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不運な男

作者: よむよみ
掲載日:2026/02/02

彼の名前は幸福ラッキー。いわゆるキラキラネームだ。

普通とは決して言えないが、今時、変な名前とも言えない、微妙なラインの名前だ。

どこにでもいる普通な男の子だったと思う。


彼の転機は、中学生の時に起きた。

親が離婚した。母親に引き取られた彼は、中学に入るときに母親の旧姓となった。

母の旧姓はやす。安 幸福 となった。

中学で、「アンラッキー」とあだ名が付けられたのは言うまでもない。

「“アン”じゃなくて“やす”だから」と何度言っても変わらなかった。

中学生の男の子なんてみんなそんなもんだ。世界が面白くなるように事実が変わる。

彼の不運は、今思えば、この頃から始まったのだろう。

徐々に運気が落ちていったと思われる。



彼は普段から変わった事を考えていた。

でもあまりにも変わった事だから、現実では起きえないと考えていた。

そのうちの一つが現実化した。それは、道端を歩いている時に起きた。


道端を歩く。時折、前から人が歩いてくる。いたって普通のよくある事だ。

このままだとぶつかってしまう。

だから、右に避ける。すると相手も、同時に右に避けた。

進行方向で考えたら、相手は左に避けようとしたということだ。

偶然にも「あっ、ごめんなさい」って言葉も同時だった。

あまりにも同時だったので、つい笑って、「では、私はこちらへ」と反対方向へ切り変えようとすると、相手も同時に同じ事をした。


自分と正反対の人間がいたら、道端ですり違う事はできないのではないか。

小学生の頃に考えていた理屈が、実現した。

「でも、そんな人がいるわけない」と思っていたけれど、現実になった。

今思うとこれは、不運な人生の始まりだった。

当時は、珍しい事もあるもんだと笑い飛ばして、皆に話していた。

今では、この珍しい現象は三日に一回程度は起きている。


この現象が発生してしまうと、もう何をしてもダメだった。

すれ違おうとすると相手にぶつかる。鏡と相対しているようなものだ。

待つしかない。どうしても急いでいる時は、一度引き返して相手がいなくなるのを待つ。

ただ、徐々に対応法にも慣れてくる。

こんなことが起きた時は、落ち着いて道の真ん中に立ち、後方から自転車でも来ないかなと待つのだ。

自転車が道の中央で立ち尽くす二人を怪訝そうな顔で通り過ぎた時、私はその自転車の後を追うように移動する。

自転車が通りすぎるこの瞬間だけが、移動の流れができる瞬間なのだ。

移動の流れができれば私はその流れに乗って、相手とすれ違うことができるのだ。


学校の廊下で起きた時は、都合よく自転車が通ったりはしない。

仕方がないから、学校にいる間は必ず友達と一緒に行動した。

友達がいれば友達が移動の流れを作ってくれる。自分は後を追うだけでいい。

連れしょんってやつだ。情けない言葉ではあるが、言葉があるってことは人類共通の行動なのだろう。

イソギンチャクと言われた事もあったが、一人でいると動けなくなるんだから仕方ない。

一人では満足にトイレにも行けなかった。

この頃には、他の人が普通にできることが自分にはできないと気が付き始めた。

もし、自分が政治家になったら、いついかなる時でも右側通行とするという法律を作ろうと思った。

でも、政治家になれるほど成績がいいわけではない。スキルがあるわけでもない。自分には無理だった。



中学生の頃は、まだ自分が不運なのだ、とは思っていなかった。

たまたま、自分は相手の正反対の行動をしてしまうとても変わった人間なのだと思っていた。

テストの時に、ようやく自分は不運なのだと気が付いた。


4択の問題が30問ほど出題された。

彼は0点だった。もちろんすべて回答したし、名前もきちんと書いた。

正真正銘の0点だった。30問近くあったのに0点だった。

とある漫画では、答えを知っていたから全て外したんですよねと、犯人にされてしまうぐらい、奇跡的な確率だ。


「絶対違う回答はきれいによけて、2択で迷う選択肢ばかり選んでる。

2択を外し続けるなんて不可能だ。本当はお前、答えを知っていたんだろう。

次からはちゃんと答えなさい」先生にはそう思われて、補修は免除された。


流石にまずいと思った彼は、ランダムで回答することにした。鉛筆を転がした。

鉛筆の両端を輪ゴムを巻き、転がしても音が出ないようにした。

4択問題、きれいに四分の一の点数が取れた。0点が25点になった。

勉強して0点だったのが、勉強せずに25点とれた。彼的には大満足の点数だった。

ただ、補修になった。合格点は40点だった。



高校生になると、さすがに自分は不幸だと気が付いていた。


自分は不確実だからいけない、確実に点を取らなければならないと思った彼は、大学試験は必死に頑張った。

全ての解法を頭に入れた。すべての知識を覚えた。

