宝石姫とガラス玉
「ルヴェール嬢は、偽物です。彼女の魂の輝きは、アンビジュー嬢に比ぶべくもない! アンビジュー嬢が希少な宝石だとすれば、ルヴェール嬢はガラス玉。よって、王太子妃にはアンビジュー嬢が相応しいと具申いたします」
王侯貴族の居並ぶ中、白い神官服に身を包んだ老人が声を張り上げる。
彼は、中央神殿の神官長。教会のトップだ。
神官長の後ろに控えるのは、これまた白い服に身を包んだ少女。美しい銀の髪を結い上げ、慎ましやかに頭を下げる彼女こそが、アンビジューだ。
数年前まで市井にいたのだが、その宝石のごとき魂の輝きを見出され、神殿に引き取られた無垢な乙女。
宝石姫と、呼ばれている。
神官長の隣には、渋い顔をした壮年の男性がいた。一分の隙もなく文官服に身を包む男性は、この国の宰相であり侯爵だ。
宰相の背後には、ドレスを優雅に着こなす少女がいた。完璧なカーテシーを披露する彼女の名は、ルヴェール。
宰相の娘であり神官長にガラス玉だと言われた令嬢である。
この国には、人の魂の輝きを見ることのできる神官がいる。
魂の美しさは、いかに神に愛されているかで決まるそうで、美しい者ほど幸運に恵まれやすいと言われていた。
アンビジューは、市井に生まれながら、その魂の美しさを神官に見出され、王太子妃に推されている。
この経緯を見れば、たしかに彼女は幸運なのだろう。
「ルヴェールは、幼い頃より王太子妃となるべく教育を受けてきました。その事実をお忘れなきようお願いします」
対して宰相は、淡々と語るのみ。
神官長は、鼻で嗤った。
「どれほど教育を受けようと、ガラス玉はガラス玉。宝石と比べるのは酷でしょうな」
まるでもう勝負は決まったかのような態度だ。
周囲の人々も同情したような視線を、宰相親子に向けている。
国王は思案げな顔をした。
「ふむ。どうするか…………王太子よ、そなたの妃だ。どちらを選ぶ?」
王太子は、顔を上げる。
「はい。私は――――」
その返事に、どよめきが上がった。
――――それから、一年。
「殿下、明日の夜会の席順ですが――――」
書類を片手に入ってきた妃に、王太子は優しい笑みを向ける。
「ルヴェール、お疲れさま。あまり無理をしてはいけないよ。君はもう君だけの体じゃないのだから」
そう言って、王太子が視線を向けるのは彼の妃――――ルヴェールの腹部だ。そこには、ふたりの子どもが宿っている。
あの後、王太子は、自分の妃としてルヴェールを選んだ。その半年後には、結婚。そして数ヶ月前、ルヴェールは懐妊した。
続く吉事に、国民は喜びの声を上げている。
王太子に労られたルヴェールは、嬉しそうに微笑んだ。
「大丈夫です。決して無理はしていませんわ。ただ、明日の出席者が変更になったことで、席順を少し見直しているだけなのです」
幼き頃より王太子妃となるために切磋琢磨してきたルヴェールにとって、夜会の手配などはお手のもの。無理という言葉は当てはまらない。
「ならいいけれど。……私は、優秀な妃を得て幸せだな」
「幸せというのなら、私の方ですわ。ガラス玉と言われた私を選んでくださって、本当に感謝しています」
頭を下げようとするルヴェールを、王太子は両手で頬を挟んで止めた。
「そんなもの。……いくら魂が美しかろうとも、妃としての教育も礼儀作法もなっていない者を選ぶはずがないよ。君は、ガラスはガラスでも、磨き抜かれ美しく加工された最高品質のガラスだ。対してアンビジュー嬢は、宝石ではあっても掘り出したばかりの泥にまみれた原石。これからかかる手間暇や経費を考えれば、私の傍にあるのはガラスがいい」
きっぱり言い切る王太子に、ルヴェールは嬉しさ半分、不安半分といった表情を浮かべる。
「しかし、アンビジュー嬢は神に愛された『宝石姫』です。彼女を妃としていれば、国にはもっと幸運が訪れたかもしれませんのに」
王太子は、フッと笑った。
「幸運……幸運ね? それもまた、私が彼女を選ばなかった理由のひとつだよ」
「え?」
