レーガンの髪の毛
この国には、少し変わったお姫様がいる。
名前はレーガン。
みんなと同じように学校に行っているし、勉強もしている。
好き嫌いは多いけど、ごはんはたくさん食べる。
早起きは苦手だけど、夜の8時にはかならずベッドに入る。
チビだからって兄弟の中でバカにさえるけど、ケンカをすれば相手を泣かすし、もし負けても、自分は絶対に泣かない意地っ張り。
じゃあ彼女の何が変わってるのかって?
このレーガン、なんと髪の毛を生まれて一度も切ったことが無い。
真っ黒な髪は、レーガンの身長を追い抜かして、髪を引きずりながら歩かなければならない。
おまけに、彼女はひどいくせっ毛。
後ろから見ると、まるでモップが歩いているようだし、それを見た赤ちゃんが、こわくて泣き出してしまうほど。
その髪はあまりにもモジャモジャしすぎていて、いつも何かが絡まっている。
ある時はえんぴつ。
ある時はくつ。
かさ、かばん、いす、とにかくなんでも。
おかげで、クラスメイトも先生たちも、ずいぶん迷惑してるみたいだ。
そんなに困っているのなら、早く切ってしまえばいいのに。そう言いたいところだけど、それができたら苦労はしない。
だって、切ろうとするとハサミがかみにからまってしまうし、はりがねのように太いから、切れるハサミが見つからない。
だから、伸ばしっぱなしでこんな長さにまでなってしまったんだ。
ある日、レーガンは考えた。
「この国にわたしの髪の毛を切れるハサミは無いけれど、世界のどこかにはあるんじゃないかしら。
だってそうでしょ?
世界って、こんなに広いんだもの」
もしかしたら、なんでも切れるハサミがあるかもしれない。
そう思うと居てもたってもいられなくなって、レーガンは国王である自分のお父さんに言ってみた。
「ねぇお父さん。お願いがあるの」
「なんだい、レーガン」
「私の髪が切れるくらい鋭い刃がほしいの。いい加減、この髪はいやだわ」
国王も、ずっと前からレーガンの髪のことを気にかけていた。
なのでレーガンのお願いをすぐに聞き入れ、世界中の人たちにこんな伝令を出した。
『我が最愛のレーガン姫の髪の毛を切れる刃物を探し出した者にはどんな望みでも叶えよう』
そのうわさは瞬く間に広まり、すぐに世界中からたくさんの刃物が集まった。
どんな太い木でも切れる植木屋のハサミ。
竜の首を切り落としたという伝説の剣。
まな板ごと切れてしまう包丁。
それでもレーガンの髪を切れる刃物はどこにもない。
引っ張っても押しつても滑らせても、一本たりとも切ることができない。
これには、どんなに優れた刃物職人たちでもお手上げだった。
中には火で燃やしてしまおうとした者もいたが、それにはレーガンが断固拒否する。
「自分の髪の毛をそんな扱いしてほしくないわ。わたしだって女の子なんだから」
そうしていくうちに、レーガンの髪の毛を切ろうと名のり出る者は日に日に減っていった。
「やっぱりわたしの髪の毛は一生このままなんだわ。そのうち馬車の車輪に髪の毛が絡まったり、体を覆って服が必要にならないくらいにまで伸びてしまうんだわ」
レーガンは、とてもとても落ち込んだ。
けれど、それからしばらくして、一人の男がこの国にやってきた。
名前はハリー。
今までの刃物職人とは打って変わって、彼の体はとにかく細い。
なよなよしていて、今にも折れてしまいそうな脚で、全然頼りにならなそうな男だ。
「さて、お前さんは一体どんなすごい刃物を持っているのかな」
一応、国王はハリーに会ってみた。
もうこの際髪を来てくれれば誰でも良かったのだ。
ハリーは、今にも消えてしまいそうなほど細い声で言った。
「王様、わたしは優れた刃物を持っているわけではありません。前に住んでいた国では美容師をしておりました」
「ほう。ではよほどの自信があってここへ来たのだな?」
「いえ、そうゆうわけではなくてですね……」
ものすごく気まずそうにハリーは答える。
「そのまったくの逆なのです。わたしは、おそらく世界一髪を切るのがへたくそな美容師なのです」
「……と、言うと?」
国王はハリーの言っていることがわからず聞き返す。
「わたしは、髪を切りすぎてしまうのです。それはもう、見事に、バッサリと。だので国の者たちにはいつもわたしのことを笑います。今日ここへ来たのも、いつも私を笑う国の者に教えられてたからです。“切りすぎハリーには持ってこいの話だ”と」
思い出すと相当悔しいのか、ハリーは涙をにじませた。
優しい国王は、そんなハリーに重んじてレーガンに会わせてみることにした。
「話は分かった。やるだけやてみるがいい。今まで何人もあの子の髪を切るのに挑んで誰も成功はしていないがな」
国王の言葉を聞いて、ハリーはたいへん喜んだ。
「なんたる幸せ。是非ともお姫様に会わせてください」
国王はレーガンを呼び出した。
けれど、初めて彼女の髪を見たハリーは、驚くどころか子供のように顔を輝かせていた。
「なんて切りにくそうな髪なんだ!こんなにいい髪に出会ったのは生まれて初めてだよ!」
それからハリーは準備に取り掛かった。
道具はふつうのハサミとふつうのカミソリ。
本当にどこにでもあるものだった。
「本当に、こんなハサミで大丈夫なのかしら」
半信半疑だったのはレーガンだけではなく国王もだ。
きっとまたダメなんだろう。
