告白未遂
「俺、ササに告白しようかなー」
マックでの染川の言葉に、俺は躊躇わずに答える。
「おう。頑張れ」
だがその直後、恨めし気な視線を染川から頂戴した。
「なんだよー! そのあっさりとした反応は!」
「なんだよってなんだよ」
呆れると、一緒にマックに来ていた増谷と川辺が、和ませようと朗らかに言う。
「頑張ってね」
「おめでとうな!」
……川辺よ、おめでとうなは、まだ早い(田宮ヤシロ心の俳句)。
「でさでさ! ずばり、俺は好感度あると思う?」
染川の質問がウザい件。
「知らねえよ。まあ、友達以上では絶対あるんじゃね?」
俺がそう言うと染川が唇を尖らせた。
「そんなのわかっているから。友人ランクが一位なのかとか、向こうも俺に惚れているかとか、そこまでじゃなくっても告られたら付き合うかとか」
「知らねえよ」
俺の言葉に染川は、はあ、と溜息を吐いた。
「もういいよ。望月さんに訊くから」
あいつ、まともな返答してくれるかな。
染川は電話にスピーカーをつけて、俺達まで望月の声が聞こえるようにした。
そして、発信。
『はい、もしもし。こちら望月です。どちら様でしょうか?』
「俺だよ、染川。だれかわかっているんでしょ?」
『ごめんねー。このテンプレが抜けなくて……。いきなりの電話でとっさに言葉が出てこないんだ』
「まあ、いいからさ。今大丈夫?」
『え、えと、普通!』
「普通って……。まあ、相談があるんだよー」
『え? どうしたの!? 大変だね! ご愁傷様です!!』
「望月さん、本当に電話苦手なんだねー」
本当になけなしのコミュニケーション能力が絶賛デフレ中だな。
俺はその言葉を飲み込んだ。
「まあいいや。俺、ササに告白しようと思うんだけど」
『おめでとうございます』
川辺よ、お前の仲間、ここにいるぞ(字余り)。
染川が苦笑いを噛み殺す。
「まだ早いからね? こら! 川辺! ニヤニヤしてんじゃねえよ! 変態が!」
「変態じゃないから!」
『あ、川辺くんそこに居るの? 確か自分の部屋にめんまのフィギュアがあったよね?』
「もう死にたい……」
川辺よ、豆腐メンタル、マジワロス(のちに田宮ヤシロのラインでめっちゃ反響が起きる)。
「さて、正直俺、脈ありだと思う? 脈ない場合、どうすればいいと思う?」
染川の真剣な言葉に、望月は落ち着いた声音で答える。
『染川くんのことを笹塚ちゃんは格好いいって言っていたよ。普通に一緒にいて楽しそうだと思うし、付き合ったら楽しそうくらいには思っていると思う』
「じゃあ――――」
『でも、笹塚ちゃんは明るくて可愛いけど、どこか真面目で頭の良い子だから、たまにオタクっぽい男子のほうが好みなんじゃないかな、とも思う』
「俺やん」
『ぶっ。田宮くんもそこにいたの? 川辺くんもいるし、もしかして増谷くんも!?』
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!」増谷、手をひらひらさせているが、多分望月に千里眼の能力はない。
『ええ? 最初に言ってよー。そしたらもっと言動考えたのに』
「いるってこと教えなければよかったな」
俺がそう言うと、望月は憤慨する。
『それって最悪じゃない!!』
染川が宥めるように言った。
「ごめんねー。こいつらに相談しても全然役に立たないから、望月さんに恋愛相談しようと思って」
『ええと。もし告白したら、振られるか付き合えるかの二択だと思う』
「そりゃそうだろうね」
『いや! お友達から、はないと思うって意味で』
「現に今お友達だしねー」
『うー、うー、うー!』
望月、なんか唸っている。顔が見えないぶん、怖い。というか痛い。
『まあ、今、一緒に仲良く遊んでいて楽しいじゃない。今はそれを満喫して、来年のクラス替えで他のクラスになったときに、他の男子に取られないように告白するっていうのはどう?』
