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第一章(2)

 西大陸に存在する六つのエリアの一つ、レオエリア。その統治を中心的にしている筆頭企業は、シゼルディ精密機器産業株式会社。

 通称レオカンパニーと呼ばれている場所がレイの職場だ。


 男を拘束し、あとをレオの警備軍に任せたレイは一足先に会社へと戻ってきた。バイクを止め、凝った腕をぐるぐると回す。

 仕事用の高性能かつ丈夫な特注バイクだが、如何せん大きい上に重い。十七という年齢の割にかなり小柄なレイは、他の者より多くの腕力を使うのだ。


 駐車場から専用のIDカードとパスワードを通して三つ扉をくぐると、そこには巨大企業に見合った空間が広がっていた。

 一階から三階までは吹き抜け、ガラス張りの壁は採光も景色も見事だが、それら全てがマシガンで一分ほど撃たれても皹で留める防弾ガラスだったりする。

 行き交うスーツ姿の社員達。その中でレイの長いパーカーにジーンズというラフな格好は目立ったが、誰一人として止めようとも諌めようともしない。


「お、護衛君。薬取り戻した? あれ開発したばっかで数少ないんだよね」

「ああ、もう研究所に戻ってるはずだ」


 一人の社員がレイに声をかけると、そちらを見ないまま答えた。

『護衛君』。時々レイはこう呼ばれる。

 レオエリア筆頭企業レオカンパニー社長、ジョシュア・シゼルディの補佐官兼、直属護衛。それがレイの肩書きだ。もうここに就職して二年になる。そしてそれは、パートナーを得た年数とも重なるのだ。


『レイ、実体化させろ』


 あの甲高い声が聞こえそちらを見ると、肩に乗っていた黒い子犬がぴょんと飛び降り、目に見えてその色を濃くした。同時に、チャッチャと床を弾く爪の音も木霊する。


『わ、あぁ』


 だが、数歩進んだところでそれはよろけた。生後一ヶ月以内に見える彼は、足元がおぼつかないのだ。


「ビナー、ほら」


 レイが溜息をつきながら手を差し出すと、よたよたしつつも手に乗った。そのまま後ろのフードへと入れてやる。先程とは違い重いが、これだけ小さいとあまり気にならない。


『我を子ども扱いするな。レイよりずっと長く生きてるぞ』

「その大半はこの中で寝てたんだろ」


 レイは腰につけた漆黒に光る銃をポンポンと叩いた。

 レクイエム・ウェポン〈ビナー〉。それがこの動物の、いや武器の名前だ。


 記録も残らない遥か昔、この世界に存在していた人語を解する獣達、聖獣。

何 かしらの天災で絶滅した彼らが、鉱物化した化石として見つかったのはおよそ二百年前のこと。

 当初は歴史的発見として研究されていた化石。だがある日、一人の研究者がその鉱物が特殊な力を持っていることに気づいた。それは聖獣そのものの力。当時の兵器の力を遥かに上回る、絶大なエネルギーだった。


 考古学として研究されていたはずの化石は、やがて科学兵器としての研究がなされるようになり、百以上あった国の権威者達は次々に聖獣の化石を求め、武器として作り変えた。

 聖獣の全体化石から作り上げられた物はレクイエム・ウェポン。一部分しか残っていない化石で作られた物がノクターン・ウェポンと名づけられている。


 他の武器と違ったのはその力だけではない。これらの武器、特にレクイエム・ウェポンは元となった聖獣の意志を明確に持ち、使い手を選ぶ。ビナーもそれだ。

 普段は聖獣が選んだ使い手、〈奏者〉と呼ばれる者にしか見えないが、奏者と聖獣がお互いに望めば実体化し、他の者にも見える。食事もすれば寝ることもある。ほぼ生前と同じ状態で現れるのだ。


 だが現存数はレクイエム・ウェポンで十。ノクターン・ウェポンで二十二とあまりに少ない。それは、この武器を使った大規模な戦争が起こったからだ。


 強大な力を持つ武器を使った戦争は激動を極めた。歴史上最悪な死者数。地殻変動に大気汚染。生物兵器と生態系の変化によるモンスターの出現。ありとあらゆる事象が起こり、それでも戦争はなかなか終わりを見せようとはしなかった。


