『底』
俺は人生の『底』に居た。
周りは薄暗く、夢も希望もない。大抵の人はここが人生の『底』であるならば、あとは登っていくしか無いという考えに至る。俺もその例外ではなかった。俺は、その背中に生えた真っ白な『翼』で出口に向かって飛び立とうとした。しかし、俺が飛びだった瞬間『底』だと思っていたものは消えてなくなり、俺は『底』の向こう側へと墜落していった。俺が『翼』だと思っていたものもだだの肩甲骨に過ぎなかった。
俺は墜落感のなかでただただ後悔した。何故あのとき無駄に飛び立とうとしたのか、何故無理矢理無茶をして確率の少ない成功を目指そうとしたのか。ただただ慎ましく暮らしていれば自分がそこが『底』だと思いながらも普通な幸せを普通に得られていただろうに‥‥と。それはまるで家計が火の車なのにも関わらずギャンブルでお金を増やそうとするようなものだ。今は分かっていても、あのときはまるで分かっていなかった。当たり前のことなのに‥‥と。
俺が今この瞬間いくら過去のことを後悔しても無駄なのである。なぜなら俺は今、死に向かってただ一直線に落ちていくだけなのだから。
俺が本当の人生の『底』に辿り着いたとき俺は絶望した。本当の『底』の向こう側にあったのは冷たく無情で無慈悲な『死』だった。『死』はまるでこっちに向かって手招きをしているようだった。
彼は本当の人生の『底』の闇の中で考えた。『死』が目の前にあるというのに俺はいたって冷静だった。
〔もう俺の背中には『翼』はなく、肩甲骨しかない。壁を登っていく筋力も精神力も無い。ならばいっそのことこの『死』に向かって突き進むのはどうだろう、もしこの『死』を乗り越えたならばこのさきの人生のいくつかの重要な選択肢も間違えずに選択できるのではないか、もし『死』を乗り越えるうえで死んでしまったとしたら、そこまでの男だったと考えればいい。とても勇気のいることだがその勇気はいわゆる『無謀な勇気』とはまるで違うのだ。だからなにも『死』を怖がることはない。『死』に飛び込んでいこう。いまなら肩甲骨だと思っていたものも『翼』に思える。さあその『翼』で『死』に飛び込んでいこう!‥‥‥‥‥‥。〕
とかなんとか適当に理由をつけて俺は自殺した。
とある事業に失敗したうえに株に手を出して失敗したのだ。
中途半端な高さなビルから飛び降り自殺を試みたのだ。
だが中途半端な高さだったのが幸いし、俺は一命をとりとめた。
俺が目を覚ましたとき俺は真っ白な部屋に居た。広さは学校の教室程、周りにはさしあたって物はなく、あるのはトイレとベッド、それと街が見渡せる一畳ほどの窓があるだけだった。
俺は最初この真っ白な部屋が死後の世界と勘違いしていた。
そんな考えを頭の中にめぐらせていると。前の壁の向こう側で重々しい機械音がしたと思うと、大きな音の中、真っ白な部屋の壁が今開こうとしていた。
To be continued‥‥‥‥‥‥‥‥‥