光翼の教団とは
イワン曰く、光翼の教団とは、近年この国に台頭してきた新興宗教らしい。初代聖女は生きていること自体が奇跡の人だった。彼女はある日、忽然と姿を消してしまったらしい。教団がどんなに痕跡を辿ろうとしても彼女を見つけることはできなかった。その失踪の神秘性も相まって、最近では信者の数が急増しているのだとイワンは言った。
「聾唖の、生まれつき手足の不自由な少女が一人で何の痕跡も残さず消えるなんて、あり得ない話だ。誰かが手引きしたと考えるのが普通だが、その可能性はないことがわかった」
「どうして?」
「まず、それだけ目立つ人間の失踪には複数の人間の手が必要だが、何の目撃情報もなかった。関所にも出入りの記録がなかった」目撃者の一人も出さず、関所も通らず国外に出ることは不可能、とイワンは言った。
「教団ぐるみで存在を隠匿している可能性もあるでしょう?或いは…」邪魔になって消されたか。殺して、ばらばらにしてどこかに埋めたとか?という言葉を飲み込んだ。物騒で、生臭い話だ。でも、人一人の姿を消す魔法のような方法なんて他にない…はずだ。
「当然その可能性も考えたが、旨味がない。今でこそ、その神秘性に惹かれ信者が急増しているが、想定外だったはずだ。教団のシンボルとして彼女ほど都合の良い人物は他にいなかっただろうしな」
あぁ、確かに。外部からの情報を生まれつき見聞きできない、一人では歩くこともできない彼女はうってつけの傀儡だっただろう。
「今の聖女様とは大分イメージが違いますね」ぼそっと俺は呟き、どこか冷めた顔をした少女の姿を思い浮かべた。彼女は敬虔な信者の姿とは程遠かった。
「ああ、聖女に会ったのか」
「まぁ」
「初代聖女は黒髪、黒い瞳の持ち主だったんだ。あと、今の聖女は予言者の資質があるらしいな」
「予言…ですか?」きな臭い話だと思った。
顔に出ていたのかもしれない。イワンは苦笑いした。
「よく当たるんだ。予言なんてスキルはないから、今では聖女の再来と言われているよ」
「へぇ。それが本当なら、凄い話ですね!」
「半信半疑だなー」
そりゃそうだろう。神話にしろ、教典にしろ、脚色がされてるものだ。全てを鵜呑みにするのは危険だと思う。
「師匠は信じてるんですか?」
「いんや、全く。建国史にしろ教団にしろ、腹の足しにもならないだろ?山羊が世界を救うとか、聖女の御技で人が生き返るとか、ご都合主義なことが実際あると思うか?将来的な全体の幸福より個人の目先の生活のが大事。必要なものだとは思うけどな」
信仰で腹は膨れない、とイワンはあっさり否定した。あんた、俺がここに来た当初、教団に俺の身柄を押し付けようとしてなかったか?
「確かに山羊が神獣様なら、ピエールに跨がる師匠にはとっくに天罰が下ってますよね」
同調するようにピエールが「めぇー」と鳴いた。