そこにいる誰もがそう思っていた。
「それでは、始めます」
ハリーが、ゆっくりと髪にハサミを入れる。
すると……
じょきっ
あんなに切れなかった髪が、きれいに切れた。
「切れた!私の髪切れたわ!」
レーガンは飛びはねるくらい喜んだ。
「お姫様、どんな髪型がいいかな。僕は普通の人の髪はうまく切れないけど、君のだったらなんだかうまく切れそうな気がするんだ」
しかし、それには国王が答えた。
「とびっきり短くしてあげてくれないかな。そんな髪の毛がいつまでもあったら不便で仕方ないだろうから」
レーガンは、国王の言葉が少しだけ胸に突き刺さった。
「私の髪、たしかに不便だけど嫌いじゃないわ……」
「…………」
そんなレーガンを、ハリーは見逃さなかった。
「――さあ、完成したよ!」
レーガンの髪の毛は随分短くなった。
肩よりも短く、顎よりも少し上に切られたすがたは、モップのような髪の毛が生えていたとは信じられないくらいきれいになっていた。
「気に入らなかったかな?」
「いいえ、とっても素敵よ。ただ、なんだかさみしい気もするの」
そうは言うものの、切り終わったレーガンは、想像していたよりも嬉しくはなさそうだった。
「いやあ、よくやってくれた。これで娘も髪のことで悩むことはもうないだろう」
誰よりも嬉しそうな顔をしていたのは国王だった。
「ところで、報酬は何がいいかな?金貨?それとも贅沢な食事?」
「いえ、そんな大層なものは……。もう少しだけ考えさせていただせませんか」
そう言って、ハリーは荷物を全部まとめてお城を出ようとした。
「この髪、どうしたい?」
その前にレーガンに聞いてみた。
切り落とされた髪の毛は大きな毛玉のようになっている。
そんな髪を見つめながら、レーガンは呟いた。
「本当は捨てなきゃいけないんだろうけど、それは嫌」
「どうして?」
「だって、この髪けっこう便利だったのよ?いろいろな物が絡まるから荷物は髪にくっつければ鞄は必要なかったし、すぐにわたしだって分かるの。不便だったけど、それでもうまく向き合っていたわ」
「そう……」
何も知らずに切っていたのが申し訳なくなった。
でも、切ってしまったものは仕方がない。
もとに戻そうにも、もう戻らない。
また伸ばせばいい。は、言ってはいけないような気がした。
何を言えばいいのか言葉を選ぶ。
そんなとき、なんだかお城の外が騒がしくなっているのに気付いた。
「何があったんです?」
使用人の一人に聞いてみた。
「そこの橋の下に犬が落っこちてしまって、今みんなで引きあげようとしているんだけど、これがどうもうまくいかないの。なにせ地面まで降りるには高すぎるんだもの。犬をロープに結びたくても言うことを聞かなくって」
それを聞いて、ハリーが閃いた。
「お姫様、あなたの出番ですよ」
「どうして?わたし、犬を持ち上げるほどの力は持ってないわよ?」
「そうじゃありません。これですよ」
ハリーが指差したのは、目の前にある大きな毛のかたまり。
レーガンも、同じことを思いついたようだ。
*******
「どいてどいて」
「そこを空けて」
橋の上にやってきた二人は、犬の様子を見に来た国の人たちを押しのけながらやってきた。
手にはモップのような毛のかたまり。
みんなはこれから何が始まるのかとくぎ付けになった。
二人は髪の毛を少しずつ伸ばしていき、ロープくらいの太さにしてどんどん橋の下へと垂らしていく。
「無理無理、俺たちだって今同じことをしていたところだよ。ロープに犬がつかまってくれるわけじゃないんだから」
誰かそう言ったけれど、レーガンはにっこり笑った。
「まあ見てて」
少しずつ伸ばした髪の毛は、少しづつ降りていき、少しずつ犬の近づいていった。
そして、ようやく犬の足にまで伸びた。
ここからが、レーガンの髪の力の見せ所。
ロープだと暴れるとうまく引き上げられないけれど、この髪で作ったロープは違う。
暴れれば暴れるほど体にまとわりつくのだ。
予想通り、犬が暴れたおかげで髪がからまり引き上げることができた。
国のみんなは大変驚いた様子でその光景を見ていた。
なぜなら、ロープはレーガンの髪の毛で、そのレーガンはとっても可愛らしい髪型になってそこにいるのだから。
「姫、どうやらわたしたちは間違っていたようです。あなたの髪の毛はこんなに立派な髪の毛だ。ひどいくせっ毛などと思っていた自分たちが恥ずかしい」
それを聞いて、レーガンも誇らしげだった。
「伸ばしてみる気になったかい?」
こっそりハリーが聞いてみると、レーガンは首を横に振った。
「もういいの。わたしの髪が素晴らしいってことが分かってもらえたのなら、それで十分よ」
ところで。と、レーガンは続けた。
「報酬を何にするか悩んでいるのなら、わたしの美容師になってよ。そうすれば、あなたを笑っていた国の人たちはとても羨ましがるだろうから」
「それはいい。わたしも、あんなに細い髪の毛の人たちの散髪はこりごりしていたところだったんだ」
こうしてレーガンは、学校に通って、ご飯もよく食べて、たくさん寝て、ちょっと気が強い、普通のお姫様になった。
彼女もとても満足そうだ。
ただ、ハリーの噂を聞いた人たちは、腕の立つ美容師だと勘違いして散髪をしてもらったらしいけど、やっぱり彼はレーガンの髪の毛じゃないとダメみたいだ。