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ゲームオタクとエイリアン

「田宮くんって羨ましい」

 帰り道、突然そんなことを言ってきたのは、ほかでもない望月だった。

「なんで?」

「学年七位で頭もいいし、誠実でみんなから信頼されているし、よく滑るけど面白いことを言おうとしていてサービス精神豊富だし」

「そうでもないよ。よく滑るのは本当だけど」

 俺の返しに、望月は神妙な面持ちで告げた。

「私ね、みんなみたいに君のことを非常に信頼しているの。だから正直言っていいのかわからないけれど、言おうと思う」

 俺はごく、と唾を飲み込む。告白か? そりゃあ望月はよく俺に話しかけてくるし、俺のことを信頼しているんだろうなとは思う。

 でも、俺に惚れている素振りは一切合切ない。

 告られたらどう答えればいいのだろうか。

 いや、望月のことはもちろん嫌いじゃない。

 可愛いし、手をつないだりキスをしたりするのが生理的に無理ってわけでもない。

 素直で愛想のいい性格も好みだ。

 だが、会話が通じない。意思の疎通が取れない。これは付き合う上で致命的だ。

 常識もなくてとろいから、一緒に出かけた時には俺が様々なことをフォローしなければならないだろう。

 それって俺が、父親と母親と恋人の三役をこなせなきゃいけないってことじゃね?

「とりあえず、なんだよ?」

 俺はこれ以上考えるのを放棄して、望月の話を聞くことにした。

「私ね、エイリアンなの!」

「………………うん?」

 俺は予想外の言葉に、望月の言葉を聞き返す。

「私の場合の主な特徴は、空気が読めなくて、常識がなくて、注意力と落ち着きがないの。感覚器官にもズレがあって、味オンチだし、耳の聞こえなども鈍感なんだよね。耳が悪いわけじゃなくて、脳の機能に偏りがあるせいなの」

 確かにそれは俺も思っていたことだ。自覚していたんだな。

「……でも、エイリアンってお前が思っているだけじゃね?」

 俺が言葉を選びながらそれだけ返す。望月は軽く笑って首を横に振った。

「私、アスペルガー症候群とADHDを併せ持つ、障害者なんだ」

 入学式の日に、望月は『僕の妻はエイリアン-高機能自閉症との不思議な結婚生活-』を読んでいた。

 よくは知らないが、高機能自閉症とアスペルガー症候群は、ほぼイコールで結ばれるものらしい。

 あの時から俺は、望月の核の部分に触れていたんだ……。

「引いた?」

 望月が上目遣いで顔色を窺ってくる。

「引いてないよ」

 俺はそれだけ答えた。気の利いたことが言えればいいのだが、思いつかない。

「よかった」

 望月は笑った。その瞳は潤んでいて、コンプレックスとか、どうしようもない不条理への悲しみとかが混じっていた。でもひねくれることさえ許されなかったのだろう。望月の生き方は真っ直ぐだ。失敗を恐れずに、前に進んでいく。

 俺の生き方は真逆だ。失敗して学んで、成長して様々なことが怖くなる。怖いという気持ちがわかるから、他人の痛みも一応は理解できる。

 でも、望月の瞳だけは、俺に似ていた。

 コンプレックス、不平等への悲しみ、そしてそれを隠して笑っている。

「俺さ、不登校だったんだよ。中二の途中から中三の一年間」

「……うん」

 望月はそれだけ言って何も言わない。そりゃあそうだ。何を言えばいいかわからないもんな。

 俺もそれ以上は何も言わない。望月は観念したように口を開いた。

「私も不登校だったよ。家庭環境とか、学校環境とかが普通じゃなさすぎて、怖くなっちゃったの。小学生の時は通常学級に在籍していたけれど、中学時代に障害児クラスに入って周りがとても騒がしくなって……」

 望月はふう、と溜息をつく。

「不登校ってそれだけで自分に自信がなくなると思う」

「うん」

 俺は頷いた。その通りだと思ったからだ。俺なんて、みんなに迷惑をかけてばかりだった。

「でも」

 望月は微笑んだ。

「私が自分の障害を話しても、田宮くんは引かなかった。それですごく楽になったんだ。私でも、ちゃんと友達が出来るんだって思った。田宮くんにはそんな力があるんだよ。だからそういう自分をもっと認めてやるべきだよ」

「買いかぶりすぎだ。俺は、お前が思っているほど誠実じゃないし、臆病だ。結構とろいところもあるし、世間的に見ればオタク気質で変人だよ」

 俺がそう言っても望月は微笑んでいた。

「私は田宮くんの全てを知っているわけじゃない。悪いところもきっとあるんでしょうね。でも、田宮くんはちゃんと優しい。だから、みんな田宮くんが好きなの」

 俺は望月に笑顔を返した。褒められても全然嬉しくない。だってそんな言葉だけじゃ自分に自信は持てないから。

 でも。

 望月の言葉はどうしてこんなに真っ直ぐなのだろう。

 それがおかしくて、癒されて、ちょっと笑ってしまったのだった。

 俺が笑ったことが嬉しかったのか、望月は頬を朱色に染めて俯きがちに微笑んだ。

「田宮くん、ありがとね」

「はは、なにが」

 脈絡のないお礼に俺はちょっと吹き出す。

「うん。感謝したくなって」

 その綺麗な笑顔は、望月の空気が読めないなどの短所を帳消しにしてもお釣りが来るほど美しかった。

「田宮くん、ゲームセンター行こう!」

「……うん?」

 あれ、もう話題変わったの?

 戸惑う俺に望月は説明を付け足す。

「今度のお休みに、ゲームセンターに二人で行きましょう」

「…………」

「……ダメ?」

 不安げに顔を覗き込んでくる望月。

「いや、いいけど。唐突だな」

 俺の言葉に、望月は不思議そうな顔をした。

「普通はどうやって誘うの?」

「例えば、俺だったら『ゲーセン好きなんだよねー』って言って、相手が『俺も好き』とか『面白そう』とか好意的な反応だったら『○日、一緒に行かね?』って展開にするけど、『へえ……』とかあんまりいい反応じゃなければ誘わない」

「そーなのかー」

 望月の返しに、俺は吹き出した。

「お前、東方好きなの?」

「え? アレンジとかは好きだよ。原曲も何曲かよく聴くものがある。可愛いよねー」

 朗らかに返す望月に、俺はちょっとテンションが上がった。

「カパネットにとりって知っているか? あれは最高だよ! ネタがネタを呼び、元ネタ全て理解できなくても面白いし、元ネタを理解できたらできたで面白い!」

「へえ、聴いてみようかなっ」

 望月は爽やかに笑った。

「もうあれは本当に中毒性があるぞ!」

「そっか。そんなに東方が好きなら、今度の土曜日、ゲームセンターだけじゃなくて、アニメイトにも行きましょうね」

 望月の言葉に俺は頷く。アニメイトの東方グッズは正直物足りないが、望月と秋葉原に行くわけにもいかないので仕方ない。

 そんなこんなで、今週の土曜日、望月と二人で出かけることとなった。


※参考「東方Project」同人サークル上海アリス幻樂団

   「カパネットにとり」こなぐすり

   「animate」株式会社animate



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