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フロランタンとキーホルダー

「たみっちゃん! これあげる!」

 昼休みに笹塚に渡されたのは、アーモンドのタルトのようなもの。

「フロランタンだよ! 作りすぎちゃって……」

「ああ……ありがとう」

 俺はちょっと驚くが受け取った。最近、俺と笹塚はよく話すようになった。笹塚は明るく美人でリア充グループに在籍しているが、基本的には真面目なタイプの女子なので、時々オタクの俺と話すことによってリフレッシュしているようだ。

「俺にはないのー?」

 染川のクレクレ要求に対して、笹塚はベエッと舌を出す。

「味オンチにあげても仕方ないもんね!」

「うっせーよ!」

 そこでドッと笑いが起きた。それをよそに、俺は密かに感動する。女子からの手作りを貰う日が来るとは……。

 言っておくが、俺は絶対にイケメンではない。ケータイ小説の主人公は無自覚の美形と相場が決まっているが、俺は体型からしてアウトだ。だから正直、虐められはしてもモテたりはないだろう。

 でも、爽やかな校風の学校を選んだとはいえ、俺でも人並みに学校生活を楽しめているのだから、なんて良いクラスなのだろう。

「ササは料理とかするの?」

 笹塚が俺のことを「たみっちゃん」というあだ名で呼ぶように、俺も笹塚のことを「ササ」と呼んでいる。

「うん。スマホのレシピ見ながらなら大抵作れるよー」

「すげえな」

 微かに口の端を上げて褒めると、笹塚は照れた。

「いやあ、ほんとね、下手だから」

「いや、すごいよ! こんなに料理が出来るなんて、本当に小学生?」上げて落とす染川。

「高校生じゃオラー!」

 笹塚は今日も元気だなー。

 そんな感じで笑い合っていると、ふと視線を感じて窓際のほうの席を見やる。

 窓際の席には、無口でフィンランドと日本のハーフの女子、塚本と弁当を食っている望月がいた。望月はバッと視線を塚本の方に戻したので、俺も気がつかなかった振りをする。

 なんか俺に用でもあったのだろうか。最近は俺も男子のクラスメイトとばかり話しているので、話しかけづらいのかもしれない。でも、俺から話しかけるのもなあ。笹塚は気さくだからいいが、俺は基本的に女子に話しかけるのは苦手なのだ。

***

 放課後になると、笹塚が一番前の席からてこてこ歩いてきた。

「たみっちゃん! 今日みんなでカラオケ行くけど、一緒にどう?」

 誘われて、俺は考えるような仕草をする。今日は金曜日なので委員会がある。班に分かれてから初めての委員会だし、サボったらいい印象はないだろう。

「今日委員会だしなー」

 俺がそう言うと、隣の席の望月が教科書をしまいながら告げた。

「委員会は私も行くし、連絡事項は来週伝える。田宮くんがカラオケ行きたいなら、委員長に『田宮くんは体調不良で帰りました』って言っておくから大丈夫だよ」

 朗らかに言う望月に、笹塚は「ごめんね、ありがとう」と申し訳なさそうに笑う。望月はもう一度微笑んで去っていった。

 でもその愛想の良さが、どこか無理しているように感じたのは気のせいだろうか。

「ごめん。俺、やっぱり委員会に行くよ」

 カラオケの申し出を断ると、笹塚はちょっとびっくりしたように表情を固まらせるが、慌てて笑った。

「そうだよねっ。委員会は大切だもんね! ごめんね」

「いや……」

 謝罪されると逆に申し訳なく感じてしまう。

「また誘ってもいい?」

 上目遣いで尋ねられて俺は頷いた。

「よろしくな」

 こんな美人に誘われて嬉しくない奴はいないだろう。

 そして俺は図書室まで歩き出す。

 委員会に行っても五班の知り合いは望月くらいだし、ちょっともったいなかったかな、なんて考えつつ図書室に入った。

「失礼します」

「あ、田宮くん来たの? えと、来てくれたの?」

 なんかニュアンスを柔らかくしようとして失敗したような口調の望月に、俺は真面目くさった顔で返した。

「委員会は大切だからな」

 見た感じ、委員長以外の生徒はもう来ているようだった。

「田宮くん、だよね?」

 男子の一人が話しかけてくる。百七十センチくらいの背丈に細身、無駄がないながらも柔和そうな顔立ちの優等生っぽい男子だ。

「そうだよ。えーと、お前は?」

「増谷由良。これからよろしく!」

「で、俺は川辺正文」

 今度は長身メガネの理系男子っぽい男が会話に入ってくる。

「田宮くんってツイッターやっているよね?」

「うん」

 川辺の言葉に頷くと、彼は満足げに述べた。

「俺、ガーゴイル。友達だよ」

「まじか」

 これにはちょっと驚いた。ガーゴイルとは中学からのツイッター仲間だったのだ。直接会ったことはなかったが。

「でも、なんで俺ってわかったんだ? 俺のハンドルネームから本名は連想できないだろ?」

「これくらい朝飯前だよ」理系の俺は解析できるのよ、とか言い出しそうなくらい自慢げな川辺。

「そういやお前ツイ廃だったな」現実を教える俺。

「ディスんなし!」川辺は顔を赤くした。

「なんだかよくわからないけど、元々知り合いだったんだね」

 内輪ばなしを始めた俺たちに気を悪くした様子もなく、増谷は爽やかに笑った。良い奴なのだろう。

 女子の方を見やると、望月はにこにことお喋りに興じていた。

「女子の方々、お名前を伺ってもよろしいかな?」

 優しそうな増谷が声をかけると、三人の女子は警戒した様子もなくこちらに近づいてきた。

「じゃあ、みんなで自己紹介しましょうよ。名前とクラスと趣味と部活を順番に言っていきましょう」

 真面目で発想が陳腐ながらも、望月にしては上出来の提案だった。というか、望月の声のトーンや口調が普段より優美な気がする。こいつ、もしかして猫被っている? いや、緊張しているのか。

