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マフラー

作者: 安西治


 「今日は待たせちゃってごめんね」

 6時を過ぎて日もすっかり沈んだ町並みはクリスマスのイルミネーションが残り数日の寿命を感じさせない輝きを放っていた。それは人の流れが作る小川の上で、あるいはその横で輝き続けている初冬の蛍だった。

 「気にしてないよ。来年の大会の打ち合わせだろ?」

 「うん、実はそう」

 尾崎奈緒がうなづいた。横にいるのは早川直人。クラスメートの男子だ。二ヶ月前に唐突に告白された流れで付き合い始めたのだが、キスはおろか手すらまだ握ったことすらない。最初はそんな早川を緊張しているのねと微笑ましくおもっていたのだが、二ヶ月目にさしかかり物足りなさを感じるようになっていた。異性同士の距離感をはかりかねている思春期のカップル特有の手探り感は、尾崎を欲求不満気味にさせていた。

 「今日も私の家まで送ってくれるの?」

 「ああ、彼氏だからな」

 それが当然といわんばかりの笑みで早川が言った。うれしくもあるのだが、彼氏という言葉の定義を横にいる事だけにこだわっている事に不満があるのだが、それを顔には出さないようにした。

 やがて風が強まり始め、真冬の冷たさを運び始めた。

 「寒くなってきたね。もう家に暖房は入れたの?」

 「ああ、もう先月からだよ。夜は寒いからな」

 尾崎は両手をこすり合わせてから息を吹きかける。それでも手は冷たいままだった。冷たくなっているのは両手だけではない。煮え切らない早川の態度にも笑顔を浮かべながら冷めた気持ちでいる。

 もう一度、尾崎は両手をこすり合わせた。温まらないことはわかっていたが、こうする事でその様子を見かねた手を握ってくれればいいのに。そんな微かな期待を込めて。

 その微かな期待も早川には届かなかった。早川と尾崎の距離は変わらない。

 「で、どうなんだ?来年の大会はいいとこいけそう?」

 「どうかな?私は自信があるつもりだけど、あとはそれまで練習して本番に備えるしかないわよ」

 二年になる尾崎は陸上部のエースで障害物競走の選手だった。毎日練習熱心で生傷が絶えなかった。その様子を早川は心配するけど彼の優しさを感じられるのは言葉だけ。やがて言葉そのものがむなしくなってくる。

 やがて雪が降り始めた。二人は住宅街の人気のない路地を歩いていた。

 「ううううう寒い。こんな事になるんだったらマフラー持って来ればよかった」

 さっきの両手とは違い、混じり気なしの本気で尾崎は震え始めた。震えながら心の中で早川に悪態をつきはじめていた。

 (せっかくつきあってるんだから、こういう時ぐらい手を握ってくれてもいいのに!)

 その時だった。早川の歩くペースが急に遅くなった。

 「マフラー?いいよそんなのしなくたって、こうすればいいだけだからさ」

 そう言いながら早川は後ろから両腕を尾崎の首にまわし始めた。冷め始めていた尾崎の気持ちが早川の予想外の行動で高まり始めていた。しばらくは緊張で頭の仲が麻痺していたが、やがて炭火のようなぬくもりが尾崎の外側と内側を温め始めていた。

 「おまえ、練習熱心なんだってな?俺は尾崎のそういう一生懸命な姿が好きなんだけど、根をつめすぎて怪我だけはするなよ?」

 早川のぶっきらぼうな口調から、自分が身の程知らずな事をしているんじゃないかという恥ずかしさと困惑が伝わってきた。尾崎は目を閉じ、首を横に振りながら答えた。彼の行為を、彼の好意を否定しちゃダメ。

 「私は大丈夫だから、早川君もあまり勉強で風邪ひかないでよ?」

 「じゃあ、お互いほどほどに頑張ろうか」

 「そうだね。お互いが無事に笑顔でいられたら、それが一番だもんね」

 人通りの少ない路地に誰かが通り過ぎようとする気配はなかった。いっそこのまま誰にもこの場所に近づいてほしくない。

 「ねえ早川君」

 「ん?」

 「もう少し・・・、もう少しだけこうしてくれないかな?」

 「ああ、いいよ」

 早川も目を閉じて冬の寒さと人恋しさをお互いの服から感じられる体温で暖め続けていた。

 重なり合う二人の姿に雪が静かに積もり始めた。


 

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