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宝石姫とガラス玉

作者: 九重
掲載日:2026/10/05

「ルヴェール嬢は、偽(・)物(・)です。彼女の魂の輝きは、アンビジュー嬢に比ぶべくもない! アンビジュー嬢が希少な宝石だとすれば、ルヴェール嬢はガラス玉。よって、王太子妃にはアンビジュー嬢が相応しいと具申いたします」


 王侯貴族の居並ぶ中、白い神官服に身を包んだ老人が声を張り上げる。

 彼は、中央神殿の神官長。教会のトップだ。

 神官長の後ろに控えるのは、これまた白い服に身を包んだ少女。美しい銀の髪を結い上げ、慎ましやかに頭を下げる彼女こそが、アンビジューだ。

 数年前まで市井(しせい)にいたのだが、その宝石のごとき魂の輝きを見出され、神殿に引き取られた無垢な乙女。

 宝石姫と、呼ばれている。


 神官長の隣には、渋い顔をした壮年の男性がいた。一分の隙もなく文官服に身を包む男性は、この国の宰相であり侯爵だ。

 宰相の背後には、ドレスを優雅に着こなす少女がいた。完璧なカーテシーを披露する彼女の名は、ルヴェール。

 宰相の娘であり神官長にガラス玉だと言われた令嬢である。


 この国には、人の魂の輝きを見ることのできる神官がいる。

 魂の美しさは、いかに神に愛されているかで決まるそうで、美しい者ほど幸運に恵まれやすいと言われていた。

 アンビジューは、市井に生まれながら、その魂の美しさを神官に見出され、王太子妃に推されている。

 この経緯を見れば、たしかに彼女は幸運なのだろう。


「ルヴェールは、幼い頃より王太子妃となるべく教育を受けてきました。その事実をお忘れなきようお願いします」


 対して宰相は、淡々と語るのみ。

 神官長は、鼻で嗤った。


「どれほど教育を受けようと、ガラス玉はガラス玉。宝石と比べるのは酷でしょうな」


 まるでもう勝負は決まったかのような態度だ。

 周囲の人々も同情したような視線を、宰相親子に向けている。


 国王は思案げな顔をした。


「ふむ。どうするか…………王太子よ、そなたの妃だ。どちらを選ぶ?」


 王太子は、顔を上げる。


「はい。私は――――」


 その返事に、どよめきが上がった。





 ――――それから、一年。


「殿下、明日の夜会の席順ですが――――」


 書類を片手に入ってきた妃に、王太子は優しい笑みを向ける。


「ル(・)ヴ(・)ェ(・)ー(・)ル(・)、お疲れさま。あまり無理をしてはいけないよ。君はもう君だけの体じゃないのだから」


 そう言って、王太子が視線を向けるのは彼の妃――――ルヴェールの腹部だ。そこには、ふたりの子どもが宿っている。


 あの後、王太子は、自分の妃としてルヴェールを選んだ。その半年後には、結婚。そして数ヶ月前、ルヴェールは懐妊した。

 続く吉事に、国民は喜びの声を上げている。


 王太子に労られたルヴェールは、嬉しそうに微笑んだ。


「大丈夫です。決して無理はしていませんわ。ただ、明日の出席者が変更になったことで、席順を少し見直しているだけなのです」


 幼き頃より王太子妃となるために切磋琢磨してきたルヴェールにとって、夜会の手配などはお手のもの。無理という言葉は当てはまらない。


「ならいいけれど。……私は、優秀な妃を得て幸せだな」


「幸せというのなら、私の方ですわ。ガラス玉と言われた私を選んでくださって、本当に感謝しています」


 頭を下げようとするルヴェールを、王太子は両手で頬を挟んで止めた。


「そんなもの。……いくら魂が美しかろうとも、妃としての教育も礼儀作法もなっていない者を選ぶはずがないよ。君は、ガラスはガラスでも、磨き抜かれ美しく加工された最高品質のガラスだ。対してアンビジュー嬢は、宝石ではあっても掘り出したばかりの泥にまみれた原石。これからかかる手間暇や経費を考えれば、私の傍にあるのはガラス(君)がいい」


 きっぱり言い切る王太子に、ルヴェールは嬉しさ半分、不安半分といった表情を浮かべる。


「しかし、アンビジュー嬢は神に愛された『宝石姫』です。彼女を妃としていれば、国にはもっと幸運が訪れたかもしれませんのに」


 王太子は、フッと笑った。


「幸運……幸運ね? それもまた、私が彼女を選ばなかった理由のひとつだよ」


「え?」


「考えてごらん? アンビジュー嬢の幸運は、果たして我が国の幸運と同(・)じ(・)も(・)の(・)だと言えるだろうか? 彼女が君のように、国や民の幸せを自分の幸せだと思えるような人物ならば問題ない。でも、そうでなかったら? 下手をすれば、彼女を幸せにするために、我が国は滅んでしまうよ」


