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続続続 俗見るバカと、泣かない少女 

 少女が目を見開いてノーマンの左胸を見ている。

 この不審極まりない挙動をとるノーマンに、かの名門の出である証が刻まれている事実があまりにも意外だったのだろう、少女の足は完全に止まっていた。

 それを見たノーマンは絶望の淵から我に返る。

(――はっ。よ、よく分からんが、チャンスだ!)

 すぐさま脱ぎ捨てたローブをひらりと羽織ると、上体を捻りながら傾斜させて人差し指を額に突かせて体勢を整えた。

 深い意味はない。


「ふん、バレてしまったか……。ならば仕方あるまい。いかにも、俺こそがかの誉れ高き魔術の名門、オルツ魔法学院『杖技術科』第230期卒――。名をノーマン。ノーマン・アベレールだ覚えておくがいい!!」


 少女はさらに目を見開くとノーマンの言葉を拾った。


「え、230期卒……!? え、じゃあお姉ちゃんと同じ――」

「お姉ちゃん――!?」


 ノーマンが即座に食いついた。

(……ふむ、つまりこの女の子には姉がいて、オルツ魔法学院に反応した上で「お姉ちゃんと同じ――」と言った。そしてお姉ちゃんがいる(再認識)。ここから導き出される結論は――)


「成程。どうやら君にはオルツに通う姉がいて、この秋を230期卒業生として迎えたというわけだな……? そして姉がいる」

「――!! な、何でそのことを……!?」

「ふん、君の言葉から推察しただけだ……。何、これくらい造作もないことだよ」


 本当に全くもって造作もないことを偉業のように語った。


「……、流石オルツの出……」


 少女は本気で感心しているようだった。

 ……どうやら少女も少女で頭が芳しくない様子だ。


「ふふ、ふふふ。い、いやあ、まっつぁくもって、大したことではないんだけどな、高々オルツの出というだけだよ。全然、もう本当大したことないだがな! ふふ、ふふふふ」


 珍しく賞賛された彼は彼で調子に乗り始めていた。

 学習しない男である。

 しかし、ノーマンのこの上機嫌ぶりには、もう一つのある思惑が隠されていた。

 先ほどからしきりに、無駄に強調にしている「姉」という単語。

 ――それに全てはあった。

(流石にこの年の女の子にプッシュかけるのは、いささか問題というか、倫理的にアウトだからな。バレ次第で前科ついてしまう……。しかし、この子の姉というなら話は別だっ。どうやら同い年らしい上に、美少女揃いのオルツ卒……。しかもこの可愛い子の姉ときている。これは確実な期待が出来るぞ――)

 ドロドロな思惑だった。


「はぁ……。スゴいんですね」


 しかし、ノーマンがそんな下劣な思惑を浮かべているとは知る由もない少女は、ただ嘆息を漏らす。

 その様子を見たノーマンは眉をひそめた。

 その息がただの関心からくるものだけではなく、どこか暗い感情がこもった重たいものに見受けられたからだ。

 事実、少女の浮かべる表情もどこか浮かない顔をしていた。


「……どうか、したのか?」

「――え?」

「いや、急に溜息をついたと思ったら、そんな物憂げな表情をしているからな。その恰好のこともあることだし、何かあったのかと気になってな……」

「い、い、いえ。そんな……。申し訳ないです……」

「君はなにも悪いことはしていない。謝ることはないだろう。むしろ謝らなければならないのは俺の方だ……」


 少女は言われて、先ほどのやり取りを思い出したのか、一瞬ビクりと肩を震わせた。

 基本、自分の利益になりそうな人物、及び見目麗しい女性全てには極力優しく接するのがノーマンのモットーとはいえ、これには関係なしに心を痛めた。

 珍しく謝罪の言葉がついて出る。


「……警戒されるような真似をして済まないと思っている。しかし、俺は本当に怪しい者ではないんだ。信じてほしい」

「い、いえ。私の方こそ申し訳ないです」


 ノーマンの詫びを受けた少女は慌てたようにわたわたと手を振った。


「出会ったばかりのアベレールさんのこと、疑って逃げようとしたり『きもい、ぶん殴っちゃえ』とか思ったり、本当ごめんなさい――!!」

「いやいや、だから謝るのは俺の――」


 ……ぶん、殴――?


「――ゑ?」

「――え?」


 数秒の沈黙。


「あ、わわわ。今私なんてことを――!? 違くって、い、いえ、といいますか、私何も言ってないですっ!」

「でも今――」

「言っていませんっ。何もっ」

「そうなのか……。――いや、でもやっぱり」

「言ってないんですぅ――!!」


 目を回して慌てる少女。握り握り拳を作って力いっぱいに否定する。

 その仕草に嗜虐心が芽生えると、「どれ、もう少しつついて見るか」と再度問いただそうとした時のことだった。


 ――ビュオ。


 ノーマンに耳に風切りの音が届いた。

 それが何か分からず眉をひそめると、少女の真横に生えていた苗木の上半分が消し飛んでいることに気が付いた。

 いつの間にか突き出されていた少女の拳からは湯気が出ているは気のせいだろうか。

 ノーマンは言葉を失った。

 対する少女はギュッと目をつむって小刻みに震えていたが、はっと我に返ったように丸い目を開くと、突き出した己の拳と不自然にカッティングされた苗木を交互に見た。

 やがて少女はバツの悪そうな顔をすると、大きく深呼吸をし始めた。

 落ち着いたのだろうか、少女は毅然とした表情を作ってノーマンを見た。


「……私はここから少し離れた学院に通ています……。オワタ学導院――。アベレールさんもお聞きしたことがある名前なのではないでしょうか――」

「――!?」


 何事もなかったように語り始めた。


「いや、おい。今のは――」


 ぎゅっ――

 少女は拳を握った。ノーマンは黙った。


「――私はそこの五級生として通っているのですが、私ってあんまり成績がよくないんです……。それこそ同級生のみんなと比べたら、お尻から数えた方が早いくらいで――。本当お恥ずかしい話です……」


 少女が申し訳なさそうに目を伏せた。

 活発的な面を見せたと思えば、すぐに反転して自身に閉じこもる。

 少女の語った内容は今一つ要領を得ないものだったが、どうにも会話そのものが不慣れな印象を受ける。

 五級生――。

 歳にして、おおよそ十歳から十一歳の年頃の少女が会話に慣れていない。

 その事実から、これから少女の語るであろう内容が決して明るいものでない事は想像に易いものだった。

 少女は降りだしの雨を思わせるかのような口調で、ぽつぽつと語り始めた。



「――私、いらない子なんです」



 

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