染川と望月とそして俺
今日は染川と望月と俺でカラオケに行く日だ。
前々からこのメンバーで遊ぶと絶対に楽しいと思っていた。
しかし。
俺は高田馬場に待ち合わせの三十分前から来ている。
望月は俺に気を遣ったのか二十分前には、ここに到着している。
今日は三十度越えの五月晴れだ。正直きつい。
「暑いね……」
「そうだな……」
俺は野球帽を被っているからまだいいが、こいつの頭は暑そうだ。
「帽子かぶってくればよかったのに」
「あはは、持ってないんだよねー」
「……買ったほうがいいよ」
「うん。買う。暑いもん」
そんなこんなで、待ち合わせ時刻ピッタリに染川がやってきた。
「おはよう! 望月さん、私服可愛いねー」
染川はよくそんなことを素直に言えるな。
「ありがと! 染川くんの私服も高校生らしくってダサくなくていいんじゃない?」
望月上から目線だなー。まあ、男子の外見の採点が厳しすぎて逆に俺みたいな奴とも付き合えるのかもな。
「そうそう! 今日は女子と遊ぶから頑張って決めてみました!」
染川の返しはやっぱり爽やかだった。
***
今日の受け付けも夏目だった。土日のどちらかはだいたい働いているらしい。
染川とは今まで何度もカラオケに行ったことがある。歌はそこまで上手じゃないが、選曲のセンスはかなりよかった。
ソナーポケット、バックナンバー、ベースボールベアー、グッドモーニングアメリカン。
どれもメロディが耳に残る曲だった。
望月は普通に女子っぽいまともな歌を歌う。ボカロもかなり歌っているが。
俺は、『BadBye』を歌った。やはり早口の歌を歌いきるのは気分が良い。
三時間くらい歌っていて、皆歌うことに飽きたのでしばしの歓談タイムに移る。
「田宮くん! 恋していますかー?」
「え……」
俺は困った。黙秘権を主張したが、二人とも許してくれずに俺の返事を待っている。
「しているんじゃない?」とぽつり。
染川は目を見開いた。
「おお! 誰?」
「いや、アニメのキャラかもよ?」
そこで笑いが起きた。
「へえ、アニメのキャラなんだ」
望月の目が二ミリくらい細まった。ちょっと怖い。
「違うかもよ……」と思わず日和る。
「でも俺、望月さんと田宮くんがくっつくんじゃないかなーと思っているんだよー」
染川は純粋な奴だなーと思った。
***
帰りの電車にて。
染川だけ西武新宿線に乗って帰るので、東西線の電車には、俺と望月の二人だけだった。
「染川くんって優しいね」
望月の言葉は、俺が常々思っていたことだった。
「そうだな。俺と全然違う」
望月が惚れるべきなのは染川のような男だと思う。どうせ俺を幻滅なり飽きるなりで振るなら、早く俺の元から去って欲しかった。
「いや、ジャンルは違うけど、田宮くんもちゃんと優しいよ!」
そして望月が優しく微笑む。
「田宮くんは、臆病だから優しいんでしょう?」
その言葉が心に傷つくという意味ではなく、印象的と言う意味で刺さった。本当のことだったからだ。
「そうかもね」
俺は頷く。この話を終わらせたかった。
「あのさー、手を繋がない?」
「どうしたいきなり?」
俺は驚いた。この前も、告白の時も、そんなに手を繋ぎたいのか。
「ええと、手を繋ぎたくて!」
そんなに手を繋ぎたいんだな。
「……手汗酷いよ」
それでもいいなら、と言おうとしてやめた。いやだろ。普通に考えて。
でも望月は拒絶されたと思ったようでしゅんとする。
「いや、ほんとに」
「い、いいよ! 手汗ひどくっても!」
望月はぱっと右手を差し出した。
俺は迷ったのちに右手を返す。
人に触れたのは久しぶりだった。
しかも異性に触れたのは初めてだ。
ドキドキする。不自然なほど握りかえせない。
望月はずっと俺の手を握りたいって思ってくれているのかな。
そして、俺がこの手を握り返すことができる日がくるのかな。