魔王が生まれた日
おかしい。こんなはずじゃなかった。計算外予想外想定外。
晩夏。オルツ魔法学院を無事卒業した生徒はすぐ迫り来ている初秋から一端の魔法士として世へ渡っていく。
当然今頃の新卒魔法士達は新しい職務の確認やら部屋の整理やらに追われて忙しい時期のはずだった。
しかし、今ここに一人の例外がいた。煤けた紫のローブをはおり、黒いローブを固く握り締めながら四つん這いになって打ちひしがれている青年。
魔法の素質を認められた子どもがこのエスボスニア大陸中から集められ、その才を開花させていく国境なき学び舎。
――オルツ魔法学院。今から丁度七年前、そこに一人の少年が積年の努力の末、見事入学を果たした。
少年は様々な夢を、この学院に描いていた。
綺麗な女の子と懇ろな仲になりたい。
むしろ出来すぎて自分を取り合うようになってくれることが望ましい。
そして彼女達にこう言ってやるのだ。
「やれやれ、俺は俺のものであって、お前らのものじゃ、ないんだけどな……」
格好よく低い声で。ワハハハ。
端的に言って、少年はあまり、頭の具合がよろしくなかった。
一応、努力は欠かさなかった。
毎日トレーニングは欠かさなかったし、勉強だって学院に入学してからも怠らなかった。毎朝鏡の前に立って身だしなみを整えたし、服装の着こなしだって研究をしていた。
どうすれば格好よく見えるか。
どうすれば魅力的に振る舞えるか。
鏡の前で費やした時間は鍛錬、勉学と並んで時間を裂いていたと言っても過言ではないだろう。
出会いは沢山あった。
むしろ探し求めて放課後は学校中をパトロールという名目で隅々まで歩き回った。
少年は劇的なドラマを求めていたのだ。
放課後一人佇む少女。声をかける少年。儚げに笑う少女は少年にこう告げる。
「私にかかわらないで」
そこから二人を中心として、陰謀渦巻く、運命の歯車は回りだしていく――
……何を妄言吐いてるだ、こいつは。
少年の夢を覗く者がいたら、口を揃えて一笑するかもしれない。
だが、何が悪い。
夢を見て、何が悪い。
その為に少年はここに来たのだ。
――地位、名誉、才能、美貌(重要)。
全てを兼ね備えた者達が集うという、まさに夢のような条件が揃えられた空間に、なんの奇跡か入学を果たせて、
……夢を見るな?
笑 わ せ る な !
口を大にして言いたい。
これで『やれやれ、俺は毎日をまったりと平穏無事に過ごしたいぜ』とか言おうものなら、今すぐ退学届けを提出してどこかの樹海で一人モノノケと戯れているがいいさ。さぞ楽しかろう。
少年は野望(色欲九割九分)に燃えていた。否、萌えていた。
――待ってろまだ見ぬカワイイ子ちゃん。すぐさま僕にぞっこんキュンキュンにしてあげるからねっ!
こうして少年の野望に満ちた学園生活は幕を開けたのだった。
そして月日は流れ、現在。
……既に、ご察しかと思われるが、一応結論を述べよう。
駄目だった。
夕日を前にして佇む少女に必死になって取りすがった結果、少女が抱える問題とは別の事件となって、少年は処罰された。
女性のコミュニティ特有の陰湿ないじめの間に割って入ろうとしたが、被害者が増えただけだった。
生徒同士が今まで学んだ魔法の成果を誇示し、しのぎを削り合う法王杯では、弱小チームに編入され、ジャイアントキリング的な展開を夢見て燃えに燃えまくっていたが、回ってきた役回りは『かませ犬』だった。
年に一度開かれる学祭では秘蔵の企画をクラスに提示し賞賛を受けたものの、少年の能力では力が及ばずに途中で頓挫しかけ、結局クラスの立ち位置を悪くするだけだった。
「なぜだああああああああああああああああああああああああ」
再び絶叫がこだまする。
もうすでに少年とは言えない見てくれの者が行うにしては、正気を疑われるものだったが、現在の彼の心境は、そんなものを気にする余裕はなかった。
再三いうが、努力はしたのだ。
先述したように自分に磨きをかけることは怠らなかったし、結果はともあれ、行動力だって人一倍示したはずだった。
……彼の知るよしもないことだが、そんな彼に惹かれていた人物は少ないながらも存在したのだ。
何故知るよしもないことなのか。
それはその後の彼の迷走に原因があった。
自分を磨いてるはずなのに誰も惹かれてこないことに、焦った少年は今度は個性に注目した。
考えてみれば周りは優等生やら天才やら、その土地で神童、怪童、麒麟児、ワンダーボーイと持て囃された者達ばかりが集っている場所なのだ。
ちょっとお洒落をしてちょっと勉強が出来たからって注目を浴びれるはずがないと。
しかも魔法の才が乏しいとあってはなお難しい。
実際、少年の狙いはそこまで的外れのものではなかった。
その当時人気を集めていたライバル(少年視点)は、態度こそ粗忽者だが根は優しかったり、普段怠け者だが有事では並々ならぬ実力を発揮したり、ボケをかます友人に的確なツッコミを入れていたり、良く分からないが伝説の剣の継承者にいきなり選ばれたり、何故だか不明だが女生徒が男子生徒を奴隷とか称してイチャコラし始めたりと、色々特殊な境遇、個性を持ち合わせ、それを上手く全面に押し出していた。
これに目を付けた少年は自分のキャラ(個性)というものの強化に走った。
どう考えてもキャラの強化=自演なので悪手極まる頭の煮えた下策なのだが、前述してある通り、少年は頭の具合がよろしくない。故、気づくことはなかった。残念。
