なんてこったい
公園にあった自販機で、まどかさんにはミルクティーを、俺には缶コーヒーを買って渡す。
「すみませんでした。手を掴んだりして」
「――いえ、こちらこそ取り乱してしまってすみません」
ミルクティーを両手で持って、頭を下げるまどかさん。まだ俺の顔は見てくれない。
「高坂さんが悪いんじゃなくて、私が悪いんです。――その、高坂さんが私の――お……知っている人に似ていたので」
下を見たまま、小さな声でぽつぽつと話してくれた。
「前から似ているなって思ってたんですけど、さっきの……いえ、その急に意識しちゃって――それで恥ずかしくて」
意識した――ですと?
いや、待てよ。って事は元カレか?元カレに未練があるのか?
「不快な思いをさせてしまってすみません」
「大事な人――なんですか?」
深々と頭を下げるまどかさんに、俺は声が震えるのも構わず尋ねた。
「大事――と、いうよりは特別?」
顔を上げたまどかさんの頬が赤い。
「好きな人なんですか?」
今度は俺がまどかさんの顔を見れない。やめてくれ。違うって言ってくれ。
「手の――届かない人ですから」
トドメを刺しに来たな。なんて残酷な女なんだ。ちくしょう。
いや、待て。手の届かない人って事は、結婚してるとかそういう系?付き合いたくても付き合えない的な?
しかも、その人に似てるって事は、俺は彼女の好みの顔?
「だったら、俺と付き合ってください。絶対その人を忘れさせますから」
結果だけ言わせてくれ。フラれた。
「気持ちは嬉しいんですけど、今は他人を思いやる時間の余裕がないんです」
だそうだ。
会社に戻った俺は、出かける時と比べて地獄に叩き落とされたような顔をしていただろう。
加賀さんが俺の周りをウロウロしながら何か言いたそうにしていたけど、近寄ってこなくて正解だ。
近寄ってきたら多分泣かしてる。
いや、公私混同は良くないな。
ああ、なんで昼休みに告った、俺よ。
年内にまどかさんの会社との打ち合わせがないのは幸いだった。
朝も、気まずくて電車の時間を一本早めようと思ったけど、まどかさんの姿を一目でも見たい俺は、いつも通りの電車で通勤しようと心に決めた。
でも、その週まどかさんと会う事はなかった。
俺の予想通り、クソ姉貴の原稿が全く進んでいなかったからだ。
「お願い!有給余ってるんでしょ?」
「ふざけんな!俺の有給はお前のくだらん本の為にあるんじゃねぇ!社会人なめんな」
「日当1万円払うから……払うから……」
日当に釣られたわけじゃないけど、朝から家に来て縋りついて泣く姉を捨てられますかと言われれば無理だよ。
結局、木曜と金曜は姉のせいで有給を取って原稿を手伝う羽目になった。
俺もアホも屍のようになりながら、なんとか入稿したのは土曜日の明け方だった。
「和真ぁ……あたしあんたがいなきゃ生きていけないわ……」
「そうか。だったら死ね」
「愛してるから最後のお願い聞いて」
「愛してなくていいしお願いも聞かねぇ」
「イベントの売り子お願い。黒騎士様のコス着て」
こいつは一体俺の話を聞いてるのか?脳みその代わりにスライムでも入ってるんじゃないのか?
徹夜続きで頭腐ったんじゃねえか?いや前から腐ってるか。
「お願いよぉ!SNSで知り合った人が黒騎士様の衣装を作ってくれるって――もうお金も払っちゃったの」
何やってんだお前は。泣きながら縋りつくな気持ち悪い。
「知るか。お前が着ればいいだろ」
「和真のサイズで頼んじゃった。てへ」
30間近のババアがてへとか言ってんじゃねえぞ。あと噓泣きかよ、ゴミめ。
この前、3Dでモデリングしたいからってやたら細かく採寸してたのはこのせいかよ。
「和真が着てくれるから旦那もお金出してくれたんだし。着ないって言うならあんたから旦那に謝ってよね」
おい義兄。お前も仲間か。信じてたのに。
「なんで俺が謝るんだよ」
「だってあんたが着てくれるって言っちゃったんだもん。足蹴るわよ」
治ったばかりの足を狙うな。
なんなんだよ。もういい。着ればいいんだろ。だから――寝かせろ。クソが。
年内は結局まどかさんに会えなかった。
「柏木さんは年に何回かリモートワークになるんだよ。そう言えば去年の年末もしてたな」
佐藤さんに探りを入れたら、さくっと教えてもらえた。
避けられているわけじゃないんだろうけど、タイミング的には避けられているような気になるのは仕方ない。
あれ以来気まずくてメッセージも送れないでいる。
それでも、仕事のメールはいつも通り丁寧な文章で送られてくるし、時々怪我の具合を心配する文言も含まれているから、嫌われているわけではないとは思いたい。
あーちくしょう。
なんてうだうだと日々を過ごしていると、年末はあっという間に来た。
なんでこんな年の瀬にイベントなんてやるんだろうね。
姉から渡されたコスはゲームで黒騎士が来ていた衣装そのままだった。
なんだこれ、素人が作ったのか?合皮やビロードをふんだんに使った衣装は重いけど動きやすくて、もしこのままファンタジーな世界に異世界転移しても、そのまま溶け込める自信すらある。
「ああああ!黒騎士様よ!素敵!」
落ち着け、俺はお前の弟だ。
興奮して役に立たないバカを放っておいて、俺は無言でブースを設営する。
手慣れてるのは――年季だと言えばわかるな?
「かしわもちさんは一般入場って言ってたから、開場したら来てくれるはずよ」
「かしわもち?」
「その衣装を作ってくれた人よ。初めて会うのよ――なんと同じ県内に住んでるらしいんだけど、ここで待ち合わせなのよ。メールでは凄く丁寧で優しかったから、絶対いい人だわ。帰りはみんなで帰れたらいいわよね。楽しみ」
お前はいつも楽しそうでいいね。離婚されちまえ――いや、離婚されたら家に戻ってくるから駄目だ。
義兄さん、こいつを一生頼みますよ。俺の為にも。……似た者同士だから大丈夫か。
一昨日届いたこの衣装を試着して見せたら、一番喜んでたもんな。義兄。
なんて考えていると、他のブースも設営が終わり、俺達の周りに人が集まってきた。
「え――マジ神」
「本人――」
遠巻きにしてても聞こえてくる。はいはい黒騎士様ですよ。
クソに言われるがまま、ポーズを取ると歓声が上がる。やたら丁寧に作り込まれた剣もあから構えたりする。何だこの生き地獄。
人だかりはイベントが開始してからも絶えず、姉の本は飛ぶように売れていった。
固定のファンが多いのもそうだが、時々何度も同じ人が同じ本を買いに来ていたのは気のせいじゃないはずだ。
「いやあ、黒騎士様のおかげよー」
売上金を数えながらほくそ笑んでる姉の顔は、まるで悪代官だった。
世間的には美人らしいが、俺からしたら鬼か悪魔の顔だ。
こいつと血がつながっているなんて考えたくもない。