「っ! そんなことがあるのですか?」


 ルヴェールは、息を呑んだ。

 王太子は、皮肉げな笑みを浮かべながら頷く。


「そう…………たとえば、アンビジュー嬢を妃に選び王太子妃教育を施すとする。君が幼い頃から十年以上をかけて身につけた教育だ。きっと、その内容は高度で厳しいものになるだろう。それを市井で育ったアンビジュー嬢が、楽しく学べると思うかい?」


 聞かれたルヴェールは、首を横に振った。侯爵家に生まれたルヴェールでさえ、王太子妃教育は、並々ならぬ努力を強いられるものだった。それをアンビジュー嬢が、あの年齢から学ぶなど、血反吐を吐くような苦労をするに違いない。


「その結果、アンビジュー嬢が王太子妃教育を『いやだ』と思ってしまえば、そんな教育を受けなければならない自分を『不幸だ』と思ってしまえば、神はアンビジュー嬢が教育を受けなくて済むような『幸運』を起こすかもしれない」


「教育を受けなくて済むような?」


「ああ。直接教育する者に不(・)幸(・)が起こり、教育できないようになるくらいならまだいいが……王太子妃教育をなくすために、元凶の王(・)太(・)子(・)を(・)排(・)除(・)しようとするかもしれないし……最悪、国そのものを滅ぼしてしまうかもしれないね」


 ルヴェールは、恐怖に息を呑んだ。ただただ、ふるふると首を横に振る。

 王太子は、安心させるようにルヴェールを抱き寄せた。


「大丈夫だよ。そんなことにならないように、私はアンビジュー嬢を選ばなかったのだから。彼女が、怒った神官長と一緒に国を出たことも確認している。怒っているのは神官長だけで、アンビジュー嬢は、別に妃になりたいとか、そんな野心のない令嬢だということもね」


 もしもアンビジューに野心があったのなら、王太子の思惑に関わらず、きっと彼女が妃に選ばれたことだろう。

 そうでなかったことに、王太子は心から安堵していた。


「神官長は、アンビジュー嬢を選ばなかった殿下に、かなりひどい言葉を浴びせていましたよね」


「ああ。『見る目のない愚物』だと、ああもはっきり罵られたのは、はじめてだったな。『他国の妃になったアンビジュー嬢を見て、後悔するがいい』とも言っていたよ」


 王太子は、苦笑をこぼす。


「どこの国であろうとも、普通に考えれば私と同じ結論に至るだろうけどね」


 その証拠に、一年経った今でも、アンビジュー嬢がどこぞの国の妃に選ばれたという話は聞かない。


「神官長も、なにが本当の彼女の幸せなのかを見誤り続ければ、ただでは済まないと思うのだけど……」


 出国してしまった彼に言葉を届ける術(すべ)はない。


(まあ、あったとしても、あれだけ罵倒されて忠告してやるほど、私は聖人君子ではないのだけどね)


 王太子は、ルヴェールを促しソファーに腰かける。


「さて、夜会の席順だったね?」


「はい、これを――――」


 頭を寄せ合うふたりは、信頼し合う王太子と妃の顔をしていた。


 ◇◇◇


 その頃、故国を遠く離れた地を旅していた神官長とアンビジューの乗った馬車が、崖崩れに遭い転落した。


 神官長は即(・)死(・)し(・)た(・)が、アンビジューはたまたま通りかかった農夫に運(・)よ(・)く(・)助けられる。


 素朴で優しく善良な農夫は、アンビジューを親切に世話し、悲しむ彼女の心に寄り添った。

 そんな農夫に、アンビジューが好意を抱くのは自然な成り行きで、農夫もまた可憐なアンビジューに惹かれ、ほどなくふたりは夫婦になった。

 王侯貴族のような派手な贅沢はできないが、衣食住に不足のない安定した暮らしに、アンビジューは満足する。


 彼女が一緒に暮らすようになって後、農夫の育てる作物は毎年豊作となり、災害に遭うこともなくなったが、農夫はそれに感謝こそすれ疑問に思うことはなかった。


 晴耕雨読の穏やかな日々に、アンビジューは今日も祈る。


「どうかこの幸せが、一生続きますように」


 宝石姫の祈りは神に届き、当然叶えられるのだった。


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<(_ _)>

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― 新着の感想 ―
要らんことしいの爺さんがおらんくなったら、宝石姫様はさっさと幸せになったと。 宮殿から宮殿へと連れ回さんと、早めに誰も彼女を利用しない場所まで連れて行ってたら、神官長も死ぬまでのことはなかったかもねぇ…
面白かったです! 神官長、即死なだけ良かったんじゃないかな・・・最悪死ぬに死ねないみたいな状況になる可能性もあったわけだし・・・
冒頭の暴言からして神官長はせっかく魂の輝きが見えるという特殊能力が与えられたのに、良い年して言って良いことと言ってはいけないことの区別がつかないし宝石姫の幸せも考えてなかったみたいだから、この人こそ自…
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