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続   魔王が生まれた日

「で、君は人目も憚らずあんな場所で何をしていたんだね」

 白髪まじりの髪に年季の入ったメガネ、こけ気味の頬は精悍と見るより疲れがみてとれる。一目で歩んできた人生が並のものではないと誰もが察するような相貌をしていた。

 現在、ノーマンはオルツ魔法学院の南塔にある研究室にいた。

 衆目の的となり始めていた彼を落ち着かせるための処置だった。

 彼は安物の椅子に腰をかけクルリと回るとノーマンの前に筒のような物を差し出した。

「……エグゼさん、これ何ですか?」

 エグゼと呼ばれた男性は「何だそんなことも知らんのかね」としたりと笑うと筒のような物を手渡してきた。

 ノーマンはいぶかしげに受け取ると視線を落とした。


「――コーヒーですか? これが?」

「その通り。筒上部にあるつまみ――プルタブと言うんだがね、それを起こすと穴が空いて中身を飲めるようになっている」

 

 エグゼが手本として実際にノーマンの前でつまみを起こして筒に穴を明ける。カシュリと小気味のいい音と共にコーヒーの香りが僅かに漂ってきた。

 そのまま口をつけて筒を傾ける。


「……随分と変わった造形の水筒ですね。小さいですし、これだと開けてしまうと穴が空いたままになってしまいます」

「それが目的なんだよ。つまり使い捨て、というやつだ。手軽さを限りなく追求していけばその経過でそういう発想に行き着くのは想像に易いだろう?」

「はあ……。そんなものですかね。拙者――じゃなくて俺の故郷ではそんな発想が出てくるほど物資が豊かではなかったので」

「おや……、一人称を戻すことにしたのかい?」

 

 興味深げに訪ねてくる。

 ノーマンは答えずに不貞腐れたような表情を作るとプルタブに手をかけ筒に穴を空けた。実際に自分の手でやってみないと分からないものだが、プルタブを起こした時になるこの音が癖になりそうな妙な気味のよさを持っていた。一口含む。

 味は思っていたよりもずっと良かった。

 それを見てエグゼは口の端を緩く釣り上げると「成程ね……」と呟いた。


「結局駄目だったようだ」

「拙者――、俺はまだ何も言ってないんですが」

 それに乾いた笑い声で返すとエグゼは続けて言った。

「言ってないも何も、その態度と無理に変えようとしている一人称で充分じゃないか。傍から見ていた私としては中々に興味深くはあったけど、君は少々加減を知らなんだ。……まあそれでも途中まではいい線は行っていたんじゃないかな」

 

 その言葉を聞いたノーマンは一気に跳ね上がった。


「え、本当ですか! やっぱりそうですよね! 拙者いけてましたよね! てか今でも充分いけてる……! ククク、やはり間違っていなかったのだ……」

 

 その様子をエグゼはすこぶる白い目で見ていたのだが、自分に酔いしれているノーマンが気付くはずもない(気付けているようならここまで病状が悪化しない)。

 そもそも二人の付き合いは奇妙奇天烈な行動を取り続けるノーマンに、オルツ魔法学院で教鞭を執っていたエグゼの研究の対象として眼に留まったことがきっかけだった。

 それが故にエグゼがノーマンの行動を諫めることはまるでなかったのだが、こうも頻繁に発病されるといい加減、食傷気味だった。

 エグゼが溜息をコーヒーで流し込もうと残りを胃に流し込んでいると、研究室の戸が軽く叩かれる音がした。


「――ん、入りなさい」


 一瞥もくれず空になった筒を乱雑とした机の上に置いてそう言った。

 その声に従うように扉が開かれる。

 そこには髪をショートカットに整え、小奇麗な給仕服をまとった優しげな印象を持つ少女が立っていた。

 少女は研究室に足を踏み入れると、エグゼの前まで来て紙束を差し出した。


「ああ、資料の整理が終わったんだね。君は仕事が早い。優秀で助かるよ」


 相貌を崩すエグゼに給仕服を来た少女は可憐に微笑むことで答えた。

 男が十人いたら十人全員が見惚れてしまう。そんな笑顔だった。

 そんな笑顔を向けられていれば、エグゼとさほど親しくない者でも二人の関係を勘ぐってしまうのが人の性。

 多少なりともやっかみを受けるのも仕方がない。

 しかし、間が悪かった。

 ここには必要以上に勘ぐって。

 必要以上にやっかんで。

 必要以上に異性を意識しまくっている男が一名存在した。

 名をノーマン・アベレールと言った。


「エグゼさん」


「ん、なんだねノーマン君」

「すっごい美人ですね」

「ん、ああ。そこの子のことだね。確かに可憐だよね。初めて会った時は僕もビックリしたよ」

「ふふ、ふふふ」

 ノーマンは突如こもった笑い声を上げ始めた。

 エグゼが眉をひそめる。

「一体、どうしたと――」

「貴様あああああああああああああああああああああああああああ!!」

「うわ、なんだね!?」


「見損なったぞエグゼ・ルシオール!! まだ成人に満たないこんな清楚で可愛くて美しくて将来有望な女性を給仕という大義名分で奴隷のように扱い『い、いやです……』と涙ながらに訴える彼女に『ぐへへへ(以下自主規制)』と下卑た笑みを浮かべつつ非常にけしからんこと仕出かそうとしたな度し難いなんとも度し難いぞエグゼ・ルシオオオオオオル! かくなる上は貴様を殺してこの子は拙者が預かって二人で一緒に暖かい家庭を築いてやるわあああああああああ!!」


