初めて二人で出かけた日
土曜日の一時。俺は待ち合わせ場所の本屋の漫画コーナーにひとり佇んでいた。
「ごめんねー。お待たせしました!」
望月が走ってこちらまでやってくる。
「危ないから走るな!」
俺の言葉に望月は駆け足を止めて早歩きになる。
「はあ……。家は早めに出発したのだけど、ここまで歩くときに楽しみすぎてにやけが止まらなくて、落ち着くまでお店の前にいたの」
俺はなんとも言えなくて黙って歩き出した。
「ゲーセンだったよな? どこがいい?」
尋ねると、望月は首を傾げつつ答える。
「音ゲーがあるところ」
「どこでもあるって……」思わず苦笑いをこぼした。
「じゃあ、あそこにしましょう」
望月は俺の前を歩き出す。ゲームセンターにあまり行ったことはないようだが、ここら辺に土地勘があるのはありがたい。俺は全く都会慣れしていないわけではないのだが、新宿駅はわけがわからない。
***
たどり着いたのは、猛者が非常に多そうなゲーセンだった。
「なんで音ゲーがしたいんだ?」
「ええと、流行っているみたいだから、普通の子らしくゲームをしようかなって」
高校生で休日はゲーセンに入り浸る俺としては、あまりこいつにゲーム廃になって欲しくないのだが。
「ここが音ゲーコーナーだよ」
俺が適当な案内板を見て案内してやると、望月は猛者たちの華麗なゲームさばきにビビっていた。
「どうしよう。この人たちに混ざってゲームをするほど私は上手じゃないよ……」
「おしゃれな洋服屋に行くための洋服を持っていないためおしゃれになれない系の理論だな」
俺は望月をリラックスさせようと、軽口を叩く。
「まあ、時間はあるし、ゆっくり選べ」
「うん……」
すると、望月は本当にゆっくりゲームを選んだ。三十分くらいかけて選んだそれは、ポップンミュージック。まあ、やり方は単純だし、初心者向きだろう。
ゲームのチュートリアル(説明)を見て、ゲームを開始する。音楽の指定されたタイミングで数種類のボタンを押すだけだ。
「うわあああ……!」
最初はレベル2の音楽を選択したのだが、それでも望月には難しいらしい。
ゲームは百円で数回できる。望月は今度はレベル1を選択した。
「いいんじゃないか」
まあ、ぎりぎりノルマクリアくらいの結果だった。
そして三回目。レベル1のさっきと同じ曲を選択した。
「よいしょっ、よいしょっ」
望月がゲームしている姿は小学生みたいに純粋だった。
そして四回目。
「え! まだあるの!?」
望月は初めてのゲームでさすがに疲れたのか、嫌そうだった。
「田宮くん、やっていいよ!」
「え!」
俺は困惑する。……仕方ない。
ええと、あんまり上手にやりすぎても望月は落ち込むだろうから、難易度は上げたほうがいいだろう。だが、レベル10とかにしても望月のコンプレックスを刺激するよな。
俺はレベル4の某ロボットアニメの主題歌を選択した。
結果は望月よりはよかったが、正直納得はいかなかった。初めてやったゲームの出来に俺は首を傾げる。
「すごいねえ」
望月の褒め言葉に、俺はますます首を傾げた。
「なんだかなあ」
「百円で四回もゲームができるなんてお得だよねー」
ぽーっとした顔で言う望月に俺は説明を加えた。
「ゲーセンによって回数は違うぞ。ケチなところは三回だったりするし、難易度もゲーセンの客層によって変えられている」
「へえ!」
望月は感心したように頷いた。
その後俺がゲームをしているところを見てみたいというので、一階に向かった。普段は射撃ゲームやビデオゲームの階に俺は出没するが、ちょっと引かれたら嫌なので、無難に太達にしておこう。
難易度は鬼で、曲は千本桜を選択した。
『50コンボ!』『100コンボ!』『500コンボ!』。可愛らしいアニメ声が騒がしいゲーセン内の音にかき消えていく。
『フルコンボ!』
最後のアニメ声に、望月は感嘆の声をあげた。
「わあ! すごい!」
これにして正解だったようだ。
もう二曲ゲームをして、俺たちはその場を後にした。
「あのさー、地下一階のビデオゲームって何?」
壁の案内図を横切った時に望月は尋ねてきた。
「テレビ画面でやるゲームみたいなやつ。俺は好きだよ」