最後2択になってしまったら、結果は0点になるのだ。

完璧な回答になるまで必死に勉強した。


その代わり、日常的な約束はおろそかになった。

友達との簡単な約束も忘れ、女友達からの入試が終わったら会いましょう、待っていますという約束も忘れていた。

大学には合格したが、彼は大事なものをたくさん失ったみたいだ。やっぱり不運と言えた。


見事大学に合格した彼は、運転免許を取ることにした。

運転免許には試験が存在した。日本人である程度勉強した人であれば、概ね合格できるという話だった。

でも、彼はなかなか合格できなかった。

簡単そうな〇×問題なら問題ないだろうと思っていた問題をことごとく外した。

「夜間は注意して運転しなければならない」

こんな問題“〇”に決まっているだろうと“〇”と回答したが、昼も注意しなければならないので正解は“×”だった。

彼は不勉強を恥じ、大学受験用の勉強法に切り替え、問題と解答を一言一句暗記することで、無事に合格することができた。


大学生になっても相変わらず、道端でのすれ違いはできなかったが、それはまだ幸いな方だと言えた。

車を運転するようになって、高速道路を使い始めると困ったことが起きた。

一般道ではほとんど問題なかった。左側通行だし優先される道路が決まっていたから。

問題は高速道路の合流だった。止まることは許されず、そのままでは壁に激突してしまう。


ある時こんなことがあった。

高速道路に侵入する際、ちょうど並走する形になってしまった。嫌な感じがした。

先行ってもらおうとスピードを緩めると、並走車も同じようにスピードを落とした。

まずいと思ってスピードを上げると、並走車もスピードを上げた。

これはまずいと思って、急ブレーキをかけるも間に合わず合流できずに壁にぶつかった。

不運な出来事に慣れている彼は、相手を巻き込まなくてよかったと思った。

ただ、並走車の方もまずいと思って、車線変更して避けていた。

そのまま合流していればこんな事故は起らなかったはずだった。

でも彼は気づいていなかった。

それ以来、高速道路は使うことをあきらめた。



不運すぎる彼は、普通の人ができることができないのだ。

道でのすれ違いでも高速道路での合流でもテストでも、平均を取れなかった。

それで、彼自身、自分自身が不運であることをようやく自覚したようだった。

他の人が普通にできることが、自分にはできないということが不運のせいであると気づいてきた。


彼は、普通の就職はあきらめ、占いを始めた。

自分は不運なのだ。自分の予想や予言はきっと外れるだろう。

だから、自分の予想や予言の逆を客に言えば、きっと客は喜ぶに違いない。


しかし、結論から言うとこの理論は失敗した。

よく考えるとわかっていたことだった。

高校生の時、この理論はテストで何度も試した。

つまり、自分の予想の反対を答えたりしてみた。

いろいろ試したけれど、どれも結果は0点だった。


自分の予想や予言はすべて外れ、お客から信用を失ったのだろう。客がみるみる減った。

それならばと思って、方法を変えてみた。

あらかじめ自分の予言や予想は外れると、自分の生い立ちから説明し、その上で予言や予想を伝えた。

この方法なら自分は選択をしない。客が選択を選べる。この方がお客にとっては言いに違いない。

変わった手法に少し客足が回復した。しかし長くは続かなかった。

初めのうちは彼の予想の反対でうまくいっていたが、ここぞという時には失敗するみたいだった。

結局自分の占いは、お客を失敗させてばかりだった。彼は占い業をやめた。



それから、彼はいろいろ考えて、不運な出来事を文章にして投稿することにした。

大食いの人たちは動画を投稿して食費の足しにできるような時代だ。

もしかしたら、彼の不運な出来事も世の中に必要とされるかもしれない。そう思った。

とりあえず投稿してみよう。


こんな不運な人いるわけないと笑われてもいい。

この不運よりはましと思われてもいい。

世の中にはもっと不運な人はいると言われてもいい。

とりあえず投稿してみようと思った。


タイトルは「不運な男」。


――


投稿してみて分かった事だが、私の文章には需要は無かった。


私の体験は、不運な事としては弱すぎるらしい。

五体満足のくせに、不運のせいで何もできないというのはいいわけだ、と思われるらしかった。

もっと決定的に突き抜けて不運でないといけないらしい。


そういえば、大食いの動画は食べる量が異次元だった。

不運というのも、もっと目に見えてわかりやすく極大な不運でないといけないのだろう。

そういう意味では、私の不運という体質は、お金にもならずやはり不運のままだった。


もっと別の活かし方を考えなければならない。

私の試行錯誤はまだ始まったばかりということだ。


本作は創作です。

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