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第一章(3)

話を区切るところが難しい……

 レイとアジェスタがエレベーターを降りて社長室に向かうと、扉の前に警備軍の兵士が二人立っていた。その他廊下にも数人配置されている。


「レベル3の体制を解除する。全員通常任務に戻れ」

「はっ!」


 アジェスタの命令で、その階にいた兵士は全員下がった。

 通常、社長の護衛はレイとアジェスタの二人。そしてこの階に敷き詰められた数々の防衛装置がこなしている。彼らの内どちらか一人がいない時はレベル1体制を、二人ともいない時はレベル2から3の体制をとり人員を配置するのがパターンだ。

 今日は即時解決が求められたため、急遽二人ともが出動になった。


「社長、ただいま戻りまし……」


 先にレイが扉を開けると、正面に配置された机に座る男と目が合った。太陽のような金色の髪に金茶の目。アジェスタより少し年下か、と思われる顔が驚きに見開かれている。

 手に、クッキーを持って。


 それを見た途端、レイは一歩左に避け耳をふさぐ。一拍遅れて、ガウンッという銃声が部屋に木霊し、クッキーが男の持っている部分を残して消えていた。

 男は笑顔のまま凍っている。


「よ、よう、お早いお帰り……だな」

「即時解決を社長たるお前が求めたからな」

「は、ははは、さっすが俺の直属護衛。いや~すごっ……どわぁ!」


 このレオエリアで最も権力を持っている男。レオカンパニーの若き社長、ジョシュア・シゼルディは言い切る前にのけぞった。彼の目の前にあった菓子袋の山と机に、二発目の銃弾が撃ち込まれたからだ。


「俺は、戻ってくるまでにそこの書類を片付けておけと言ったはずだな、ジョシュア」


 地の底から響くような低音で、アジェスタが銃を構えたまま言う。ジョシュアはレイに助けを求めるような目を向けたが、レイはビナーと一緒に首を振って答えた。

 仕事をサボってお菓子を貪り食っている方が悪いのだ。どうせできていない仕事はレイ達に回ってくるのだから、報いは受けてもらいたい。


「ちょ、ちょっと待てアージェ! 俺も別に仕事をしてなかったわけじゃないぞ」

「どの口がほざく? 耳障りだから撃つ」

「だから待てぇ! 口がないと演説もできないから。俺の口は武器の一つだから!」


 表情を変えないまま殺気だけを膨らませたアジェスタに、ジョシュアは必死の形相で手を振った。確かに、ジョシュアの武器は狡賢い頭と逃げ足、そしてよく回る口だと思う。なくなれば少しは損失になるだろう。


「変な報告が入ったんだよ。ほら、これ見ろ」


 ジョシュアがアジェスタに投げたのは書類。おそらく報告書の類だと思われる。

 アジェスタは目を通したかと思うとこちらへ放り投げた。レイは上から読み進めていくにつれ、眉間に皺が寄るのを自覚する。


「スコーピウスエリアの軍?」

「そ、何かレオエリアで目撃情報が多々あるんだよ。スコーピウスカンパニーの社長がレオのリゾート地にお忍びで来てるっつぅ報告は受けてたから、その護衛かと思ったが、最近じゃここ、首都レグルス付近まで来てるって話だ」


 社長らしからぬ顎を机に置いた怠惰な体制で、ジョシュアは面倒臭そうに言った。


 スコーピウスエリアとは、レオエリアと違い東大陸にあるエリアの一つだ。レオカンパニーと同じく、かつては兵器産業で全盛を誇った企業が筆頭で統治している。そのため、向こうは何かと敵視し張り合ってくることが多い。

 今回のお忍びの来訪も、バカンスではなく敵地視察が目的だろう。


 それに対して、ジョシュアは『ほっとけほっとけ。海越えて喧嘩売ってりゃ、その内資金も尽きて自滅するって』と言って、民衆に被害が出ない限りはのらりくらりと昼行灯だ。

 本当に本気で面倒臭いだけかもしれないが。


「さすがにアポもなく首都まで来られては迷惑だな」

「そうなんだよ。それにな、ゾスマ平原で何か一回ドンパチやったらしいんだわ」

「うちの軍とですか?」

「いんや、情報によると〈どこにも属さぬ者(ノーウェア)〉だ」


 身を起こしたジョシュアの目には真剣な光が宿っていた。同時に、レイとアジェスタの目もスッと細くなる。


 この世界で確固たる地位を築いているのは、全部で十五。

 東西十二のエリアと北大陸のポラリス国。次に、レイの第二の故郷とも言える場所。三つの大陸に挟まれたデルタ海域と呼ばれる海にある島、オフィウクス島の私兵・暗殺者養成施設ラス・アルハゲ。そして、聖獣教と呼ばれる宗教団体だ。

どこにも属さぬ者(ノーウェア)〉はそれらの配下にない。まさしくどこにも属していない人間のことだ。


 結成がいつかは知らないが、その存在が日の目を見たのは、レイがラス・アルハゲからレオエリアに来る直前。二年前のことだった。

 レオエリアと同盟関係にあった隣接エリア、ヴァルゴエリアが〈どこにも属さぬ者(ノーウェア)〉によって襲撃された。被害にあったのは、ヴァルゴエリアが保持していたレクイエム・ウェポン〈マルクト〉。まだ奏者の決まっていなかったそれが、彼らによって盗まれたのだ。