「落ち着いて、ノーマン君。一から十まで妄想とやっかみが混じった君の脚色だから。最後に至ってはただの願望じゃないか」

 

 エグゼが宥めようと試みるも妄想の中の将来をシュミレーションし始めたのか鼻の下が伸び始めている。非常に気持ち悪い。この点も彼が異性にモテない要因の一つとして言えるだろう。

 エグゼはここ数カ月で一番の溜息をつくと頭を左右に振った。

 そんなノーマンを見て思うところあったか、エグゼの傍らに控えていた給仕の少女が一歩前へ出てノーマンに微笑みかけた。

 それに瞬時に気づき意識を現実を取り戻したノーマンは「……ふっ」とニヒルに笑い顔の半分を手で覆った。

 

ノーマン監修カッコイイポーズ

    ~気になるあの子もイチコロ篇~ より

       第三十二の型 『溢れ出るカリスマ』

 

 ――が見事に決まっていた(本人の中では)。


「……安心して下さい。僕はあなたの騎士。遠慮など不要なのです。あなたはただ命じればいい。け、そして、勝て。――と」

「出会って数分の子にいつ騎士の主従契約を結んだんだい……」

 エグゼが堪らず突っ込んだ。ノーマンは爽やかに笑い質問を受ける。

 ――そんなの決まってるじゃないですか。

「この子が僕の前に現れたその時からだ……。契約は――、そう、運命という気まぐれな妖精が施していきました」

「ストーカーの新手の犯行動機かな」

「覚悟、やー」

「うわ、何するんだ」

 突然襲いかかって来たノーマンを飛び退くように躱した。

「貴方の悪事もこれまでだ。大人しくしていれば苦しせずに楽にさせてやろう……」

「はあ、これだからキの字は……」

「安心しろ峰打ちだ。僕は殺生をしない」

「え。君が持ってるの角材でしょ?」

「…………僕の右手――、『ヴォーパルハンド』は手にした物質はなんでも斬れるようになる――」

「その理屈だと結局峰ないよね」

「………………」

「黙った」

「とりゃー」

「うわっと!?」

 

 反論に困り、取りあえず襲いかかるノーマン。

 エグゼは上半身をひねって避ける。真っ直ぐ心臓目掛けた突きだった。やはり峰は関係ない。殺生をしないと言いながら確実に仕留めにかかる――。

 騎士と言うよりはチンピラが正しい。


「はあ……。落ち着いてよノーマン君。僕はまだ君に伝えていないことがあるんだ」

「往生際が悪いぞエグゼ・ルシオール。大人しく蜂の巣になるんだっ」

「メッタ刺しにするつもりだったのかい、しかも角材で……。大したサイコっぷりだよ。とにかく聞きなさい。これは君の為でもあるんだ」

 

 言うとエグゼはゆっくりと給仕服をまとった可憐な少女を指差した。

 ノーマンもその指先の対象に視線を移す。


「……? 我がスウィートリトルエンジェルプリンセス、通称SLAPに何があるというんだ?」

「……天然で言ってるんだとしたら、それはもう一種の才能だよね君」

「……ふっ」

「不敵に笑うとこじゃないから。流石に頭が痛いよ」

 エグゼが大きく溜息をついた。


「……その子ね、――男だよ」

 

 疲労混じりに伝えられたはずのその言葉は、雑然としたこの一室に静かに響き渡りゆっくりと溶け込むように消えていった。

 そして、数瞬の間の後。

 この部屋、オルツ魔法学院南塔考古学科第十七研究室にて嵐は起こった。

 ノーマンの行動は迅速で的確だった。

 

 突きつけられた言葉を脳が理解するよりも前に可憐に微笑み続ける少女(仮定)の前に迫る。この間約0.2秒。

 少女(願望)の局部へ手を伸ばして探ること0.3秒。

 信じられず少年(疑惑)のスカートを下着ごと引っ張り中身を確認する暴挙に出ること0.5秒。


 絶叫が木霊した。


「エレファンっっっ!!」

 

 彼の者は倒れた。この一秒間で起こった嵐は、彼の者の愛と希望と下心を根こそぎ奪い去ってしまったのだ。

 その一連のやり取りを辛うじて肉眼で捉えた白衣の男、エグゼ・ルシオールはしわが寄る眉間を抑えつつ、無造作に一冊の本を放った。


「本当にこれが――、ノーマン君だっていうのかな」


 放られた本の内容は遠い異国に伝わる古代の言葉で『イロアス』。

 彼が解析した結果――、英雄を示す言葉だった。

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