海 前編
おそらく俺の夏休みで一番金がかかるイベント、五班一年メンバーでの海の日帰り旅行の日がやってきた。
望月はすっきりとした白いワンピースに麦わら帽子という、非常に儚げな恰好だった。
待ち合わせ場所にやってきた瞬間、川辺が見惚れていたものな。
「ロマンスカーの席順どうする?」
Tシャツにジーンズというラフな格好の増谷は、首を傾げつつ乗車券を見つめている。
黄緑のTシャツに超丈の長い涼しげな生地のスカートを穿いている神田島が珍しく大きな声を出した。
「クラス順がいい!」
「いいね!」
増谷はなぜか待っていましたという風に同調した。
「じゃあ、もう電車に乗ろうぜ」
正直どの席順でもそれなりに楽しそうなので、俺は乗車券と特急券を増谷から受け取った。
俺の隣は望月だった。クラス順ってクラスメイトと隣同士ということだったのか。
ちなみに前の席は増谷と神田島のペアで、後ろの席は川辺と相沢だった。
余談だがカラオケ大会の日にゴスロリを着ていた相沢は、今日は「あの花」のヒロインめんまのコスプレだった。川辺は非常にめんまが大好きなのだが、特にコスプレを見てテンションが上がった様子はなかった。
「友達と海に行くなんて、初めて!」
にこにこと笑っている望月。
「俺は小三の時に、男友達とその家族と海に行ったなあ」
「へえ! いいね」
ただ、友達との思い出が小三で終わっているのはちょっと悲しいが。
その後望月とは東方やボカロや白樺派の話ばかりしていた。
***
女子の着替えは遅い。それは俗説だ。
女子は海に行くときは、洋服の下にすでに水着を着ているため、かえって早いらしい。
俺達はここ五年以上海に行っていないオタクメンバーなので、誰一人そんなテクを持っている奴はいなかった。
地道に着替えた結果、女子を十分ほど外で待たせた。
「お待たせしましたー」
増谷が謝ると、女子達は首を横に振る。
「男子の更衣室は混んでたもんね」
神田島のフォローはありがたかった。
そこで、その場にいる全員が水着になったわけだが。
女子の水着姿は、俺には直視できないものだった。
ただ、相手の顔を見て喋るのが礼儀なので、その時に、ちらっと水着のほうが見えることはある。
まず、望月はフリルの付いた可愛い系水色のビキニだった。華奢で小柄なくせして出るところは出ている体型なので、ちょっとエロい。
神田島は黄色の花柄のワンピース水着だった。すらっとした体型で足長いな、と思ってしまう。
相沢はビキニだったけど、望月と違って下はスカートタイプだった。ロリ美少女が露出度の高い服を着ると、そのぺったんこさが強調される。
「待っている間にナンパされなかった?」
増谷が気遣うように尋ねると、相沢がにんまり笑う。
「男の子三人組に声かけられたけど、望月さんが撃退してくれたよー」
「どうやって?」
俺は尋ねるが、ちょっと嫌な予感しかしなかった。
「やめて!」
顔を真っ赤にしている望月を尻目に、相沢はにんまりと笑っていた。
「『彼氏は別にいませんが、あなたがたと一夜を過ごすことに魅力を感じません。あ! あの金髪の人とがどうですか? 水着もわざと胸をはだけさせていますし、結構話しかけたらすぐにデキそう……』」
「……男ども、逃げて行っただろ?」
俺の言葉に望月は頷いた。
「黒歴史がまた増えた……!」
望月は黒歴史が多そうだな、と思った。気の毒なのでそれ以上は何も言わない。
「まあまあ! 気分を変えて、海を満喫しようよ!」
増谷の言葉に川辺はくるっと方向転換する。
「俺、パラソルレンタルしてくるよ!」
「あ、私も行くー!」
望月も気を利かせて追いかけた。
「あたし、浮き輪持ってきたよ」
神田島がビニールバックから、浮き輪とそれに空気を入れる道具を取り出した。
「じゃあ、俺が膨らませるよ」
俺はしゅぽしゅぽ、とミニポンプをリズミカルに踏みつける。
「砂の上熱いから、ビニールシート敷こうか」
「うちも手伝うー」
そばでは増谷と相沢が共同作業をしていた。
そうして三十分経ったら、ビニールシートにパラソルに浮き輪が三つという、そこそこ快適に一日を過ごせそうなスペースが出来上がっていた。
「海行こうぜ!」
珍しくテンションが高い川辺が海に向かって走り出した。望月も走って追いかける。
「きゃー、冷たーい!」
「気持ちいい!」
はしゃぎまくる望月と川辺。
そういえばあいつらは幼馴染みたいだし、見た目はいいのに残念でモテないところもそっくりなので、こういうときにどこかチームワークがよかったりする。
「うちらも行こう!」
相沢が神田島の手を引いて走り出した。増谷と俺も歩いてついて行く。
「きゃー! きゃー、きゃー!」
「冷たーい、っていうかぬるーい!」
相沢は超ハイテンションで、神田島は毒を吐きながらもそれなりに楽しんでいるようだった。
微笑ましそうに四人を見ていた増谷は、爽やかに笑って俺の方を見やる。
「こうなったら泳がなきゃ損だよね!」
「……だな!」
そんな皆を見ていると、俺も久しぶりにはしゃぎたくなってきた。増谷とクロールで競争をする。互角だった。
「きゃー! コウミちゃん、そんなに動き回ったらおっぱい揺れるよー!」
相沢のからかう声。
「きゃああ!」
顔を真っ赤にして川辺に海水をぶっかける望月。
「いや! 俺見てないから―!」
平然とおそらく嘘を吐く川辺。
「コウミちゃん! そーれ!」
望月にどこから持ってきたのか水鉄砲を打つ、神田島。
楽しい。めちゃくちゃテンションが上がる。
久しぶりにそう思った。
「やったー! 俺の勝ち!」
ゴールでガッツポーズする増谷に俺は叫ぶ。
「やったー! 俺の負け!」
※ 参考
「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」 A-1 Pictures