 それからというもの、〈どこにも属さぬ者(ノーウェア)〉はエリアに関係なく襲撃をしている。主に聖獣に関する研究所や、聖獣の血を受け継ぐ混血児が収容されている施設だ。

 隔世遺伝で生まれる混血児は、エリアによってはモルモットにされている所もあり、時に〈どこにも属さぬ者(ノーウェア)〉は正義のヒーロー扱いとなっている。


「うちは俺の代になってからちゃんと承諾の上で混血児の研究させてもらってるし、給料も払ってるから今までは大っぴらに襲撃はなかったわけだけど……さすがにエリア内で暴れられるのはなぁ。それもスコーピウスの奴らとだぜ。関係ないじゃん、俺ら」


 レオエリアは機械関係に従事しており、聖獣の研究は今のところあまり盛んではない。やっていても非合法な研究は禁止で、月に一回、ジョシュア直属の査察団が研究所を見て回っている。

 それが功を奏しているのか、未だにレイ達は〈どこにも属さぬ者(ノーウェア)〉と出会ったことがなかった。


「双方の目的は何だ?」

「さぁね。スコーピウスが一ヶ月前に〈どこにも属さぬ者(ノーウェア)〉にまたやられたらしいからその復讐か、うちの中で問題を起こしたいのか、もしくは……」


 ジョシュアはテーブルに肘を着き、組んだ手で口元を隠した。


「俺らの知らない間に、うちに何か厄介ごとが入り込んでるか、だな」


 すでにジョシュアの目にはふざけた色は微塵もなかった。仕事をサボるわ、おかしな企画を思いつくわで、時々、会社全体から疎まれている社長だが、決して能無しではない。

 この若さでレオエリアのトップに立っているだけはあり、的確な判断力と邪魔な敵を木っ端微塵に潰していく頭は持っている。


「ビナー、お前何か感じない?」

『わ、我か?』


 ピリピリした空気にたじろいだのか、フードから耳の垂れたビナーが顔を出した。落ち着かせるようにレイが腕で抱くと、彼は甘えるように擦り寄ってくる。

 生まれて間もなく天災で死んだせいか、ビナーは何年経っても意識が子供のままだ。


『上手く言えないが、その……前より強い気配となつかしい気配がたくさんするぞ』

「強い気配となつかしい気配?」


 要領を得ない言葉にレイが聞き返せば、ビナーは少し困ったように身じろいだ。


『我と似たような感じだ。それに、強くてなつかしいのが混ざってる……』

「〈どこにも属さぬ者(ノーウェア)〉がいるなら、〈マルクト〉を持っている可能性があるな。それか?」

『分からぬ……嫌な感じではない、けど…………』


 アジェスタの言葉にもビナーは小さく首を振るようにして答える。自分でも感じている気配が曖昧なのか、言葉が尊大なものから本来の口調に戻りかけていた。

 姿のせいで舐められないように、と常に言葉を大仰なものにしているビナーだが、内面は寂しがり屋で甘えん坊なことをレイはこの二年で見抜いている。

 宥めるために背を撫でれば、彼はパーカーに鼻先を突っ込んできた。落ち着くらしい。


「どっちにしろ、聖獣たるビナーが何か感じてるならほっとくことはできないか」


 社長室に常備されているビナー用の玩具を弄りながら、ジョシュアはレイに目を向けた。その鋭さに、自然と背筋が伸びる。


「レイ、レグルスを中心に数日近くの町を見て回ってくれ。もちろんビナーも連れて。帰ってきたばっかなのに悪いな」

「いえ、仕事ですから」


 命令されれば従う。それが、レイがこの会社でやるべきことだ。


「ビナーは、レイを何か感じる方向に連れてってやってくれ。頑張るんだぞ」

『うむ、任せろ!』


 立ち上がったジョシュアは、近づいてくるとビナーの頭をぐりぐりとなでた。次いで隣にいるアジェスタにも目を向け、先程まで怯えていたとは思えないほどの毅然とした態度で命令を下す。


「アージェは各地から送られてくる情報をまとめ、それぞれ防衛と対策の指示を出してくれ。場合によっては特務部隊の出動もお前に一任する」

「分かった」

「よし、んじゃあレオエリア行動開始、ってな!」


 左の掌に右拳を打ちつけたジョシュアは、勢いよく社長室の扉を開けた。颯爽と歩き出す背を見やり、レイとアジェスタは同時に同じ行動を取った。


「社長、どさくさに紛れて逃げないでください」

「残っている仕事をさっさと片付けろ」


 カチリ、と二丁の拳銃がジョシュアの後頭部に当たる。鉄の冷たさよりも冷ややかな二人の声が社長室に響いた。


『ジョシュア、ちゃんとやった方が良いと思うぞ』

「はい…………」


 ビナーにまで窘められ、脱走常習犯たるレオカンパニーの社長は両手を上げて項垂れた。



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