第一章(1)
砂埃と土煙。そしてそれに混じって飛び来る銃弾。バイクのハンドルを右に切り、灰色の髪と長い黒のパーカーを風に玩ばれながらレイは一つ舌打ちした。
(まだ武器を持ってる奴がいたのか……)
目の前を走る二台のトラック。郊外に出たとは言え、公共の道をスピード限界状態で走っている。
幕のかかった荷台からは、きらりと鈍く光る銃口が二つ。
断続的に発射される弾丸を、最小の動きで回避しながらレイは思案する。
二台の内、後ろの一台は人質として薬品研究所の所長が乗せられている。銃を持っているのが二人。運転手が一人。対して前のトラックには、運転手と盗まれた薬品が三ケース。
(とりあえず人質優先だな)
研究員の話では、人質になっている所長は若いながらも様々な薬に精通した研究者らしい。所長の代わりはいるが、それほどの研究者の代わりはなかなか出てこない。彼を失うことはレオエリアの損失になるということだ。
レイは小さく溜息をつくと懐の銃を抜いた。一発わざとトラックの上部に向けて発射する。アイスブルーの目が睨みすえるその先で、銃弾に気づいた犯人が荷台の幕を跳ね上げた。銃口と犯人を確認したのはほんの一瞬。
その一瞬に、レイは引き金を二度引いた。銃声と同時に荷台で上がる赤い飛沫。幕の向こう側に、身体をのけぞらせて倒れこむ二人の犯人と、怯える人質の姿を認める。
「武器の所持者を始末。後は運転手と人質のみです」
雑音の混じる通信機から報告すれば、抑揚のない声が返ってくる。
『確認した。二台目はこちらで持つ。一台目の運転手を捕縛。奪われた薬を回収しろ』
「了解」
上空をバイクやトラックを追うようにして飛ぶ軍用ヘリ。その扉が開けられ、レイと同じように通信機をつけたスーツ姿の男を確認した。
『アマトキ、左に行け』
男が銃を構えるのを見た瞬間、レイは左側にある脇道へとバイクを滑り込ませた。そのまま舗装されていない丘の上の道へと出る。一段高くなったそこからは、併走して走る先程の道がよく見えた。
刹那、一発の銃声と共に後方の一台がスピンした。人質が乗っているトラックだ。
「さすがアジェスタさん」
ちらりとヘリに目を向ければ、先程のスーツ姿の男が銃をしまうところだった。約百メートルは離れたあの位置から、爆走しているトラックのタイヤに当てたのだろう。不安定なヘリに乗っているにも関わらず、見事な腕前だ。
別働隊が二台目を取り囲み人質を保護していく。レイはそれらを確認し、走り続ける一台目のトラックに視線を戻すと一気に丘の上から飛び降りた。木々や岩石の合間から常にトラックを確認しつつ、スピードをさらに上げる。
『レイッ、レイ! 速いぞ! 我が吹き飛ぶ!』
その時、後ろから甲高い、けれど尊大な声が聞こえた。レイは何度目かになる溜息をつきながら、少しだけ目線を後ろへやる。
自分が着ているパーカーのフードに小さな黒い動物の手と鼻が見える。形状としては犬のものだ。
「ビナー。今回お前の出番はないから、実体化するな」
『何だと!? 我はお前のパートナーだぞ!』
怒ったのか、その動物が後ろのフードから肩へと回ってきた。見た目は真っ黒の子犬。けれど瞳は青銀色と特殊な輝きをしており、人語を解することからも普通でないことは一目瞭然。
「だから、そのパートナーが仕事中に吹っ飛ぶと面倒だ。後でお前の好きなミルク買ってやるから、な」
ちょいちょいと片手で鼻をなでてやると、不満そうにだがその形が消失した。
それを機にレイはさらに荒い運転をこなし、滑るように最初の道へと出る。すぐにハンドルを捻り、半回転しながらバイクを止めた。視線の先には、こちらに向かってきているトラックが一台。すでに追い抜いていたあのトラックだ。
レイは無言のまま銃を引き抜いた。八発入りのオートマチック。使ったのは三発で残弾数は五。特に感慨も焦りもなく真っ直ぐトラックに向ける。
トラックの運転席で、犯人の男が驚愕に目を見開いた。しかし引き返す道もない。男は覚悟を決めたようにアクセルを踏んだ。レイを轢き殺すつもりのようだ。
(あと三メートル、二、一……)
タイヤが目標点を通過するその間際、レイは引き金を引いた。銃声と共に、タイヤを撃ち抜かれたトラックが回転しながらこちらへ突っ込んでくる。だがレイは、耳障りな音もトラックも気にせず、その場から動かなかい。
数秒後、辺りはシンと静まり返る。レイの銃は真っ直ぐ右側に向けられていた。正確には、運転席でハンドルを握りながら放心している男のこめかみに。
「投降しろ。お前には色々吐いてもらう」
砂煙の舞う中、男は返事の代わりに脱力した。