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僕の妹がこんなにヤンデレデレになるなんて〜Another story  作者: 虹の箸


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妹の笑顔が、少しだけ怖かった日

その日の結衣の暴走は、昼休みだけでは終わらなかった。 放課後。教室に残っていた生徒たちもまばらになり、窓から差し込む西日が机の上に長い影を落としていた。 僕は幼なじみの橘琴音と、来月に控えた学園祭の役割分担について話していた。 「だから、あんたは接客より裏方の方が向いてるって言ってるの」 「なんでだよ。僕だって接客くらいできるぞ」 「無理無理。あんた、頼まれたら断れないでしょ。絶対に余計な仕事まで引き受けるわよ」 「……否定できないのが悔しい」 僕が肩を落とすと、琴音は楽しそうに笑った。 栗色の髪が夕日に透けて、いつもより少し明るく見える。 「でも、よかったじゃない」 「何が?」 「結衣ちゃんのことよ。あんた、ずっと気にしてたでしょ?」 「ああ……うん。正直、まだ信じられないくらいだけど」 「ふふっ。今日のあんた、ずっと困った顔してたもんね」 「笑い事じゃないって。朝からずっとあの調子なんだから」 そう答えると、琴音は一度だけ視線を落とした。 「……そっか。そんなに仲良くなったんだ」 「まあ、昔に戻ったみたいで嬉しいけどね」 「……ふうん」 琴音は小さく頷いたものの、なぜかそれ以上は何も言わなかった。 僕は昼休みに父さんから聞かされた話を相談しようか迷ったが、家族の事情でもあるので、どう切り出せばいいのか分からなかった。 そんな僕を見て、琴音がふっと表情を和らげる。 「まあ、何かあったら相談しなさいよ。幼なじみなんだから」 「ありがとう、琴音」 「べ、別に。あんたが一人で悩んでると、こっちまで調子狂うだけだし」 頬を赤らめながら顔を背ける琴音がおかしくて、僕は思わず笑ってしまった。 「何笑ってんのよ!」 「いや、琴音は昔から変わらないなって」 「……それ、褒めてる?」 「もちろん」 「……ばか」 そう呟いた琴音の口元には、ほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。 そのときだった。 「……お兄ちゃん?」 背後から聞こえてきた甘い声に振り返ると、教室の入り口に結衣が立っていた。 「結衣? もう来たのか」 「うん。お兄ちゃんが終わるまで待ってようと思ったんだけど……」 結衣はそこまで言うと、僕と琴音を交互に見つめた。 「……すごく楽しそうだったから」 「ああ、学園祭の話をしてたんだよ」 「……そうなんだ」 結衣はにっこりと微笑んだ。 そして、僕の隣へ歩いてくると、当たり前のように腕を絡めてきた。 「お兄ちゃん、一緒に帰ろ?」 「え? いや、まだ琴音と話してる途中なんだけど」 「……まだ?」 結衣の指先に、少しだけ力がこもった。 すると、琴音が苦笑しながら口を開いた。 「ごめんね、結衣ちゃん。もうちょっとだけ借りてもいい? 学園祭の打ち合わせがあるから」 「……借りる?」 結衣が小さく首を傾げた。 「お兄ちゃんは、物じゃないですよ?」 「え?」 「それに……琴音さんって、お兄ちゃんと近所に住んでるだけですよね?」 声は穏やかだった。 けれど、結衣の笑顔からは、いつの間にか温かさが消えていた。 「……あまり、私のお兄ちゃんに馴れ馴れしくしないでもらえます?」 教室の空気が、すっと冷えたような気がした。 琴音の表情が強張る。 僕も、思わず結衣の顔を見つめてしまった。 「……結衣?」 「なあに、お兄ちゃん?」 振り返った結衣は、いつもの可愛らしい笑顔だった。 まるで今の言葉に、何の問題もなかったかのように。 「今の言い方は駄目だろ。琴音は僕の大切な友達なんだから」 その瞬間、結衣の笑顔がわずかに揺れた。 「……大切?」 「ああ。小さい頃からずっと仲良くしてるんだ。そんな言い方されたら困るよ」 「……そっか」 結衣は俯いた。 僕の腕を握る指が、ゆっくりと緩む。 「……ごめんなさい」 消え入りそうな声だった。 さっきまでの冷たい態度が嘘のように、結衣はしょんぼりと肩を落としていた。 「……私、ただ……」 「ただ?」 「……お兄ちゃんと、早く帰りたかっただけなの」 そう言って顔を上げた結衣の瞳は、今にも涙がこぼれそうだった。 ……そんな顔をされると、怒るに怒れない。 けれど、だからといって琴音に失礼なことを言っていいわけじゃない。 僕が返事に迷っていると、琴音が小さく息を吐いた。 「……まあ、いいわよ。今日はこのくらいにしておきましょ」 「え、でも」 「学園祭の話は明日でもできるし。それに……」 琴音は結衣をちらりと見た。 「妹さん、ずいぶんお兄ちゃんが好きみたいだしね」 いつものようにからかう口調だったけれど、その笑顔はどこかぎこちなかった。 「……琴音」 「何よ。そんな顔しないでよ」 琴音は僕の肩を軽く叩いた。 「ほら、さっさと帰りなさい。明日はちゃんと付き合ってもらうからね」 「……分かった。ごめんな」 「別に謝らなくていいってば」 そう言って琴音は笑った。 けれど、僕が結衣と教室を出ようとしたとき、小さな声が背中に届いた。 「……私だって、ずっと一緒にいたのに」 振り返ると、琴音は窓の外を眺めていた。 夕日に照らされた横顔が、妙に寂しそうに見えた。 「……琴音?」 「何でもない! ほら、早く帰りなさいって!」 僕は何となく引っかかるものを感じながらも、結衣に腕を引かれて教室を後にした。


