八時間耐久
図書委員会、三日目。
俺と望月が図書室に行くと、そこに生徒は誰もいなかった。
「ああ。昨日で蔵書点検が終わったからね。あとは僕が一人で、確認作業やお掃除をしているよ」
司書の言葉に、俺と望月は目を瞬かせる。
「え? でも昨日……」
「本来、三日かかる作業を二日で終わらせてくれたから、ありがたいよ。大切な連絡事項、伝わっていなくてごめんね」
優しそうな司書にそう言われると、俺達は首を横に振るしかない。
そもそも、確認を怠った俺達が悪いのだ。
「ありがとうございました。帰ります」
「夏休み明けはよろしくお願いしますね!」
俺と望月の言葉に、司書は破顔一笑した。
***
駅へと続く商店街。
「片道一時間の道のりを、また帰るのか……」
俺の言葉に、望月はぱっと顔色を明るくした。
「じゃあさ、二人でどこかに出かけない?」
「どっかって、どこ?」
尋ねると、望月はハッとしたように目を見開いた。
「考えてなかった……」
オイ。
「逆にどこがいい?」
「逆にってなんだよ……。カラオケ、ゲーセンしか思いつかないけど……」
「じゃあカラオケ!」
望月は歌が下手なのに、心臓強いよなー。
「今の時刻、十時過ぎだよな……。じゃあさ、高田馬場のカラオケで、十一時から夜七時までやるっていうのはどうだ?」
俺の家は厳しい方なので、普段だったら絶対にしない提案をしたのは、必要もないのに登校してしまったという事実にむしゃくしゃしていたからだろう。
「いいよ。じゃあ、父親に連絡するねっ」
俺と望月は各々携帯電話を取り出した。
「あー。もしもし、俺」
『名乗らないと切るよ』
どすの利いた母の声。
「……ヤシロ。今日学校ない日だった。ちょっと今からカラオケ行くから、帰り、遅くなるかも」
『そういうのは数日前から言ってよね。ええと、一人で行くの?』
「いや、クラスメイトと……」
『染川くん?』
「望月」
『あら? デート?』
「そんなんじゃない」
『若い男女がカラオケに行って、入店させてもらえるのかしら』
「どっからどうみても、カラオケをラブホ代わりに使いそうな男女じゃないよな」
真面目そうな小柄な女の子に、冴えないオタク。
恋人には見えないし、せいぜいイトコかな? と勘違いされて終わるだろう。
――――カラオケに到着。
「わあああ! 高田馬場のカラオケ、初めてきたけど、高い料金に見合って、綺麗な部屋だねー!!」
無邪気に喜ぶ望月に俺は頷く。
「前に友達と来たんだが、いいだろ」
一瞬望月は顔色を曇らせるが、またすぐに笑顔になった。
「曲、じゃんじゃん入れよう!」
そしてちょっとだけ不安そうな顔をする。
「でも、私、歌下手だから、途中で田宮くん、辛くなっちゃうかもしれないけど……」
「大丈夫……」
正直、外れた音を聴くのは辛いが、そう答える。
だって、望月の顔が捨てられる直前の子犬みたいな顔だったから。
そんな顔をされたら、大丈夫と答えるしかないだろう!
そんなこんなで。
俺達は友達なので、最初は恋愛ソングなどに抵抗を感じて、ネタ曲を入れていた。
ネタ曲はエネルギッシュな曲が多いので、望月は最初からかなり体力を消耗していたが、俺はスローテンポの曲ばかり歌っていた。
でもお互いだんだんガチ曲を歌うようになっていった。
「この曲ね! 中一の時に初めて聴いたんだけど、泣いちゃった!」
そう言って望月が歌ったのは、『いつか笑顔いつも笑顔』。
まあ、確かにいい曲だが、俺は望月とは感受性も異なっているので、泣くまではいかなかった。
カラオケで自分の感動した曲を歌う時は、その場にいる奴を泣かせる気で俺は歌うが、みんな案外素っ気なかったりするよな。
そうして経過した時間が五時間を超えたところ。
俺達は疲れて喋るようになっていた。
「田宮くんって兄弟いる?」
「いないねえ……」
俺の言葉に、望月はへにゃっと笑う。
「真ん中っ子っぽいけどね。協調性があって」
「そうか? まあ、弟とかいたら、めっちゃバカにされるんだろうな」
「そんなことないよ。この前だって、英語で百点とっていたし。部活動も委員会も頑張っているし」
「でもさー。中学の頃、引き籠りだったから」
俺の言葉に、望月は困ったように黙り込んだ。
俺は、軽く溜息を吐いて話し出す。
「俺さ、絶賛不登校中の時に、川辺とツイッターで仲良くなったんだよね」
「……うん」
「中二から中三の冬まで、学校に通ってなくてさ。虐められて」
「……うん」
「逃げたのかな」
ちょっとした心の叫び。
俺がふと呟くと、望月は真剣な顔をして言った。
「虐められて学校に行っても、ストレスが溜まるだけだよ。苦労しても、耐えるだけだと案外強くなれない。立ち向かわなくちゃ。
でもね、虐めに関しては立ち向かう必要ないんじゃないかな。幸せの中でしか学べないことは多いし、ストレスの少ない環境に身を置くのは、いいことだよ。じゃないと、病気になっちゃう」
でも、と望月は俺を真っ直ぐ見つめてきた。
「冬からちゃんと学校に通って偉かったね。受験もこうして受かったしね」
望月にそう言われて、俺は笑った。
頑張ったな。中学時代の俺。
そう自分に呟くと、俺はまた歌おうと、マイクを握ったのだった。
※参考
「いつか笑顔いつも笑顔」たまぁ~ずP