少年のキャラの強化はまず言葉遣いから始まった。
まずは一人称を『僕』から『俺』に変えた。
が、あまり反応が良くない。
少年は『俺』という一人称も誰もが使っているのでインパクトに欠けるせいであると解釈したが、よくよく考えてみれば、どちらかというと『僕』の方が最近となっては稀少なのだが、彼に気づけというのも酷か。
そして少年の一人称は僕から俺、俺から俺様、俺様から我へ、最終的に拙者へと変わることになるのだが――
当然、周りの反応は芳しくなかった。
また内面も徹底的に強化した。強化というよりライバルたちの模倣といった方がこの場合は正しいのかもしれない。
つまり。
粗忽者で怠け者を装いつつ、事件が起きていないかと目を光らせ、学友同士の会話の中でボケが発生しようものなら割り込んでツッコミを入れ、腰には伝説の剣と称した模造刀を携え、女子生徒は――、正直どうしようもなかったので『少年にしか見えない妖精が付き纏って困っているぜ』といって繕う形でキャラの徹底強化がなされたのだった。
――いや気づけ。何故混ぜる。
すでにこの時点でキの字一歩手前なのだが、非常に可哀想なことに、更に少年はオリジナリティにも走り出してしまった。
右手は何か宿っていることにしたし、左手からは要塞級の結界を無詠唱で展開できるような気がしていた。瞳には全ての攻撃を見切る天眼が開いてしまった。最終的には『両腕に尋常ならざる力を宿し、超常を視覚で捉える目を持ち、ガルーダに伍する脚力を持ちながら飛行能力まであり、ピンチなると覚醒する』という形で落ち着いた。
……だいぶ人間を辞めてしまっている。
現実は残酷だった。
本人はいくらそういう風に気取っていても、少年の期待する有事が起きない限り普段は言動は粗忽な上にサボってばかり、その割に突然会話に割り込んできて厚かましく揚げ足を取る。謎の何かと会話しだしたと思えば、「く、静まってくれ!」と定期的に体のパーツの異常を訴える。どう考えても近づいちゃいけない人だった。
まあ、仮に少年の期待するような事件・事態が起きたとしても『かませ犬』に出来ることなどありはしないのだが。そして気がつくと七年の月日が流れていたというわけである。
今日が、最後のチャンスだった。
魔法士になる過程を全て終了した者には、その証として黒いローブを学院長から一人一人に進呈される。
見習いの色である紫からから一歩踏み出して、新たな門出と共に今まで過ごしてきた仲間と惜別の時を迎えるこの学園物小説でいう最終回的なイベント。
涙ながらに友人達と別れ、
「ここで過ごした日々を俺たちはきっと生涯忘れることはないのだろう……」
とかそれっぽいモノローグを残して、それぞれの道を歩んでいく。
その傍らには優しく微笑むヒロイン達の姿が――
あったはずだった。
「な、納得できない……!」
これ以上ない努力を積んできたはずだ。巷では脱力系、草食系だの騒ぎになっているようだが、あんなものはポーズだ。
斜に構えて『俺、がっついてませんよ』と気取っているだけなのだ。
その内に宿る下心はきっと拙者と大差がないはずだと彼、憤怒。
なぜ、あいつらには振り向いて、自分に振り向かない!
「まさか……」
疑問、嫉妬、焦燥、動揺が入り混じり懊悩とする彼の脳裏に、天啓が下ったかのようにある事実が浮かび上がった。
彼はついぞ敵うことなかったライバル達の姿を思い浮かべる。
次に窓ガラスに移る自分の姿へと目を移した。
「――そう、いうことか……!?」
たった今彼の中で露見した驚愕の真実が彼の心を深く貫いた。
彼が気づいた事実、それは……
※ただし、イケメンに、限る――
神に愛されり者、つまり魔法の才のあるものは容姿が整っている。
彼はプロローグでどうでもいい、と略してしまい気づきもしなかったが、それは女性だけという話ではない。数こそ少ないものの、男性であってもそれは同じことだ。
彼の容姿は取り分け醜男というわけではない。
だが環境で考えてみたらどうか。
周りは女性なら頭に絶世のとか、傾国のとか付きそうな美人揃い。
男性なら精悍なとか、水も滴るとかつく者達ばかり。
そんな環境に置かれた場合美意識の平均が大きく上昇してしまうのは無理もない。
総体的に彼の持つ容姿は平均以下に位置することになってしまったのだ。
今思い返せば伏線(?)はいくつもあった。
ライバルたち女子生徒に声をかけた場合は――
「ん、何? また何か企んでるの?」と、朗らかなのに対し、
彼が声をかけた場合は――
「…………あ?」だった。
他にも失敗して落ち込んだ時、ライバルたちには激励がとばされ――
彼に飛んできたのは攻撃魔法だった。
「ふふふ……」
意図せず彼の口から笑いが溢れる。
呻きに近いドロリとした笑い声だった。
今までの自分の行動が羞恥となって襲いかかり見えない手が首を絞めてかかるようなそんな錯覚すら覚える。
堪らず彼は叫びだした。
「嘘だああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「やかましい!」
すぱーん。
「バカな!」
背後からの一撃に、彼は地に伏した
彼の名はノーマン・アベレール。
この物語は普通と平均を足したような名前の彼が、とある宿命を思い出すまでの喜劇のようなものである。