川辺くん
ある日、川辺と俺は秋葉原に二人で来ていた。
「俺さー、そろそろ望月さんに告白しようと思うんだけど」
「…………んん?」
俺は丸くなった目を川辺に向けた。
「ずっと幼馴染で、色々白黒はっきりさせるのを避けてきたけど、望月さんに告白する!」
今は四月後半。とりたてていいタイミングとも言えないが、別に悪い時期でもないだろう。
「がんばれよ」
俺は川辺に面白味のないエールを送った。
翌日の川辺のツイッターのハンドルネーム。
ガーゴイル@負け犬になりました。
「わかりやすっ!!!」
俺はパソコンに向かって叫んだ。
どこに振られたことを言いふらすバカがいるんだ!
俺は溜息を吐いて川辺にラインを送る。
『大丈夫か?』
『昨日望月さんと本屋に行く約束をしていて、一時に飯田橋集合だったんだけど、会った途端告ろうと思ってて、「今から何言っても引かない?」って訊いたら「場合によっては引く」って言われて「それでもいいから言っていい?」って言ったら「言わなくてもいい」って拒否られた。でも去り際に何を思いついたのか「さっき何を言おうとしたの?」って訊かれて、俺はもう心が折れていたから「何でもない」って言ったら「川辺くんのことは友達としては大切だけど、好きな人がいるの」って遠まわしにお前は無理、的なことを言われた』
文字多っ!
『お疲れさま』ととりあえず返しておこう。
『好きな奴いるのに俺と二人で出かけようとすんなよー!! 俺のこと生理的に無理なくせに、優しい言葉使うなよー!! っていうかちゃんと告って振られた方がまだましだー!』
言っておくがこれはラインである。どんだけ文字が多いんだよ。
『望月に好きなやつがいるのは意外だなー』
相づちのつもりでとりあえず打ってみる。
『誰だと思う?』
と、川辺からの返信。
『望月はどの男子ともそれなりに喋っているし、誰が好きでもおかしくはない気が……』
『お前のことかもよw』
『それはねえよ』
川辺の心の傷をえぐらないように打つ。
『あー!! せめて恋愛がうまくいけば、まだ良かったのかなあ』
『悩みでもあるのか……?』
『父親が借金していて……今月の頭に親が離婚した。俺はもう母子家庭だなw』
重っ!!!
『なるほど』とだけ俺は返す。
『何がなるほどじゃw』という川辺の返信は速かった。
『生活は大丈夫なのか?』
『おふくろが調理師の資格を持っているからなんとか生活は……。でも俺バカだし、進学は無理かもなww』
その草生やしても重いから! でも川辺は引き籠り時代からの仲間だ。なんとか支えてやりたい。
『明日俺ん家に夕飯食いに来いよ? 喋ろうぜ』
やけ食いとなると金がかかるし、これくらいが良いだろう。
『うんw じゃあ行こっかな』
その言葉を見てから俺は親に根回しする。
あんまり御馳走すぎてもあれだしなあ。川辺の好物は……。
俺はリビングに居る親に向かって叫んだ。
「母さん! 明日友達来るから、夕飯はからあげにしてくれ!! ついでにケーキかアイス買っといて!」
「何よー。珍しいわねー。夕飯まで指定してくるし」
「いいから。ガーゴイルが来るんだ!」
「あー。なんかあったのねー」
「なんかあったんです」
「だいたい友達を元気づけたい時って、虐められたか、部活かなんかで負けたか、振られたかよねー」
悔しいが正解だ。あいつは人生に虐められ、負け犬になり、振られている。
「パンでも焼いてあげよっか?」
「母さんはそんなキャラじゃないだろ。いいよ」
親身な母に俺は苦笑いを浮かべるのみだった。
***
翌日。学校帰りに川辺は俺の家にやって来た。
「からあげ、うめー!」
川辺はバクバクとからあげをたいらげる。
「いっぱい食べてね。デザートはケーキよ」
母は優しい笑顔で言った。俺がこんなに優しい笑顔を向けられたら、逆に心の傷がえぐられるかもしれない。
「ありがとうございます! おやつのアイスも、全部俺の好みです! 田宮くん、俺、お前に自分の好きな食べ物言ったことないよな?」
不思議そうな川辺に、俺は偶然だよ、と笑った。
お前と時々そっくりな言動をする、望月の好みだとは言えない……。