俺とクソ姉貴
「和真――お願い。手伝って――」
自宅に帰ると姉ちゃんが死にそうな顔で玄関まで走ってきた。
俺はまだ靴も脱いでないんだぞ。
「年末のイベント当たっちゃったのよ。どうしよう……当たると思ってなかったから新刊用意してない」
姉はオタクだ。それもゴリゴリの。
パートとは言え仕事もしているけど、同人活動で稼ぐ方が多いんじゃないかってくらいには人気があるらしい。
ちなみに既婚者だ。旦那はうちから歩いて5分のマンションにいる。いや、こいつの家もそこなんだが、家では作業ができないとかで、結婚前に使っていた部屋を趣味兼作業部屋として未だに使っている。
いいのか、両親よ。ちゃんと家賃払ってるとかそう言うんじゃなくて。
「既刊でいいんじゃね。こないだのオンリーで出したやつも在庫あっただろ」
このやり取りは、俺が中学の頃からイベントのたびに繰り返されている。慣れたもんだ。
「あれ委託で完売しちゃった」
マジかよ。あんたもうプロになれよ。実際、何回か商業誌からオファーがあったらしいけど、断っている。
理由は簡単だ。
「プロになったら二次創作に費やす時間が無くなる」
バカなのかな。俺の姉ちゃん。
「お願い。エグゼオアストーリーと今期やってたジュピターの涙の二冊!合計65ページ」
「多すぎだろ。バカか」
11月初旬だぞ。入稿が今月終盤でギリギリ12月最終辺りでの刷り上がりだろ。
原稿やる時間実質2週間だろうが。
「大丈夫!ネットに上げてたネタを修正したら45ページは稼げるから!それに、いつもの印刷所さんが12月1週の土曜まで待ってくれるってぇ!だからお願い!」
お得意様ってのはこれだから――。
「和真くん、足を開いて四つん這いでお尻こっち向けて」
都合のいい時だけ和真くんなんて呼ぶな。クソ姉貴が。
「あんたいくつになったよ」
「あんた自分の年齢も忘れたわけ?あんたの年齢に3つ足したら私の年齢よ。早く足開きなさい」
29歳って年齢を自覚しろよババアめ。本当に殴り倒したいと思いながら、俺はリクエスト通りのポーズを取る。
姉が描いているのは人気ゲームの二次創作だ。ファンタジーの世界で暗黒騎士に陥った登場人物と、女主人公を影から見守るドラゴンスレイヤーがくんずほぐれずする、いわゆるBLだ。
つまり俺が今取らされているポーズは……そういうシーンだって事になる。もちろん服は着ている。
「いやー本当助かるわ。あんた無駄に体のバランスいいから」
姉の言う通り、俺は身長は178cmある。ずっとフットサルをやってたから体だって締まってる。ありがたい事に足も長いらしい。
姉曰く、俺はゲームの暗黒騎士にそっくりなんだそうだ。顔もスタイルも。ドラゴンスレイヤーはもう少しガチムチらしい。知らんがな。
「それに、ジュピターの涙のディランくんにも体つきはそっくりなのよ。顔はあっちの方が百倍可愛いけど」
ジュピターの涙は今期爆発的な人気を博したロボットアニメだ。ロボットに乗って戦うストーリーなんだけど、ディラン君とやらは俺様ツンデレ御曹司で、視聴者の人気が高い。それ以外にも、ショタ枠にファル、イケメン枠にミカエルってのがいて、姉曰くディランくんは固定カップルはなく総受けなんだそうだ。
総受けの意味が分からない人は検索してみて欲しい。ただしあくまで自己責任で。
結局その日は3時間もあらゆるポーズを取らされた。
朝。少し寝不足ではあるが、修羅場はまだ先だ。
遅筆の姉の事だ。12月1週は下手したら2日程有休をとらされる可能性がある。
それだけは避けねばならない。
ちくしょう、身内がオタクだとろくな事がない。
なんたって義兄はあんな女を嫁にしたんだ。確かに俺に似て顔はいいけど顔だけだ。
頭の中は四六時中BLの事しか考えていないし、お布施とか言ってわけのわからないグッズやらを買ってきては眺めてニヤニヤしているし、原稿だって自分で締切決めてるクセに守らないだらしなさだ。しかもイベント前は実家に帰りっぱなしだから家事もしてないんじゃないのか?
おまけに実の弟をモデルにするとか――俺は絶対に嫌だね。
俺は地下鉄の階段を上がりきると、いつも通り出口を右に曲がって歩き出した。
しかし、まどかさんの姿が見えない。
時々、時間通りに来ない日もあるから、今日がその日なのかもしれない。そういう時は、もう少し進んだところですれ違ったりする。
歩き進めると、案の定まどかさんの姿が見えてきた。
「お――おは――」
声をかけようとしたけど、まどかさんは眉間に皺を寄せて、真剣な表情で俯き加減で何かを呟きながら俺の横を通り過ぎた。
まあ、また明日もあるさ。