「考えてごらん? アンビジュー嬢の幸運は、果たして我が国の幸運と同じものだと言えるだろうか? 彼女が君のように、国や民の幸せを自分の幸せだと思えるような人物ならば問題ない。でも、そうでなかったら? 下手をすれば、彼女を幸せにするために、我が国は滅んでしまうよ」
「っ! そんなことがあるのですか?」
ルヴェールは、息を呑んだ。
王太子は、皮肉げな笑みを浮かべながら頷く。
「そう…………たとえば、アンビジュー嬢を妃に選び王太子妃教育を施すとする。君が幼い頃から十年以上をかけて身につけた教育だ。きっと、その内容は高度で厳しいものになるだろう。それを市井で育ったアンビジュー嬢が、楽しく学べると思うかい?」
聞かれたルヴェールは、首を横に振った。侯爵家に生まれたルヴェールでさえ、王太子妃教育は、並々ならぬ努力を強いられるものだった。それをアンビジュー嬢が、あの年齢から学ぶなど、血反吐を吐くような苦労をするに違いない。
「その結果、アンビジュー嬢が王太子妃教育を『いやだ』と思ってしまえば、そんな教育を受けなければならない自分を『不幸だ』と思ってしまえば、神はアンビジュー嬢が教育を受けなくて済むような『幸運』を起こすかもしれない」
「教育を受けなくて済むような?」
「ああ。直接教育する者に不幸が起こり、教育できないようになるくらいならまだいいが……王太子妃教育をなくすために、元凶の王太子を排除しようとするかもしれないし……最悪、国そのものを滅ぼしてしまうかもしれないね」
ルヴェールは、恐怖に息を呑んだ。ただただ、ふるふると首を横に振る。
王太子は、安心させるようにルヴェールを抱き寄せた。
「大丈夫だよ。そんなことにならないように、私はアンビジュー嬢を選ばなかったのだから。彼女が、怒った神官長と一緒に国を出たことも確認している。怒っているのは神官長だけで、アンビジュー嬢は、別に妃になりたいとか、そんな野心のない令嬢だということもね」
もしもアンビジューに野心があったのなら、王太子の思惑に関わらず、きっと彼女が妃に選ばれたことだろう。
そうでなかったことに、王太子は心から安堵していた。
「神官長は、アンビジュー嬢を選ばなかった殿下に、かなりひどい言葉を浴びせていましたよね」
「ああ。『見る目のない愚物』だと、ああもはっきり罵られたのは、はじめてだったな。『他国の妃になったアンビジュー嬢を見て、後悔するがいい』とも言っていたよ」
王太子は、苦笑をこぼす。
「どこの国であろうとも、普通に考えれば私と同じ結論に至るだろうけどね」
その証拠に、一年経った今でも、アンビジュー嬢がどこぞの国の妃に選ばれたという話は聞かない。
「神官長も、なにが本当の彼女の幸せなのかを見誤り続ければ、ただでは済まないと思うのだけど……」
出国してしまった彼に言葉を届ける術はない。
(まあ、あったとしても、あれだけ罵倒されて忠告してやるほど、私は聖人君子ではないのだけどね)
王太子は、ルヴェールを促しソファーに腰かける。
「さて、夜会の席順だったね?」
「はい、これを――――」
頭を寄せ合うふたりは、信頼し合う王太子と妃の顔をしていた。
◇◇◇
その頃、故国を遠く離れた地を旅していた神官長とアンビジューの乗った馬車が、崖崩れに遭い転落した。
神官長は即死したが、アンビジューはたまたま通りかかった農夫に運よく助けられる。
素朴で優しく善良な農夫は、アンビジューを親切に世話し、悲しむ彼女の心に寄り添った。
そんな農夫に、アンビジューが好意を抱くのは自然な成り行きで、農夫もまた可憐なアンビジューに惹かれ、ほどなくふたりは夫婦になった。
王侯貴族のような派手な贅沢はできないが、衣食住に不足のない安定した暮らしに、アンビジューは満足する。
彼女が一緒に暮らすようになって後、農夫の育てる作物は毎年豊作となり、災害に遭うこともなくなったが、農夫はそれに感謝こそすれ疑問に思うことはなかった。
晴耕雨読の穏やかな日々に、アンビジューは今日も祈る。
「どうかこの幸せが、一生続きますように」
宝石姫の祈りは神に届き、当然叶えられるのだった。
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