかる。
…‥彼は不意に何かに気付き、歌の途中だというのに手を止めた。
詩人の視線の先には、継ぎ接ぎだらけの服を着た10歳にも満たないであろう少女がいた。
彼女はたった今、雨宿りをしに店先に飛び込んできたのだった。
青みを帯びた少女の銀髪は、櫛や飾りで整えれば美しくなるであろうとわかる程の輝きと艶があった。
「雨は体に悪い」
詩人は竪琴を椅子に置くと少女のもとへと歩み寄った。
彼は懐から取り出した小さな布で彼女の髪から雨の雫を丁寧に拭うと、自分の身につけたマントと同じ様な生地の布を何処からともなく取り出し彼女の肩に掛けた。
布を取り出す時に見えた彼の髪は、この国では珍しい暗い紫色をしていた。
少女は彼の顔を見上げたまま呆然と立っていたが、彼が笑いかけると我に返ったかのようにペコリと一礼をした。
「足元は雨で滑りやすい、気を付けて行くのだよ」
少女は彼の言葉に頷くと、再び町中へと消えて行った。
「汝の行く末に幸いあれ…‥」
紫髪の詩人は少女の背に小さく祈りの言葉を投げ掛けると先程の席へと戻っていった。
「…‥我儘と頼み…‥か。
僕らにとっては…‥そのくらいの楽しみが無いとね。」
彼はそんな彼女を見送りながら誰かに語りかけるよう静かに呟いた。