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通学路

 望月は成績がいい。新入生テストの順位が二百人中八位だ。

 そして、トロい。運動神経が悪いだけじゃなくて、ロッカーに荷物をしまうというふとした動作でさえ、遅い。

 そして、真面目だ。授業が終わるたびに、消しゴムのカスをゴミ箱まで捨てに行っている。

「一番前の席の笹塚って可愛いよな」

 いつの間にか仲良くなった前の席の男子、染川に小突かれ俺は首を傾げる。

「モテているよな」

「お前、僧かよ! あんな美人、モテるに決まっているだろ!」

 別に笹塚のことを可愛いと思っていないわけじゃない。噂話が好きじゃないだけだ。下手にそれに乗っかって、誰かが嫌な思いをする可能性があるなら、噂を肯定も否定もしない。

「まあ、そこそこ可愛い望月さんとぺちゃくちゃ喋っているお前が、僧なわけないか」

「あ~、と」

 染川の言葉に俺はお茶を濁す。望月と喋っているのは、なぜか彼女は俺にばかり話しかけてくるから。

 今はもう五月下旬。わりとクラス内の仲良しグループが決まってくる季節だ。

 だが望月は、時々俺に話しかけてくるけど、基本的にはひとりで本を読んでいた。

***

 友達とは帰りの方向が違うので、下校は大抵一人だった。でも、時々望月と電車が同じになることがあって、今日も偶然、望月と一緒に帰ることになった。

「……でね、先輩があの小説の作者は絶対性格がいいって熱弁していたんだ」

 にこにこと楽しそうに喋る望月。でも、先輩って俺にとって他人なんだけど……。

「熱弁かぁ」

 俺は愛想笑いで相づちを打った。

「田宮くんは本読む?」

 自分ばかり話していることを多少は申し訳なく思ったのか、望月は話題を俺に振ってきた。

「うん。読むし好きだよ」

「へえ! やっぱりいいよね、本! どんなのが好き? ハードカバー?」

 ジャンルを訊かれるかもとは思っていたが、本の種類を尋ねられるとは思ってもみなかった。

「特にこだわらないよ。文庫や単行本が多いけど」

 ちょっと格好つけてはみたけど、ライトノベルも一応本だよな。

 俺の話に望月はにこにこと微笑む。

「文庫本は私も好きだな。安いし」

「ははは、学生はお金がないから」

 今の会話は比較的成り立っている方だった。

 俺はにこにこと微笑んでいる望月を見ながら、考えた。

 望月は確かにぺらぺら喋るし、話の内容も自分の話したいことばかりで全然配慮していない。

 今日の掃除の時間、クラスメイトがイライラしながら草むしりをやっていたときに、一人だけのほほんと「四ツ葉のクローバーあるかな」なんて発言して、周囲の神経を逆なでしたりしていた。

 でも、望月は絶対嘘を吐いたり、他人を貶めたりしない子だということが、新学期からの一ヶ月半でよくわかった。

 だから、くそ真面目で、言動がいい子すぎるというか幼くて、話がかみ合わない女子だとしても、話していて俺は癒されていた。

 クラスの奴らも望月がいい子なのはわかっている。だから、空気の読めない望月を虐める奴はいない。だけど、誰ひとり彼女と友達になろうとはしないんだよなあ。

「高校に入学して、友達できた?」

 尋ねるときに、望月は、と言いかけてやめた。なんかこいつは名前を呼びづらい。望月さんと呼んだほうがいいのか、望月と呼び捨てにするべきか。

「田宮くんが友達だけど」

 うまい返しだな、と思う。

「どういう意図でそう言ったの?」

 本当に予想ができないのだろう。望月は困り顔だ。

「いや、別に」

 お茶を濁すが、望月は不満そうに追求してきた。

「例えば、クラスの女子の派閥に興味があるとか」

「いや、それはねえよ」

「やっぱり」

 望月は相好を崩す。

「明らかに違うだろう例えをするなよ」

「じゃあ、私に友達がいなさそうだから?」

 うっ、と言葉を詰まらせる俺。

「え、そうなの?」

 俺は黙っている。だが、望月は無言の肯定というものを知らないのか、俺の返事を不安げに待っていた。

「……まあね」

 仕方なしに頷く。怒るかな、と思ったけど望月はポジティブに解釈してくれた。

「心配してくれてありがとう」

 俺はその言葉にちょっと安堵する。

「でもね、学校外には友達いるよー」

 それは暗に学校に友達がいないことを告げている。

「ツイッターとかで?」

「ううん。SNSは苦手で。中学時代の友達だよ」

「いいなあ」

 俺は中学時代は全然友達がいなかったから、ちょっと羨ましかった。

「私は田宮くんのほうが友達多くて羨ましいけどね」

 まっすぐな言葉に、俺は自嘲気味の笑みを返す。

「人並みに友達はいるけど、俺は別に人気者じゃないよ」

「でも、きみみたいに悪口や噂話に便乗しなくて、明るい人とも暗い人とも対等に話す人がいるから、うちのクラスは虐めもなく平和なんだよ」

 その言葉に、俺はドキッとした。望月はバカっぽくて周りの状況が見えていない奴だと思っていたからだ。

「ありがと」

 そう返す俺は心の中で、望月みたいな奴がいるからうちのクラスはがっちり仲良しグループで固まらずに和気あいあいとしているんだよ、と返していた。


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