「へえ。やれば良かったのにー」
「家にも同じゲームがあるからゲーセンでやっても意味ない」
「家のいわゆるテレビゲームと一緒なの?」
望月の目がキラリと輝いた。
「じゃあ、じゃあ畳とテレビとコントローラーでやるのね!」
望月が何を言っているのかわからないので、俺はちょっと考えた。
「まあ……」
俺んちはリビングというよりも居間だから、畳っちゃ畳だけど。
「地下一階に行こう!」
「何で!?」
「ゲームセンターに畳があるなんてすごい!」
望月の発想は今日もズレにズレまくっていた。
「いいけど、畳は期待するなよ。いや、俺んちは畳だけど。ちなみにゲームは家のと同じだが、ゲーセンのビデオゲーム機は何十万単位でするから、俺んちにはないぞ」
結局、俺はビデオゲームのプレイも披露した。やはり慣れているゲームの方が楽しかった。
ただ、望月がゲーム画面を見るために顔をかなり近づけてきて、鼓動や脈拍が穏やかじゃなかった。
その後、俺たちはアニメイトに行く。
「田宮くんってさー、好きな子いるの?」
その言葉に、俺はぎくりとした。
「なんで?」
「いや、ササちゃんのことが好きなのかなって」
笹塚かあ……。
「え? 本当に?」
望月は慌てたのか驚いているのか、わたわたとしていた。
「えー。まじかー」
全くもって似合わない口調で、溜息を吐く。冗談めかしてはいるが、笑い気味の顔はへこんでいた。
「いや……恋愛の意味でだったら……違うけど」
自分でそう言っていて、嘘なのかな、と思った。笹塚のように明るくて頭の良い言動の可愛い子には少なからず好感が持てるからだ。
「でも、可愛いとは思う?」
「…………」
俺が勘弁してくれ、というメッセージを込めて黙ってみても、望月には通じない。
「まあまあ、まあ、まあ、まあ」
うんうんと頷きながら、それだけ返す。
望月はそれ以上は何も言わなかった。
「あ! 東方のクリアファイルがあるよー!」
望月の明るい声に、俺の方も愛想笑いを浮かべる。
「買うのか?」
「買わなーい! 学生はお金がないからねっ」
その後、ほとんど俺が見たいものを見て回った。望月はそこまでオタクじゃないのだろう。俺が様々なアニメキャラクターのグッズを眺めるのをニコニコしながら見ていた。
グッズを一通り見終えて外へ出るとき、望月は一生懸命ドアを押すが開かなかった。
「あ、それ内開きって書いてあるぞ」
その瞬間、望月は顔を真っ赤にした。
外に出てからも、望月は謝ってきた。
「ごめんね。私といると、どうしても保護者になっちゃうね」
しゅんとした様子の望月に、俺は無愛想に告げた。
「保護者といえばさー、俺の家にニートの叔父さんがいるんだよ。小学生の時は避難訓練の迎えでよく学校に来てくれていたなあ」
「うそッ!」
「嘘です」
にやりと笑うと、釣られた望月も笑った。
「他に行きたいところあるか?」
尋ねると、望月は遠慮がちに希望を述べた。
***
「ワッフル、美味しい!」
望月の希望でテイクアウトのワッフル店に行った。望月はプレーン、俺はチョコレート味のワッフルを店の前でむしゃむしゃ食べている。
望月の食べるスピードが結構速いので、俺も食べるスピードを上げた。連れの男より女の子の方が食べるスピードがあんまり速いのもどうかと思うし。
「美味しいねっ」
微笑みかけてくる望月に俺も頷く。
「悪くはない」
食べ終えたら、もう夕方と言っていい時刻になっていた。ちょっと早いが、夕食も家でとることだしもう帰ったほうがいいだろう。
「――――今日はありがとねー」
電車の中で望月は俺に礼を述べた。
「とっても楽しかった!」
その真っ直ぐな言葉と笑顔に、俺はふい、と目を逸らす。
「……俺も」
『飯田橋ー。飯田橋ー』
「え? 田宮くん、今なんて?」
「ほら、着いたぞ!」
俺は無理やり望月を降車させた。
「またな! 気をつけて帰れよ!」
そう言いい終えたか終わらないうちに電車のドアが閉まった。
俺は一人の車内がなんだか居心地が悪くて、別の車両に移動した。
※参考
pop'n music KONAMI
太鼓の達人 ナムコ(現バンダイナムコゲームス)




