重たいものは、こちらに渡せ
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### 重たいものは、こちらに渡せ
苦労はさせない。
苦しみは背負わせない。
人生の重たい部分は、すべて自分が引き受ける。
それは、声高な宣言ではない。
約束というより、姿勢だ。
日々の選択の向きの話だ。
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人生には、どうしても重たい部分がある。
避けられない現実。
理不尽な出来事。
努力だけではどうにもならない局面。
誰かと生きるということは、
それらを「半分こ」することだと、
多くの人は言う。
だが、本当に守ろうとする人間は、
こう考える。
**それは、こちらが多めに持つものだ。**
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苦労をさせないというのは、
何もさせないという意味ではない。
自立を奪わない。
挑戦を止めない。
成長の機会を奪わない。
ただ、
「背負わなくていい重さ」を見極める。
これは彼女の課題か。
それとも、社会の歪みか。
それとも、自分が前に出れば済む話か。
その仕分けを、
黙って引き受ける。
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苦しみを背負わせない、とは何か。
それは、
不安を丸投げしないことだ。
決断を押し付けないことだ。
責任を曖昧にしないことだ。
「どうする?」と聞く前に、
「ここまでは自分がやる」と決める。
選択肢を与える前に、
地雷を取り除く。
安心して悩める場所を、
先に整える。
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人生の重たい部分は、
だいたい目立たない。
金の話。
時間のやりくり。
人間関係の摩耗。
将来への現実的な備え。
それらは、
ロマンも、感動もない。
だからこそ、
引き受ける人間の覚悟が問われる。
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「大丈夫だよ」と言うのは簡単だ。
だが、本当に大丈夫にするのは難しい。
言葉で軽くするのではなく、
構造を軽くする。
仕組みを整える。
リスクを減らす。
最悪を想定し、備える。
それを、
不安そうな顔を見せずにやる。
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苦労を引き受けるというのは、
自己犠牲ではない。
自分を消すことでも、
我慢大会でもない。
それは、
自分の得意な重さを引き受ける、という判断だ。
彼女が抱えるより、
自分が抱えたほうが安定する。
それだけの話だ。
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本当に強い人間は、
「俺がやる」と言わない。
もうやっている。
終わらせている。
問題が問題になる前に、消している。
だから、
何も起きていないように見える。
それが理想だ。
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苦しみを背負わせない人は、
感情のゴミ捨て場にしない。
仕事の苛立ち。
世間への怒り。
自尊心の傷。
それらを、
一番近い人にぶつけない。
外で処理する。
内で整理する。
家は、
安全地帯でなければならない。
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人生の重たい部分を引き受ける人は、
自分の弱さを把握している。
無理をするとき。
休むべきとき。
助けを借りるべき線。
全部わかった上で、
それでも前に出る。
倒れないために、
引き受け方を選ぶ。
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守るという行為は、
派手な瞬間より、
地味な継続でできている。
毎月の支払い。
毎日の段取り。
将来への備え。
それを「当たり前」にする。
当たり前にするために、
誰かが裏側で支えている。
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苦労をさせない、という言葉は、
実はとても傲慢になりやすい。
だからこそ、
口にしない。
代わりに、
結果で示す。
疲れて帰ってきたとき、
何も考えなくていい状態を用意する。
迷ったとき、
安心して相談できる余白を残す。
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人生の重たい部分を引き受ける覚悟は、
一度きりではない。
毎日、更新される。
今日も引き受けるか。
今日も逃げないか。
今日も黙って支えるか。
その積み重ねが、
信頼になる。
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それでも、
全部は引き受けられない日もある。
そんなときは、
正直に言う。
「今日はここまでしか持てない」
それもまた、
守るための誠実さだ。
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苦労はさせない。
苦しみは背負わせない。
人生の重たい部分は、すべて自分が引き受ける。
それは、
相手を弱者にする言葉ではない。
**相手を安心して強くさせるための、覚悟の言葉だ。**
隣で笑う時間を守るために。
未来を怖がらせないために。
今日もまた、
目立たない重さを、こちらに渡せ。
それでいい。