「早くイチャイチャしたいんだ!」
『正直でよろしい。でも振られた場合、同じクラスってきついんじゃない? 私は告白したことすらないからわからないけれど。まあ、告白する側から『これからも友達でいてくれる?』って言い辛いから、笹塚ちゃんが『友達としては大好きなんだよ』とかフォローしてくれるといいよね』
望月は普通過ぎることを言った。
『まあ、笹塚ちゃんは少なからず、染川くんのことが好きだよ。でも、今は振られる可能性のほうが高いと思う』
「なんで?」
『言えない……』
「駄目。なんで?」
染川がちょっと低い声を出すと、望月は、はあ、と溜息を吐いた。
『笹塚ちゃんは染川くんじゃない人が好きなんじゃないかなって思って。えと、私の勝手な意見だけど』
「へえ。誰?」
『それは絶対に言わないから』
「俺の知っている人?」
『うん』
染川はぐてーと、だらしなくマックのテーブルの上に潰れた。
「マジかよー、おいおいショックだなー」
『でも、私、染川くんと笹塚ちゃんを応援するから。笹塚ちゃんは好きな人いるのに、性格悪いかもしれないけど……。ていうかそもそも、私の予想が間違っているかもしれないけど……』
「じゃあ、どうすればいい?」
『なるべく二人きりで遊ぶ。でも何回かに一回はグループで遊んで、露骨すぎないようにしてね。あと、好意は表現しても下心は表現しない。そういうの、大抵の女の子は生理的に無理だから。『ササ』とかあだ名で呼ぶのはいいけど、『ササにゃん』とか呼ばれたら誰だって気持ち悪いと思うし、まだしばらくの間は『俺のことどう思っている?』は禁句だよ』
「具体的だね、ありがとう……」
『あと、誕生日プレゼントであんまりにも女子受けするもの選んだら、私だったら『こいつ遊び慣れているな』って思う。笹塚ちゃんって、普通に明るく楽しく男子と付き合いたいとは思っているだろうけど、遊ばれたい遊びたいとは思っていないだろうし』
「じゃあ、何あげればいいの?」
『無難なのは可愛い日記帳とか、ハンカチとか。あんまり高くなくてそれなりに可愛いやつ。笹塚ちゃんはお菓子作りが好きだから、それに関するものでもいいかも。相手のことを見ていれば、何をあげたら喜ぶかわかるでしょう? 私が言いたいのは、夜景とかロマンチックなシチュエーションでペアリング渡すなってこと。高校生が背伸びしてんじゃないわよ』
「俺、そんなことしないよ?」
『あ、ごめんねー。中学時代の元カノに北海道のお土産で高級バームクーヘン選んでいたから、お金に糸目はつけないタイプかと思って』
「う……覚えていたのか」
望月と染川は、中三のときそれぞれ行った北海道旅行で出会った過去があった。ソースは染川から聞いた話。
「望月さんって結構言うよねー」
増谷が苦笑いを浮かべると川辺は望月に聞こえないくらいの小さな声で返す。
「彼女、昔は論理的で自分にも他人にも厳しい女の子だったんだよ」
「仲良くない相手にはクールな臆病で、うち解けたら朗らかな臆病になるって聞いたが」
俺がそう言うと、川辺は溜息を吐いた。
「山名くんのクラスでは、でしょ。俺と望月さんが一緒に居たのは、中一の時に不登校児のための適応指導教室に通っていた時だけだから、そのときの彼女以外知らないよ」
望月、多重人格説。
それはともかく、染川と望月は黙々と計画を立てていた。
「うん……うん……なるほど!」
染川はやっと恋愛の方針が決まったようで、顔色をぱっと明るくさせた。
「ありがとう! 恩に着るよ!」
『いいよー。じゃあまた学校でね』
そう言って望月は電話を切る。
「どうなった?」
「地道にアタックして、まだ告らないことにした!」
染川の言葉に俺達は笑顔で答える。
「今までの茶番はなんだったんだよ……」