 百年程続いたそれは、九十六年前に〈終末戦争〉という大戦を経て終結したが、勝者はいない。

 国の大半はレクイエム・ウェポンによる攻撃で消滅か自滅。残っていた国も戦争を続けすぎたせいで疲弊し、その権威を失った。


 今現在、世界には三つの大陸と大小さまざまな島がある。その内、国と呼べるのは北大陸にあるポラリス国のみ。西と東にある巨大な大陸は六つずつ分割して統治されているが、それは国ではなく〈エリア〉と呼ばれている。

 というのも、国が権威を失った後、路頭に迷った民衆を支えたのが資金や技術を持った企業だったからだ。

 無論、綺麗なお金というわけではない。大方は戦争の際に拵えた金だ。

 レオカンパニーとて、今は精密機器産業だが、戦争時は兵器産業だったのだから。


『レイ、どこに行くんだ?』

「社長室だ」


 レイは直属護衛ということもあり、仕事机は社長室にある。補佐官の役割を果たす時はそこが仕事場だ。時間のある時は警備軍の訓練に付き合ったりもするが、報告もかねて一度は戻らなければならない。


 社長室への直通エレベーターに乗り込んだレイは、専用の鍵を取り出し、見た目は普通の壁に見える場所へと差し込む。軽く回せば壁が回転しタッチパネルが現れた。そこに専用カードと十六桁のパスワードを打ち込んだ時、閉まりかけたエレベーターのドアを一人の男が引き開けた。


『アジェスタ!』


 ビナーが名前を呼んだことにより、男はレイを見下ろした。小柄なレイと大柄な彼では、双方共に真上と真下を見ることになる。首が痛い。


「アジェスタさん。事後処理は?」

「粗方終わった」


 片手でドアを開けたのは、先程軍用ヘリに乗っていたスーツ姿の男。黒髪に灰色の瞳を持つ彼は、表情を変えずに淡々と言葉を発した。

 レイはパネルに現れた社長室の階を押すと、ちらりと隣の男を見上げる。


 彼の名前はアジェスタ・エンフィールド。年齢は『一応、二十七だ』と聞いた。レイと同じく社長直属護衛で補佐官。立場的には上司や先輩に当たる。社長のジョシュアとは旧知で、彼が十歳、アジェスタが十二歳の頃から護衛を勤めていたらしい。

 しかし、アジェスタという男の詳細は不明だ。十二歳以前の経歴はどこを探してもなく、未だに名前以外はほとんど分かっていない。怪しいことこの上ない人物だが、短い付き合いのレイも信頼を置いていた。彼の戦闘の腕はあまりに突出しているのだ。


「アジェスタさん、今日使ったのはエリザベートですか?」

「いや、ヴィクトリアだ。エリザベートは多少じゃじゃ馬だからな」

『銃に性格があるのか?』

「というよりは、癖のようなものだ」


 そう言って彼が背広の隙間から見せるのは六発入りのリボルバー。しかも、本来は飾るためのアンティーク銃を改造した物だ。そのフォルムと細工は見る者の目を楽しませるが、実戦に用いて通用する物ではない。

 だが、彼はそれでヘリからトラックのタイヤを撃ち抜いた。


 レイは密かに溜息をつく。ヴィクトリアとエリザベート。銃を改造している時に彫ってあったのでそのまま使っている名前らしいが、特に傑出した銃ではない。弾を装填しなければ二丁合わせても十二発で終わる武器。けれど、レイは未だにアジェスタに勝ったことがなかった。

 レクイエム・ウェポンである〈ビナー〉を使ってもだ。風の噂によると、アジェスタの実力は奏者以上だとか。


(どうやったらこんなに強くなるんだ?)


 チンッという軽い到着音を聞きながら、レイは言葉を飲み込んだ。聞いたところでアジェスタも首を傾げるだけだろう。彼にとっては当たり前の強さなのだろうから。


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