帰り道。 結衣はすっかり機嫌を直したらしく、僕の腕にぴったりと寄り添って歩いていた。 「えへへ……お兄ちゃんと一緒に帰れるの、嬉しいな」 「……結衣」 「なあに?」 「さっきのことだけど、琴音には明日ちゃんと謝ろうな」 「……うん」 結衣は素直に頷いた。 けれど、しばらく歩いたところで、ぽつりと尋ねてきた。 「……ねえ、お兄ちゃん」 「ん?」 「琴音さんって、お兄ちゃんにとって、そんなに大切な人なの?」 「ああ。幼なじみだし、昔から色々助けてもらってるからな」 「……そっか」 結衣はそれきり黙ってしまった。 どうしたのかと思って顔を覗き込むと、結衣は僕の腕に頬を寄せ、甘えるように微笑んだ。 「……じゃあ、私は?」 「え?」 「私は、お兄ちゃんにとって……どんな存在?」 「そんなの、決まってるだろ」 僕は笑って答えた。 「大切な妹だよ」 結衣は一瞬、嬉しそうに目を細めた。 けれど、その笑顔は、ほんの少しだけ寂しそうにも見えた。 「……そっか。妹、なんだ」 「当たり前だろ?」 「……うん。そうだよね」 結衣は僕の腕をぎゅっと抱きしめ直した。 そして、僕には聞こえないくらいの声で、何かを呟いた。 「……いつまでも、妹のままじゃないもん」 「ん? 何か言った?」 「ううんっ! 何でもない!」 結衣はぱっと顔を上げ、いつもの明るい笑顔を見せた。 「ねえ、お兄ちゃん。今日の晩ご飯、私も手伝うね!」 「お、いいじゃないか。母さんも喜ぶぞ」 「えへへ。じゃあ、お兄ちゃんの好きなもの、いっぱい作っちゃおうかな」 楽しそうに笑う結衣につられて、僕も笑った。 三年間、あんなに冷たかった妹が、こうして僕の隣で笑っている。 それは、ずっと望んでいたことのはずだった。 なのに、ふとした瞬間に見せる結衣の表情が、どうしても気になってしまう。 さっき琴音に向けた、あの冷たい笑顔。 あれは、いったい何だったのだろう。 これから毎日、こんなことが続くのだろうか。 そう考えると、嬉しいはずの帰り道なのに、少しだけ胃が重くなるのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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