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終業式

 終業式が終わっても、俺達は解放感に浸っていた。

「いやー、やっと夏休み始まったねー!!」

 笹塚の笑顔に、俺も染川も笑顔を返した。

「このまま帰るのも、もったいない気がするよな」

 染川の言葉に、俺も頷く。

「どっか行くか?」

「あたしは行かないよ! コウミとパフェ食べに行くから!」

 俺は目を丸くする。

「望月さんと仲良かったっけ?」

 染川の言葉に笹塚は頷く。

「定期的にメールするし、この前も動物園に一緒に行ったよっ」

「そうだねー」

 隣の席の望月がしとやかに会話に混ざってきた。

「うわー。俺のほうが笹塚よりも仲良いと思っていたわー」

 染川がちらちら俺の方を見ながら嘆く演技をする。

「いやいや、二人とも仲良いって」

 望月が大真面目にフォローを入れた。

「ええと、田宮くんも仲良いよ?」

 望月の言葉に俺は曖昧に首を傾げた。みんなの前で同意をするのは勇気がいる。

「仲良いって! よかったじゃん!」

 染川がからかってきたので、俺は睨んでやった。

***

「望月さんってみんなと喋ってはいるけど、遊びに行くような友達はいないイメージだったんだけどなー」

 マックで染川が失礼なことを言った。

「そうでもないよ? 同じ委員会の女子とよくプリクラ撮ったり買い物したりしているらしいし」

 俺の言葉に染川は何を思ったのか、ぽつりと呟いた。

「俺は……一回だけ一緒に遊んだことがある」

「へえ。笹塚のことが好きなのにな」

 言ってから、ちょっと冷たい声になったかもしれないと思った。でも、染川は気にしていないようで話を続ける。

「よく覚えていないけど、確かに彼女は望月さんだった」

「うん?」

 染川の言葉が意味わからなくて俺は聞き返した。

「中三の冬に北海道旅行に行ったんだ」

「余裕だな」

 そういう俺も中三の冬まで引き籠りだったからある意味余裕ぶっこいていたのかもしれない。

「旅行に行った先で、小三の弟が腹を壊して入院したんだ」

「弟……!」

 弟の不憫さに涙が出てくる。

「でさ、俺は病院の外で、雪だるまを作って弟に見せたら喜ぶかな、と思って……でも手袋も持っていなかったし……」

「お前、良い奴だな」

「そうして病院の前に積もる雪を眺めながら困っていると、人気のない駐車場の奥の方に、小学生と本気で雪合戦をする望月さんが居た」

「……それ、他人の空似で近所の子じゃないのか?」

 俺の言葉に染川は首を横に振った。

「違うんだよ! 望月さんのお母さんが趣味で心理学の珍しい分野を学んでいて、その講演会が北海道であるから、受験生の望月さんを連れてやってきたんだって!」

「母親一人で行けよ」

「でも望月さん、一人で家に置いておくのが心配な子じゃん……」

 染川の言いにくそうな言葉に、俺も申し訳ないが頷いた。

「講演会はその病院で、あるいはその近くであったんだと思う。で、病院のロビーでお母さんを待っていたら、小学生の子が外で一人で遊んでいるのが見えたんだって」

 俺は黙って聞いていた。

「で、小学生の母親が入院していて、毎日父親に連れられて病院だから、冬休みの思い出も作れないらしい。そこで、望月さんは手袋もしないで、雪合戦をしていたんだと……」

 望月も染川も、冬の北海道へ手袋なしでよく行くよな。

「俺はそれに感銘を受けて、一緒に雪遊びをしたよ。それで素手で雪だるまを作って弟に写真を見せてあげた」

 ちょっといい話だと思った。

「高校に入学して、望月さんに再会した時は驚いたね。向こうは最初、俺に気が付かなかったけど、北海道のことは覚えていた」

 だからこいつは、たまに望月の話をするんだな、とやっとわかった。他に望月の話をする奴は図書委員くらいだし。

「良い思い出だな」

「うん。望月さんは変わっているけど、いい人だよな」

 俺は曖昧に首を傾げた。俺は望月のことが嫌いじゃないが、好意を表現するのは非常に勇気がいる。

「たまには、望月さんのことを褒めてあげなきゃダメだよ。あの子、頑張っているんだからさ」

 染川は結局、俺にそれが言いたかったのかもしれない。

「まあ、望月がストレートになんでも表現する子だから、お前はこうなっちゃうのかもしれないけどさ」

「まあ……」

 俺は頷く。好きか嫌いかで言ったら好きだけど、だからといってものすごく好きなわけでもない。俺が「ちょっと好き」を表現すると、素直なあいつはもしかしたら「たくさん好き」に誤解するかもしれない。

「でも、望月さんはたみっちゃんに嫌われていると思っていると思うぞ」

「そうかなあ?」

 確かに他の奴らと比べて無愛想に接してはいるが、だったらあんなに話しかけてこないだろう。

「田宮くんは優しいから、とろい私とも喋ってくれるんだ! って言っていたもん」

 確かにそんなことを言われたら、染川も望月を気の毒に思うかもしれない。

 愛想はいい方がいいな、と思った日だった。

***

 翌日。

 俺は自由参加の補習のために朝から登校していた。

 この補習は集まりが非常に悪いが、望月に誘われたために英語だけ受講することにしたのだった。

「なんだかんだいって、望月のために時間を作っているんだけどなー」

 俺は一人溜息を吐く。

「そうだね!」

 いつの間にか隣の席に座っていた望月はにこにこと笑っていた。

「田宮くんはこの前のビジネス文書実務検定の補習も来てくれたし、一人で学ぶのには勇気がいるからありがたいよ!」

「まあ……結局二人とも二級に受かったし、履歴書にかけるし、俺も誘ってくれてありがたいというか……」

 染川に言われたわけじゃないけど、このままだと俺が「いい人」になってしまうので、言葉尻が弱いながらもなんとか言った。

 でも確かに望月に誘われるがままに補習に行っているので、親からの扱いが非常にいい。

「昨日のササとのパフェは美味しかったか?」

 俺の言葉に、望月はちょっと顔を曇らせたが、やがて微笑んだ。

「楽しかったよ! パフェも美味しかったし。味オンチだけど」

 あまりにも屈託なく微笑むので、俺も笑みを返す。

 さて、今日の英語の補習は何をやるんだろう。

 英語の教科書を忘れてしまったけど、大丈夫かな。

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