「いいね」

 望月と同じく真面目な部類の増谷が同調して、自己紹介の流れになった。

「私からね。望月コウミです。一年二組で、部活動は入っていません。本が好きです。よろしくお願いします」

 学年八位の成績を誇る望月は、その可憐さも相まって友達が少ない非リア軍の中では名前と顔と成績だけは知られている部類だ。もちろん、リア充である笹塚の知名度には敵わないけれど。

 男子二名、特に川辺が、望月のその清楚な佇まいにちょっと好感を抱いた様子だった。真面目な男子は真面目な女子に惹かれるのだろう。

「じゃあ次はワタクシが……。増谷由良と申します。一年一組で、望月さんと同じく部活動には入っておりません。あとは鉄オタですね。俺自身は撮り鉄と呼ばれる存在ですが、友達は乗り鉄が多いです」

 増谷の自己紹介が終わると、今度は女生徒が前に出てきた。

「神田島ひさきです。一年一組です。吹奏楽部に入っています。ええと、趣味は料理と音楽です」

 神田島は、望月ほどではないがまあ美人だった。可愛いというより綺麗。大人びた顔立ちにさらさらのショートヘア。女子にしては長身で、すらりとした体躯。内気そうな外見通り顔を真っ赤にして喋っている。俺と目が合うと、途端に俯いてしまった。

「今度は俺が言うよ」

 自己紹介のトリを務めたくない俺は、ごくさりげなく前に出た。

「田宮ヤシロ。一年二組。部活はパソコン部。趣味はゲームと読書です。好きな飲み物はカレーかな」

 カレー云々に関してはあんまりウケなかったけど、周囲の雰囲気はちょっと和んだ様子だった。

「じゃあウチだね! 一年三組、相沢松美です。帰宅部で、趣味はファッションと遊ぶことです。よろしくね!」

 相沢は小学生と間違えてしまいそうなほど小柄で華奢だった。でもこの天使フェイスといたずらっぽい笑顔に好感を覚えない男はいないだろう。長い茶髪は柔らかそうだし、肌も白いし、ハーフみたいだ。

「最後か、やだなー。川辺正文っす。一年三組で、部活は帰宅部。植物や農作業が好きです」

 誠実そうな話し方に、俺はツイッターの雰囲気と違うな、と思った。まあ、俺のほうだってそうか。

 みんなの自己紹介が終わったところでお互いのこわばりも多少解けたのか、和気あいあいと話し出す。

 俺を含めて六人全員が真面目なタイプの生徒だから、サボりが多いとかで委員会が破滅することはないだろう。

 バタバタ、ガラッ!

 慌ただしい音に俺たち全員が、図書室の入口に目を向ける。

「ごめんねー、授業が終わるの遅くて! あら、みんな仲良くなってるわねー、喋っていたの?」

 城山委員長の登場。委員長は俺たちの細かい変化を機敏に感じて微笑んだ。

「はい! 自己紹介をしたんです」

 望月の言葉に、委員長は「よかったわねー」とまるで妹をあやすように言った。

 その後、普通に書架整理をして今日は解散になった。

***

「田宮くんが委員会に来てくれてよかったー」

 下校時、望月が恥ずかしげもなくそう言った。望月は素直なタイプで、なんでも言葉通りにコミュニケーションをとる。だから今回も、「よかった」だけで、「田宮くんが好き」と言うメッセージのつもりではないのだろう。

「なんで?」

 無愛想に尋ねると、望月はカバンからある包を取り出した。俺に渡してくる。

「開けていい?」

 俺の問いに望月は頷く。

 包の中には、いかにもスカイツリーのお土産だぜ! ってデザインのキーホルダーが入っていた。

「この前、スカイツリーに友達と行ってきたの。お土産をなかなか渡す機会がなくて……」

 裏を見ると、五百円(税抜き)と値段が書いてあった。それでも嬉しい。

「ありがとう……!」

「喜んでくれたみたいで良かった」

 ふわりと微笑む望月に、俺のほうも微笑んだ。望月はちょっと驚いた顔をする。そういや、俺は染川とか笹塚とか、ほかのクラスメイトの前ではよく笑っているが、こいつにはちょっと無愛想だったかもしれない。全然話しかけないし、望月の名前だって今まで一度も呼んだことがない。

 こいつといると大変な反面、確かに楽しいのに、あんまりそれを表現できていなかったな。

『飯田橋ー。飯田橋ー』

「もう、駅に着いたから」

 望月はそう言って電車を降りた。

「また来週。よい週末を」

 去り際の望月の言葉に俺も頷く。

「また来週」

 来週の朝は俺の方から挨拶しよう。おはようって。

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